ナイト・ウィンダーグが、友人に電話をかけていた頃、ディーノドリン市のヘルナリオと言う街で「水晶玉占い」の商売をしている、ティナ・リンカーは仕事中の水晶の中に「嫌な影」を見つけた。
占いの相手は、20代ほどの人間の女性。夫の態度が日に日に冷たくなっていくと、嘆いてティナの店を訪れた。
ティナの商売は、魔力を宿した水晶玉を見つめることでトランス状態になり、「巫女」として予知を告げると言う手口だ。
占いが当たる確率は五分五分と言う所だが、トランス状態になったティナの「支離滅裂な言葉」には、「客を惹きつける」と言う効果はあるらしい。
ティナは、いつも通りに客の相談を聞き、水晶玉を覗いた。その時、「嫌な影」を見つけた。
客に悟られないように一瞬イーブルアイを使うと、その「嫌な影」が、ハッキリ見えた。そして、その影はどんどん水晶玉の中で膨張し、ティナの眼には「闇が水晶玉の中から溢れてきた」ように見えた。
冷たい闇がティナの体を覆いつくす。
危険なものを呼び出してしまったのに気付いたとき、ティナは既に意識が無かった。
2体目の贄を確保できた。古代王フェリモは、闇の中でニヤリと笑んだ。魔術と言うにしてはお粗末な力しか持たない占い師だったが、今回は「体」を持った状態の霊体を「掴めた」。
霊体に対してあえて無防備になると言う術を使っていた女の意識に憑りつくことに成功したのだ。
その占い師の異常に気づいた客の女が、何処かに電話をかけているようだったが、フェリモはあえて占い師の女の意識を起こし、「なんでもない。大丈夫よ」と言わせた。
占い師の女を操り、客を帰らせ、店を閉めさせた。そして、店の裏口から、自分を、占い師以外誰も居ない室内に招き入れさせた。
「サキュバスの血族か…なるほど、雑多な魔力しか持っていないわけだ」と言って、古代王は虚ろな目の占い師を観る。「しかし、腐敗していない肉体を持っている」
店の中のチェアに座り、古代王は口から自分の「霊体」を吐き出した。青白い煙のような霊体が、立ち尽くしている占い師の目、耳、鼻、口から、その体内に入って行く。
ルルゴ・ミントンと名乗っていたウサギの魔力と共に、古代王はティナ・リンカーの体内への引っ越しを済ませた。
ティナの眼が、イーブルアイの光を発する。「ふむ。多少の能力はあるようだな」
古代王は、ティナの声で言って、店を後にした。ティナの店には、古代王の腐敗した遺体が残った。
ルルゴと言うウサギの魔力を追って、トム・シグマはディーノドリン市の「観察」を続けていた。
古代王フェリモの居場所を、常に確認するために。しかし、ある時からルルゴの魔力の気配が著しく「曇った」。
別種の魔力が、霞のように「視野」を濁らせる。
「夢魔」の放つ魔力による、一種の意識の混濁と同じものだった。複数の視野と意識を持つトム・シグマの、あらゆる視野に、「混濁」のノイズがかかる。
トム・シグマは、とっさにヘルナリオの中にある「視野」の大部分を閉じた。このまま「混濁」が感染して行けば、「トム・シグマ」としての本体にも影響が出る。
人工衛星の「視点」を操り、ざっくりとした「混濁」の位置を確認しながら、トム・シグマはディーノドリン市を見つめ続けた。
ティナ・リンカーの存在を「教育」しておかなかったのは、トム・シグマの主、ナイト・ウィンダーグの誤算だろう。
ナイト・ウィンダーグが憎々しく思い、ティナ本人も自分の血を認めないほど忌み嫌っていた「夢魔」としての能力を、古代王フェリモは「自分の霊体を維持するための術」として活用した。
「意識の混濁」を起こさせる魔力を放ち、男を暗がりに引き込んでは、口づけをすると同時に生命エネルギーを吸い取る。
生命力を吸い取られた者達は、空っぽになった肉体を地面に転がし、放置された。拍動は、瞬く間に弱くなり、霊体は残らずティナの霊体に吸収された。
大量の魔力や霊力を吸い取り、古代王の力は次第に強くなって行った。古代王の霊体の一部と成っているルルゴ・ミントンの霊体の魔力も、ティナの魔力に隠れて、次第に増強して行く。
何十匹目かの贄のエネルギーを吸い取ってから、古代王フェリモは、ティナの声で気が触れたように高笑いをした。
何千年と感じていなかった、「生きている時の爽快感」のような物を感じていた。
呼吸をする、四肢を動かす、手足には暖かさが満ち、髪や皮膚を夜風が撫でる。なんとも心地好いものだった。
「待っていろ…。我が贄よ」と、古代王は暗闇の中で呟いた。
この世の王としてふさわしい肉体は、このディーノドリン市と言う街の中の何処かに居る。
ずっと自分を追って来ていた「魔物の視野」が去ったことに感づき、古代王は自分を追っている者がどのような存在か気付き始めていた。
複数の視野と意識を持ち、なおかつ人間と同じ「統一性」を持った魔物。その者には、この女、ティナ・リンカーの「混濁」の魔力は有効だ。
片っ端から贄を「食い殺し」、古代王は霊体が充足した状態で、ヘルナリオの街を去った。
この日、ヘルナリオで起こった「通行人の不審な大量死」のニュースは、翌日ウィンダーグ家の居間の主、シャルロッテが知ることになる。
魔術の公認されたデュルエーナでは、魔力を持った子供達を教育する、新しい機関が発足されていた。一見普通の幼稚園や学校のように見えるが、教育方針が違う。
この国での魔術の成り立ちの歴史や、自分達の能力を育てるための学習、将来なんの職業に就くかの「進路」決定、そして魔術に関する職業への就職と言うのが一般だ。
魔力や霊力を持った子供は、ある意味エリート層へのエスカレーターを用意されていた。
魔術や霊術を操る講師として、魔女やヒーラー等が学校に招かれ、授業や「掟」に関することを学ばせたりもしている。
「一般人」とは違う能力を磨くために、子供達には徹底的に「掟」が教育されていた。
しかし、誰しもが「真っ当な魔術師」や「真っ当な魔女」に成れるわけではない。限られた能力しか発現できず、「基準を満たしていない」として、社会からはじかれる者達は居る。
「ホッパー・ビースト」と名乗っている魔術師も、そんな「はじかれ者」の一人だった。
元素とエネルギーの知識を与えられても、それを上手く使いこなすことが出来ず、基本の「火炎の魔術」と「反魔術」、それから誕生日を突き止めるくらいの「追跡」の術、そんな術しか操れなかった。
だが、彼は頭が良かった。「術」を使えずとも、「薬学」に関することと、「ニンゲン」と言うものを良く知っていた。
学校で教えられる「お綺麗な魔術」が使えないのなら、闇の術とされている領域で、自分の能力を活かせば良い。彼はそう承知していた。
彼は、魔術の知識を持った呪術師として、アレグロムに亡命した。アレグロムでは、半端な術者であっても、充分な生活が出来る社会的地位を得られる。
一定の魔術を見破れることと、2か国語を操れることから、国境監視所と言うおかしなところに働き口を見つけた。
国境監視所には、ホッパーの他にも数人の呪術師が居た。どいつも、正当な魔術師の地位を得られたなかった「はじかれ者」だった。
しかし、アレグロムを故郷とする呪術師の中には、飛びぬけてその才に恵まれている者もいる。呪術が禁忌ではないので、素養のあるものは育つのだ。
国境監視所に、ベルクチュアの危機が報じられた頃、ホッパーは「金儲けのチャンス」を見つけた。
荒くれ者達に丁度良い、「狩場」を提供する商売だ。だが、ベルクチュアの混乱は非常に猟奇的で、「遊び感覚で魔術や武術を使える場」ではなかった。
ホッパーは、じっくりと機会を待った。ベルクチュアに「大雨」が降ってから、その様相が瞬く間に変わったことを知って、彼は「商売の機を逃したか」と、悔しんだ。
しかし、何処かにあの「病」を持った者達は残っているはずだ、と、彼は人生を賭けた「商売」のチャンスを細かく探した。
ある日、監視所内に「闇の者」の気配を感じた。何とか、魔力で遠隔的にその正体を知ろうとすると、電波の通りの悪いラジオのように、途切れ途切れの話し声が聞こえてきた。
ホッパーと職を同じくする、テティス・ガナードと言う呪術師と、もう一人、誰かの声がする。
その話を聞きつけ、ホッパーは「まだ商売のチャンスはある」事を知った。
僅かの給料を蓄えてから、ホッパーは国境監視所を退職した。そして、アレグロムの南西、カーラの森を目指した。
アレグロムのソルエの街。それほど背は高くないが、広大な敷地を持った建物が並び、荷馬車が走り、商店街では一級品から胡散臭いまがい物まで、様々な商品が並ぶ。
アレグロムには、古い仕来たりとして、剣士や魔術師、格闘家などが、旅をしながら、各地の酒場で仕事を紹介してもらう、と言う文化がある。
旅を続けるだけの報酬を得て、放浪者達は国中を巡る。ソルエには、放浪者達が仕事を求め、給料を得る酒場と、脚を休める宿がいくつかあった。
そんな街に、奇妙な病が流行り始めた。水のにおいをかぐと、眩暈がすると言うおかしな病気。
料理中に体調を崩す女性達が増え、病院で原因を探っても、特に疾患は発見されない。
古に流行った笑い病と同じものかもしれない、と言う通説が広まり始めた。
心療内科にあたる、メンタルヒーラーの治療所を訪れる者も増え、このおかしな病は「眩暈病」と名付けられた。
国境監視所に勤務している、テティス・ガナードは1週間のうち、2日だけソルエの街の自宅に帰る。
常連になっている「揚げ鶏屋」と言う、鶏の様々な部位に、塩とスパイスをかけて唐揚にした料理を出す店を訪れるのが、彼の休日の過ごし方だった。
だが、ある休日に馴染みの「揚げ鶏屋」に行ったら、「本日休業」の看板が下がっていた。
仕方なく、その週は「煮込み市場」と言う、夜店の並ぶ通りで、練り物をスープで茹でた物を食べて飢えをしのいだ。
次の週になって、今度こそ開いてるだろうと思って「揚げ鶏屋」に行くと、また「本日休業」だった。
一体どう言うことだ? と思って店の前で考え込んでいると、常連仲間が声をかけてくれた。
「ガナードのあんちゃん。やめときな。その店の店主、『眩暈病』にかかったって話だぜ」
その時、テティスは初めて「眩暈病」の事を知った。
「孤立の村」で、ずっと研究を続けていたレイアは、ついに「血清」の開発に成功した。
眠るときは結界の中に閉じこもり、起きてからは常に簡易結界を張っている状態だったので、時間がかかってしまった。
体液の中に浸透した、ウェアウルフ・ウィルスのみを「除去」出来る薬だ。
村の子供達中から、ある少年を選び出して、血清の試験実用を行なった。
結界で覆った家の中に、子供とレイアだけが残った。
子供の両親は、実験場に選ばれた家の外で、ひたすら祈っていた。
注射器で血清を血管に打ち込むと、子供は1時間もしないうちに熱を出した。体温を測ると、彼等の平熱より2℃ほど高くなっていた。
翌日には、その子供は熱も下がった。肉への食欲が減退し、チーズやヨーグルトを食べたがった。
ウィルスのついていないものを食べさせるために、レイアは実験場から村の外に「転移」して、近くの町に買い出しに行ったりもした。
「料理の魔法が使えないのは不便ね」と言って、レイアは苦笑する。亡きレイアの母、エリーゼだったら、新鮮な牛乳さえあったら何でも作っただろうと想像して、買い物袋を提げたレイアは「村」に戻った。
子供は順調に回復し、イーブルアイに似た瞳の光が消えた。レイアが魔力を込めた眼で診ると、子供の吐息は「危険を知らせる赤い光」を放たなくなった。
子供から採血した血液を調べると、生来彼等の持っていたウェアウルフ・ウィルスは除去されていた。
実験が成功し、レイアはその事を村長のカインに伝えた。
「急ぎ、ソルエの街に行ってくれ」と、カインに言われた。「どうやら、微弱な病が広がり始めている」
「あの子…フェルは、連れて行っても良い?」と、レイアは聞く。「血清の効果が持続してる間だけでも」
「それは、一生って事もあるわけだな?」と、カインは意地悪気に言う。「両親には俺が伝えておく。連れて行きな。折角、『外の世界』を観れるチャンスをもらえたんだからな」
レイアは、実験台になってくれた少年、フェルに事情を話した。
「うん。そうなる気はしてた」と言って、7歳ほどの少年はにっこりと笑ってみせた。「僕が『外の世界』で生きられるって事は、いつかみんなも『外の世界』に行けるかもしれないってことだよね?」
「そうね」と、レイアは答え、「それを実証するためにも、付いて来て」と続けた。
「もちろん。僕、きっと、魔女さんの役に立つ助手になるよ」
「レイアで良いわ」と言って、簡易結界を解いた状態で少年の手を握った。そして、結界の張られた家の中から、少年を連れて村の外まで「転移」した。
