大地の癌 Ⅲ 3

魚のように息をしながら水中を泳ぐ。流れは清らかで、行く手からは透明な水が流れてくる。ひどく穏やかな心地だ。

その水の色が、急激に濁る。灰のような物をばらまいたかのように。息が苦しくなって、もがいた。口から吸い込んだ水と灰が、肺臓の中で熱を持つ。

苦しい。苦しい。体中が焼け爛れたような気がした。清らかな水を求めてもがく度に、喉の奥には灰が浸食してくる。

意識が暗くなり、閉じていた眼を開けた。

そこは、朝の光が射す前のベッドの上だった。


微熱を持った額を押さえて、レミリアは汗だくで目を覚ました。秋が近づいているので、朝の空気は肌寒さを増している。

今見た「夢」の感覚は、レミリアにも覚えがあった。「予知夢」だ。

レミリアは、ウィンダーグ家の客間で、再び夏用のブランケットを被った。

清らかな流れに灰が侵入する。それも、息をしている流れの中に。水の中に住む生き物は逃れられないだろう。もし、その「水」が空気であったなら、空気の中に居るものも逃れられないだろう。

「体が焼け爛れる」と言う現象には、何処かで聞いた覚えがあった。

まだ「孤立の村」の住人達が、ベルクチュアの「灯台」に住んでいたとき、実験体「カイン」が話していた内容が思い浮かぶ。

研究者も研究所も無くなり、現存する「突然変異型ウェアウルフ・ウィルス」の保菌者達は、隔離された「孤立の村」に住んでいる。

ウィンダーグ様が「トム・ボーイ」と呼んでいた魔物の情報によると、その村から骨壺が盗み出されたそうだ。ウィルスをわずかに保有した骨が。

「孤立の村」には、今、ラナが居るはずだ。もう少し眠くなくなったら、霊術で「ラナ」と連絡を取ろう。

そんなことを思いながら、レミリアは再び眠り込んだ。


その頃、レミリアと同じ夢を見ていた者が居た。ルミアラの市街地にある家の一室で、金色の髪の少女は目を覚ました。

レミリアと違ったところは、その少女は「予知夢」を、実際に自分が体験した感覚と同じにとらえていた。目を覚ましても、全身が焼け爛れたように痛む。

ベッドに横たわったまま、イーブルアイを発動し、周りの様子を探る。目は覚めても、「予知夢」は続いていた。

ぼんやりと、研究所のような施設が見えた。病院によく似た施設だ。

体を起こそうとして、少女は自分が裸なのに気づいた。体を隠そうとしたが、ブランケットが無い。それどころか、裸でベッドから起きて、近くにあった血だまりを見ている。

「ラナ。お待たせ」と言って、金色の髪と褐色の肌の少女が、入院着のような物を持ってきた。

「ラナ?」と、少女は頭の中で聞き返した。褐色の肌の少女が、着せ替え人形に服を着せるように、入院着を纏わせてくれる。

予知夢を見ている少女の視線は、常に血だまりのほうを向いていた。誰かが倒れ伏し、息絶えて居る。

「フェイド博士だよ。学生の頃、ルディさんのお友達だったんだって」と、褐色の肌の少女が言った。

フェイド…フェイド博士…。少女は、その名前に聞き覚えがあった。遠い異国で、「魔獣」を作っていた人だ。

ベルクチュアの危機は、ルミアラでも知られていた。その事件の発端の人物として、リム・フェイドの名も広まっていた。

あの灰は、もしかして…そう少女が気づきそうになった途端、「予知夢」は消えた。

本当に意識を覚醒すると、少女はパジャマ姿で、ベッドに横たわっていた。

少女は飛び起き、枕元のメモ帳にペンで「魔獣を焼いた灰が、水の中を流れる」とメモをした。


旅の途中、魔術師の弟子、ルイスは何か変なことに気づいた。布の郵便鞄に触れると、手に粉っぽいものがつく。

小川の近くの野営地で、封筒を全部取り出して中を確認すると、鞄の底に白っぽい粉がたまっていた。

「なんだろうこれ」と言って、ルイスは郵便鞄を小川の上で逆さにし、中にあった粉を水の中に流した。それでもまだ手に粉がつくので、中身を全部出した鞄を小川の水でじゃぶじゃぶ洗った。

鞄を絞り、獣除けの焚火の近くに干すと、汚れた手も小川で洗った。

「ルイス。鞄の洗濯なら、もっと川下でやってくれ」と、師匠のクエルが言う。「其処の川で採った魚を食べるんだからな」

「釣りに行く場所を川上にすれば良いんじゃない?」と、ルイスが言うと、女剣士ケーナが、「じゃぁ、お前が釣りをして来い」と言って、テグスと針を差し出してきた。

「はーい」と、面倒くさそうにルイスは返事をして、「餌は?」と聞いた。

「撒き餌を切らしてる。川の石の底に居る虫を使え」と言われ、ルイスはさらに嫌そうな顔をしながら、川上に向かった。


その夜、どうにか3匹釣れた川魚を焼いて食べた後、ルイス達は地面の柔らかい森の中で眠りに就いた。

その日は半月だった。薄暗い月明かりの中で、息苦しさからルイスは目を覚ました。なんだか、胸の辺りが痛む。

水を飲もうと、水の入った皮袋の口を開けた。途端に、ルイスはひどい眩暈を覚えた。息苦しくなり、思わず皮袋を取り落とした。

水が飲みたいのに、体が水分を拒絶している。ルイスは、師匠を起こそうとした。

「クエル。起きて。なんか変なんだ」

心地好い睡眠から起こされた魔術師は、不機嫌そうに目を瞬かせながら、眼鏡を探した。

眼鏡を探し当て、弟子の姿を見てクエルは絶叫した。ルイスは、顔中がまだらの獣の毛で覆われ、両手はかぎ爪を持った狼の手に変わっていたからだ。

相棒の叫び声に気づいて、ケーナは即目を覚まし、自分の横に寝かせてあった剣を手に取った。

月明かりの中で、半獣人が、クエルに「襲い掛かろうとしている」ように見えた。ケーナは、半獣人に鋭く刃を突きつけた。

半獣人になったルイスは、飛ぶように師匠の目の前から跳ね、剣の一閃をかわした。

「やめて! ケーナ!」と叫んだつもりだったが、声帯の形もおかしくなっているらしく、喉を鳴らすような「ぐごぉぉぉ」と言う唸り声になってしまった。

その声を、「威嚇の声」だと判断したケーナは、剣を持ったままルイスだったものを追い詰めた。

「待て、ケーナ!」と、クエルが叫んだ。そしてケーナの肩をつかみ、半獣人を追おうとする相棒を引き留めた。

「何故とめるんだ? 危険な魔獣は処分しないと…」と、ケーナは言う。クエルは、認めがたい事実を述べた。「あれは、ルイスだ」


同時刻、デュルエーナはディーノドリン市のパルムロン街、ウィンダーグ家を、エクソシストのポール・ロドスキーが訪れていた。

応接室で、ナイトから「レミリアの予言」から始まった騒動を語ってもらい、事情を理解したポールは、同席していたレミリアから、「フェリモ王の墓所」のパンフレットを見せてもらった。

「地下では、まだ魔力が生きていました。でも、本体が『帰ってきている』様子はありませんでした」と、レミリア。

「なるほど。これだけ詳しい内容が『公開』されていると言うことは、確かに霊体も帰って来ないでしょう」

ポールは穏やかに言う。

「墓と言うのは、暴かれないからこそ魔力を維持できるんです。一般人が見学できるほど『荒らされた』場所では、魔力は次第に減少する」

「もう一つ情報がある」と、ナイトは言う。「ヘルナリオの街で、謎の大量死が起こった。通行人が路地裏で変死している。この事件は知っているか?」

「いや、初耳だ」と、ポール。「それも、悪霊がらみかい?」

「そうかも知れないとしか言えない」

と言って、ナイトは渋い顔をする。

「昨日から、うちの『防犯カメラ』の精度が悪くなってきていて、中々ヘルナリオの状況が分からないんだ」

「防犯カメラって言うと…あの『視線』は、お前の家のペットの気配だったのか」と、ポールは納得した。「やけに街中に魔物の数が増えたなぁと思ってたんだが」

「『視点』と『意識』は多いが、根っこは1つだ。そして、その『防犯カメラの不備』は、段々とパルムロン街に近づいて来ている」と、ナイト。

「うーん。そうなると、魔物の視野を曇らせる力を持った者が、近づいて来ていることになるな」と、ポール。

「そうなんだ。それが誰か分からないので、困っている。古代王は、ルルゴと言うウサギの霊体から魔力を授与されたそうなんだが、それ以降の情報が途中で途切れた」

ナイトはそう言ってから、「誰か別の者に憑依した可能性もある。しかし、我家のペットの『視点』を曇らせるほどの能力の持ち主に心当たりがない」と続けた。

「そして、ヘルナリオでは怪死事件が起きている」と言って、ポールも考え込む。

吸血鬼2人が考え込んでいる間、レミリアも一緒に考えていた。

トム・ボーイと言う魔物は、ラナに似た気配を持っている。恐らく、機械の属性を持った魔物なんだろう。ならば、ラナのように、感情を数値化して意識の中に留めているのかも知れない。

「攪乱」の魔術に似たものに、何かなかっただろうか。感情を持った者が、「視野に入れる」事を拒むような能力。もしくは、「視野に入れたら術にかかってしまう」ような能力。

レミリアの頭の中に、「矢を射るキューピッド」が思い浮かんだ。ああ、そうかと、レミリアは直感を持った。

「恋の魔術に、そんなのありませんでしたっけ?」と、提案すると、思案顔だった男2人が顎から手を放した。

「えーと、確か…『魅了』の術?」レミリアは霊媒師に転職してからの知識を思い出す。「私が勤めてるベルクチュアの寺院に、時々『魅了』の術で悩んでいる人がお払いに来るんです」

「それだ」と、ナイトは言った。「そう言えば、ヘルナリオに住んでたな、あいつ」

「あいつってどいつだい?」と、ポール。

「ティナ・リンカーと言う、妖術師だ。『夢魔』と呼ばれる血族の者で、胡散臭い水晶玉で占いをしている。血筋の関係で、正常な魔力がほとんど使えないんだ」

ナイトは、ようやく合点行ったと言う風に頷いた。

「しかし、『夢魔』としての能力を使うことは、本人も嫌っていたからな。何かに憑りつかれて魔力を乱用していると考えるなら、筋が通る」

「その憑りついている者が、古代王って事か?」と、ポールは聞く。ナイトは応える。「そうかも知れない、としか言えない」