大地の癌 Ⅱ 8

ある日、ネイクの下に手紙が来た。「Happy Birthday」と、宛名の上にカラフルな花文字で描かれている。

ついに来た。と、ネイクは構えた。レイアと言う魔女のお姉さんの忠告を思い出し、その手紙は開けないまま庭で燃やした。

これで大丈夫。きっと、大丈夫。ネイクはそう思ったが、その手紙の封をしていた魔法薬の糊は、劣化していた。

僅かにこぼれ出ていた灰が、手に付着している事に気づかないまま、ネイクはその手で髪をなおし、煙の沁みた左眼をこすった。


全ての手紙を投函し終え、魔術師の弟子、ルイスはようやく報酬を得る準備が出来た。

師匠のクエルと、その相棒の剣士ケーナと共に、3人はソルエの街に向かって帰路についていた。

「長距離移動は骨身にこたえたな」と、ケーナが愚痴を言う。「ルイス、次に郵便配達を頼まれたら、近場で配れる分だけにしておけ」

「うん。僕も、聖女メイアには成れないからね。国中に花は送れないな」と、ルイスは応える。「なんだっけ。外国では、プレゼントを配るのはサンタクロースって言う人らしいよ」

「サンタクロースは、悪い子をさらっていくんだぞ?」と、クエルは意地悪を言う。

「へー。それって、プレゼントと交換で?」と、ルイス。

「違う違う。良い子にはプレゼントをくれて、悪い子は連れて行ってしまうんだ。ちょっとした怪談って所だな」

師匠の話を聞いて、ルイスは「ふーん。じゃぁ、メイアとは違うのか」と言う。

「聖女メイアは『幸運の花』を配るんだ。手紙じゃない」と、クエル。「それと、メイアは悪人にジキタリスを与えたりするんだ」

「何処でも同じだな」と言って、ケーナは先を歩く。「日が暮れる前にソルエに着けそうだな」

「あー、初仕事が無事に終わって良かったよ。僕も、結構気にしてたんだ。あの占い」と、ルイス。「『遊戯ではないのだから』なんて言われるから、仕事失敗しちゃうのかと思ってさ」

「不幸は無事に『回避』出来たって事かな」と、クエルも気が楽になったように言う。

しかし、不幸は未だにこの一行と共にあった。手紙からこぼれ出た灰は、ルイスの郵便鞄の中と、彼の両手に微かに付着していたのだ。


デュルエーナはディーノドリン市、サッシュベルの遺跡に、レミリアの姿があった。

王族の墓を発掘した遺跡は、説明されなければ唯の荒れ地に見える。

遺跡の発掘をしている研究員達が、見慣れない女性の登場に、不思議そうな顔をした。

「お嬢さん。此処は、まだ一般人の見学出来る場所じゃないですよ」と、ある研究員が声をかけてきた。

「すいません。あの…実は、知りたいことがあって」

レミリアがそう言うと、「見学希望なら、資料館の受付に申し込んで下さい」と返ってきた。

資料館の場所を教えてもらい、レミリアが見学の申請をすると、料金を5ドルほど徴収され、案内者が1名付き添ってくれた。

最初は、資料館内を見て回った。壁に備えられた「古代王の墓」の図解から、墓の仕組を解説してもらい、墓の中にあった調度品の展示を見る。

調度品には、僅かな魔力が残っていたが、その魔力は抜け殻の中に残った空気のような、希薄なものだった。

何処かに、古代の霊体が力を維持できるような魔力の供給源があるはず。

透明な液体を湛えたバスタブのようなものがあり、「これが、古代王の眠っていた棺です」と、案内者が教えてくれた。

「王様の名前はなんて言うんですか?」と、レミリアは聞いた。

案内者は答える。「フェリモです。此処に、古代文字が書いてあるでしょ? 『美しきフェリモに永遠の世界を』と、書かれています」

レミリアは、そのガイダンスを聞きながら、古代王フェリモの棺に残っている魔力を探った。棺自体には、遺体の腐敗を防ぐ処置しかされていない。

やはり、遺跡を直接調べないと、古代王本人の魔力の性質は分からないようだ。

一通り資料館の中を案内され、それから「一般見学可能」な、足場の整えられた遺跡をみせてもらった。

「先ほど資料館で図解をお見せした通り、この王の墓は地下にあります。此処が、墓の入り口ですね」と、案内者が綺麗な長方形に整えられた石組みを手で差して言う。

「こんなに小さい出入り口から、あの棺を運び出したんですか?」と、レミリアが聞くと、「いいえ。発掘するときは、レーダーで地下空間を確認して、墓所の真上から掘り返しました」と言う。

なんでも、普通のルートを通ろうとすると、巨大な石で通路が塞がれていたり、逆に通路を支える岩が脆くなっており、落盤が起こる恐れのある個所があったのだそうだ。

説明を聞きながら、レミリアは「透視」の視線を地下に向けた。細い通路以外の、巨大な空間がある。

その空間は、まだ魔力が生きている。中にあった調度品に残っていた魔力が、「玉座」に集まるようになっている。

此処で魔力を補っていたのか、と、レミリアは納得し、同時に古代王フェリモの魔力の気配を記憶した。


夏の夕暮れの中に姿を現した三日月に気づき、レミリアは、ついこの間、「孤立の村」で行なわれていたであろう、村祭りを懐かしく思った。

あの村が出来てから3年だ。懐かしむのはまだ早いかもしれないが、今回は無事に祭は開催できたのだろうか。

「お母さん、祭の手伝いに行ってくれたかな…」と、レミリアは事件とは関係ない事を考えて気を紛らわせていた。

ここ数日間、連続で緊張状態が続いて、レミリアも疲弊していた。一瞬視界が遠くなり、頭を何かにぶつけた。

激痛が後ろ頭を襲う。頭をぶつけたと思ったのは、レンガ敷きの地面だった。

気を失っていたわけだが、数秒で我に返ったので、通行人の誰もレミリアの異常には気づかなかった。レミリアより幼い女の子達が、突然昏倒したレミリアを見て、笑いながら通り過ぎて行く。

頭の周りを星が飛んでいるような気分のまま、レミリアは後ろ頭を押さえ、起き上がった。

何処かで、狼の鳴き声が聞こえた気がした。


休日に、自宅に帰ったテティスは、金庫の中から預かっていた手紙を取り出した。

「ふざけた悪ガキどもが、金儲けを考えてるって感じだな」と、手紙に宿った「悪意」を読んで言う。

手の平の上に置いた手紙が宙に浮き、テティスの手の平に魔法陣が浮かび上がる。

「ふーん。火で焼かれた形跡があるか。『変化』を起こさせる力は弱いが…感染力が鬼だな」

テティスが呪物の解析をしていると、閃くように誰かの「視野」が部屋に届いた。

「…ティス…助け…」と言うネシスの声が微かに聞こえ、「視野」は消えた。

「ちっきしょう! 暢気に通勤してる場合じゃなかったか」と言って、テティスはフォルルの村へ「転移」した。

魔法陣も用意せずに飛ぶには、かなりの長距離だったが、テティスはフォルルの村に数秒とかからず姿を現した。

過剰な魔力の放出で、100mを全力疾走したように息が上がっている。

「へばってられる時じゃねぇんだよ…!」と、自分の体力の無さに苛立ちながら、テティスはネシスの家に向かった。


ガタガタと体を震わせ、ネイク・サラン・ラダ…だった者が、ネシスの隠れている部屋のドアレバーを何度も倒し、鍵のかかった扉を無理矢理開けようとしている。

その体は、右半分が狼の毛に覆われ、両目がイーブルアイに似た光を発している。そして、左目は、完全に狼の眼に「変化」していた。

分厚い樫の扉に爪を立て、ネイクは扉を破ろうとしている。

「ネシス…。助け…助け…タス…。逃げ…逃げ逃げ…」と、ネイクは辛うじて残っている理性で、声を振り絞った。「ニゲテ…」

ネシスは、2階にある自分の部屋の隅で、体を丸めていた。此処から逃げるとなったら、窓から飛び降りるしかない。だが、恐怖で体が動かない。

「通信」の術の途中で、扉まで追いつかれたので、驚いて振り返った時、片手から鎖のアミュレットが外れてしまった。

そのアミュレットは、足元から数センチ先に落ちているが、体がこわばり、その鎖を拾うこともできない。

「このままじゃだめだ」ネシスは恐怖に震えながら、心の中で自分に言い聞かせた。「あの扉は頑丈だから大丈夫。窓を開けて、裏庭に飛び降りれば良い。足を傷めなきゃ、逃げられる」

扉のレバーを倒す音が止んだ。そして、ドン、ドン、と、体を叩きつける音に変わった。

一撃を堪えるたびに、扉の蝶番や鍵に衝撃が響く。

「ネシス! 無事か?!」と、外で呼ぶ声がした。テティスだ。

ネシスは、恐怖を振り払い、窓を開けた。そして、土の見える裏庭に、飛び降りた。着地を失敗し、右足首を挫いた。

しかし、助けは早かった。私服姿のテティスが、ネシスの家の裏庭に駆け付けた。

「怪我は?」と聞かれ、「足挫いちゃった」とネシスが答えると、「しょーがねぇな」と言って、テティスはネシスをおぶり、出来るだけ素早く家を離れた。

「何に襲撃されたんだ?」と、走りながらテティスは聞く。

「ネイクなんだけど…。体の様子が、全然違うの。体の半分が、狼の皮被ったみたいになってて…」

「ネイクが、手紙を、焼かなかったって、事か?」と、息が上がりながらテティスが言う。

「ううん。手紙焼いたから大丈夫だって言ってたんだ。でも、料理してたら気分悪くなったって言って、電話で相談されて、私が様子見に言ったら…もう、おかしな姿になってた」

「それで家まで逃げ帰った、ってとこか。鈍足なお前にしては、よくやった」

テティスは街の中央広場まで走って、ようやくネシスを聖女クラリス像の足元に座らせた。

息を整えてから、テティスはクラリス像の周りに赤いクレヨンのようなもので2重円を描いた。「良いか、そこから動くなよ」

ネシスは、その2重円が、結界だと言うことに気づいた。黙って頷き、自分達が逃げてきた方向を観る。

「さーて、殺さずに眠らせられるかな…?」と言って、テティスは目に「力」を込めた。