大地の癌 Ⅲ 4

とっておきのピンクのオシャレ着を着飾ったアンジェを人形のように床に座らせ、シェディはその姿を何枚かポラロイドに収めた。

それから、真っ黒なロングドレスを纏わせたアンジェを、椅子に座らせて再びポラロイドに写す。

ドレープの多いグレーの子供用ドレスを着せて、ナチュラルに頬笑んでいる様子を三度ポラロイドに写す。

4着目は水色の布の薄いナイトドレスのような物だった。アンジェは、着せ替えごっこに飽きて椅子の後ろの方を向き、背もたれに片手を預けていたところを横から写された。

5着目は、黄色いパーティードレスだった。パニエで膨らませた服を着たアンジェは、「妖精みたい」と言って、ちょっとご機嫌が直った。

5回の写真撮影が終わると、シェディは選りすぐった写真をクリップでクロッキー帳にとめつけ、写真を観ながらデッサンを始めた。

アンジェは、その間にモデルの仕事から解放され、普段着を着てウィンダーグ家の猫達を観察して遊んでいた。

「クオーツ。ブルー。おいで」と、アンジェが声をかけると、金色の眼の白いペルシャ猫と、青い眼の三毛のペルシャ猫は、アンジェの足元に歩み寄ってきた。

アンジェは、クオーツ達の後ろ首を掻いてやり、こっそり台所から失敬してきた小魚を、2匹に食べさせた。

日頃から餌付けをしているので、アンジェと猫達の中はそう悪いものではない。

猫達は、アンジェに名前を呼ばれると「美味しいものがもらえる」と学んでおり、アンジェの姿を見ると「名前を呼ばれないか」と、耳をそばだてるようになった。

その事に気づいたルディ・ウィンダーグが、アンジェに申し付けた。「アンジェ。猫を可愛がるのは良いが、彼等を太らせるのは、彼等の体にもよくないんだぞ?」

日頃、ネズミ狩りに反対しているとは思えないルディの「お父さんぷり」に、アンジェは不服気な顔をしたが、特に文句は言わなかった。

「それと、クオーツ達に触ったら、手を洗いなさい。ネズミの黴菌が家中に広まらないと限らないんだからな」と、ルディは常々持っている偏見を述べる。

「お父さんは、クオーツ達を『汚い』と思ってるの?」と、アンジェは聞いた。

ルディは、言葉を選びながら答えた。「そこまで考えてないけど、彼等はネズミを食べた舌で、体をなめたりするだろ? ネズミって言うのは、昔から怖い黴菌を広める奴等なんだ」

「どんな黴菌?」と、アンジェは聞いた。

「例えば…ペストとか」と、ルディは言う。例に出した後で、あれはネズミにたかるノミが原因だったんじゃなかっただろうか、と思い返した。

「それって、ずーっと昔に流行った病気でしょ? 今のネズミがペストの黴菌なんて持ってないと思うけど」と、アンジェは言う。

「ペストだけじゃなく、それ以外の色んな病気の素を持ってるんだ。とにかく、クオーツ達に触ったら手を洗いなさい」

ルディは一方的に話を纏めて、お説教をしていた書斎からアンジェを外に追い出した。

「お父さんも、割と融通利かないなぁ」と、廊下に出たアンジェは呟いた。「シェディって親に恵まれない子」


娘婿の腕から採取した「変異体」を観察していたミリィは、その変異体がウィルスを守る殻のようなものを持っていることに気づいた。

以前ベルクチュアを殺菌するときに使った薬液を試しても、変異体は「殻」に守られ、ウィルスの形状を維持する。

テイルは、仕事先に「流行り病にかかった」と連絡して、ずっと岩屋に籠っている。

アリアはさすがに仕事を休むわけにいかないので、ベルクチュアの自宅に戻り、塾とアミュレット工房を続けている。

「どうしたものかしらね…。『殻』を破砕する方法がないと、ウイルスの除菌は無理だわ」と、ミリィ。

「『殻』って言うのは、ウイルスが纏ってるのか?」と、何度も「変異体」を採取されたテイルの腕は、注射針の後だらけだ。

「そうね。鶏の卵を思い浮かべてみて。殻があって、膜があって、白身があって、黄身がある。黄身はウイルスの核、白身は核を守るクッション、それから保護膜と、変異体を保存する硬い殻の防護壁」

ミリィの説明を聞きながら、テイルは頭の中を整頓した。ミリィの話は続く。

「その硬い殻を持ったウイルスが、大量にあなたの腕の中に蓄積されてるの。時間の経過と一緒に、その数は増えてる」

「やっぱり腕を切り落とすしかないのか?」と、テイル。

「出来ればそれは避けたいわね。片腕じゃ、再就職が難しいわよ」と、ミリィは現実的に答える。「『殻』に効く薬剤を、もう一度作るしかなさそうね…。アンジェは今、何処?」

「俺は話に聞いただけだが、ウィンダーグ家に居ると思う。あの家の養女になったらしいから」

テイルはそう答えて、注射の痕だらけの自分の腕をしげしげと見る。

「俺としては、腕がむずむずするような感じがするだけなんだが」

「その『むずむずする感じ』が、変異体が増殖してるって事よ」

ミリィはそう言って、地図を描いたタペストリーを観た。

リッドの居場所は掴めない。強力な結界の中にいるように。

「リッドに連絡するにしても、今の所、居場所が分からないわ。たぶん、ウィンダーグ家でうろうろしてるんだろうけど」


ミリィの予想通り、ウィンダーグ家の物置で、アンティーク細工の「時」を食べていたリッドは、くしゃみをした。

「さすがに埃っぽいな…」と呟き、「だが、部屋ごと一気に食べてしまうには惜しい品ばかりだ」と言ってニヤリと笑む。

つい今しがた「時」を吸い取った、ピカピカのアンティーク細工を、壊れかけた棚に戻す。

「この棚も、実に良い熟し具合だな…。デザートにでも取っておくか」と言って、色々なアンティーク細工の「時」をつまみ食いしている。

宝箱のような長持をみつけ、「ほうほう」と唸りながら近づいた。

「アンティークって言うより、ヴィンテージって感じだな。中身はどんな逸品があるか…」

と言って、リッドは長持を開けた。その中には、生前のエリーゼ・ウィンダーグの遺品が収められてた。写真、衣服、宝石や装飾品、日記、愛用の眼鏡まで。

「おいおい。愛妻の遺品を物置に置いておくなよ」と言って、リッドは苦笑いをした。

「家族が増えると、置いておく場所が無いのですよ」と、ナイトの声がした。

物置の入り口で、ナイトがリッドを観察している。

「察知」の術は息子に譲っても、屋敷内のことに関する把握はナイトのほうがまだ慣れているようだ。

「そう言うお前は、エクソシストとは連絡は取ったのか?」リッドはさほど驚くでもなく、そして遠慮するでもなくエリーゼの遺品を漁る。

ナイトは、こいつは何か知ってるな、と言う表情をしたが、予言に関する細かい事は予言者とごく一部の者しか知らないほうが良い。

「取りました。しばらく、当家に在中してもらう予定です。霊体に対する攻撃に関しては、ジャンは不得手ですからね」

ナイトがそう答えると、「ジャンって、護衛のウェアウルフか」と、リッドは言う。

「正確に言うと、ごく弱いウェアウルフの血を引いています」と、ナイト。

「ふーん。確か、此処に勤めてから50年以上経つよな?」リッドはそう言って、「ちょっと握手くらいしてきて良いか? ご主人様?」と悪戯気に聞く。

「それは遠慮していただきたい」と、ナイトは冷静に断る。「長年培った能力が失われてしまっては困る」

「安心しろ。ちゃんと『分けて食べる』事は出来る」と、リッドは自慢そうだ。「俺の連れ合いが、いつまでも12歳くらいなのに魔力だけはモンスター級って言う理由は分かるだろ?」

「レディに対して、『モンスター』はないのでは?」

「言葉の綾だ。気にするな」と言ってから、リッドはエリーゼの遺品の中に「不思議な物」をみつけた。「おい。ナイト」と、改めて甥を呼ぶ。

ナイトがリッドのほうを見ると、リッドは銀色の猫目石のブレスレットを手に取っていた。

リッドは言う。「魔力が宿ってるが…。少し妙だぜ? 持ち主を守ろうとしている」

ナイトもさすがに驚いて、リッドに近づき、ブレスレットをイーブルアイでよく見た。「確かに…。しかし、妻はもう遺骨も残っていないし…」

「残ってるとしたら、霊体だな」とリッドは言って、「エリーゼ・ウィンダーグの霊体は、地上の何処かに居る」と断言した。