大地の癌 Ⅲ 5

宵の入り、長い黒髪と青い目の、皮の服を着た男装姿の女性が、ドレス姿の令嬢の手を取り、馬車から降ろさせた。

黒髪の女性は、ハンターとして仕事をしているルーゼリア・ボリトスと言うパンパネラだ。夜会に向かう令嬢をエスコートしながら、珍客の登場に気づいた。

イーブルアイを灯したカササギだ。足に、手紙をつかんでいる。

令嬢を片腕につかまらせたまま、ルーゼリアはカササギから手紙を受け取った。

広げてみると、予想通りナイトからの仕事の依頼だった。しかし、身辺警護や、敵を狩ってほしいと言うものではない。

「ルー。誰かからお手紙?」と、護衛中の令嬢が聞いて来た。

「なんでもない。ちょっとした野暮用だ」と答えて、ルーゼリアは夜会の会場である屋敷に令嬢を連れて行った。


令嬢がおしゃべりと少々のリキュールを楽しんでいる間、ルーゼリアは会場の外で、魔力でつながる携帯電話を使い連絡を取った。

「ナイト。手紙は受け取った。しかし、『妻の霊体を探してくれ』と言うのは、どう言う意味だ? お前の妻は、10年以上前に亡くなったんだろ?」

「ああ。だが、今日の昼間、ちょっとしたことからまだ霊体が地上に現存していると分かった。その霊体を探してほしいんだ」

「お前の妻は、魔力は持っていたのか?」

「いや、普通の人間だ。私も、一度霊界で逢ったのだが…。どうにも、その後、現世に戻ってきたのかもしれない。何らかの理由で」

「唯の人間が、霊界から戻って来れるものなのか?」

「私の妻も、魔力と完全に縁のない生活をしていたわけではないからな。妻そのものに魔力が無くとも、彼女は『強い魔力を持った生命』を、体に宿したことがある」

「お前の子供達か」

「そうだ。そして、その魔力を持った娘の作ったアミュレットが、持ち主に対する『守護』の力を発している。霊界で何か起こっているのかもしれない。そして、妻は地上に戻ってきた」

「筋は通ってるな」

「私が出歩けるものなら、自分で探しに行きたいんだが、少し隠遁生活をしなければならない状態でな。伝手にあちこち頼んでいる最中だ」

「分かった。しかし、私も、現時点で別の仕事を引き受けてる。手が空き次第、捜索に加わる」

「頼んだ。謝礼は払うから安心してくれ」

「それはありがたい。じゃぁな」

そう言って、ルーゼリアは電話を切った。


別の伝手として、ナイト・ウィンダーグからエミリー・ミューゼの所に連絡が行くのは間もなかった。

エミリーは、既に予知済みだったらしく、「無理難題を吹っかけてくる常連様が、ウィンダーグ様だったとはね」と、嫌味を言った。

「そう言わないでくれ。私も、まだ少し混乱しているんだ」と、ナイトは言う。「私が霊界に行ったときは、彼女も非常に平和そうに過ごして居たんだが」

「そちらの市内で、古代王の遺跡が発掘されたそうね。それと関係あるんじゃない?」と、エミリー。

「霊界に影響を及ぼす何かが起こっている、と言うことか?」

「そう。ウィンダーグ様も、魔力を持った者が星の外に投げ出されない理由は分かってるわよね?」

「魔力が『根源』に還ろうとする働きの影響だろ?」

「そう。私達に授けられた魔力は、魂が体から離れた時点で、『大地と月』に還ろうとする。その影響で、魔力を持った者は『力』を捨てない限り、宙には旅立てない」

「ふむ。私も、出かけた先が『宙』だったら、魔力を捨てなければならなかったわけか」

「その通りよ。良かったわね、行き先を霊界にしておいて」

エミリーは少女の声でケラケラ笑った。

「話を戻すと、『宙』に向かった魂は、魔力を捨てて行く。逆を言えば、地上に留まるためには魔力を捨てなければ良い。その古代王とやらが、いずれ何者かに転生して世界に君臨しようとしていたなら?」

「墓に魔力を宿すと言うのは、そう言う理由か」

「そう。でも、墓が暴かれて、転生の術に使う魔力が飛散してしまったら、その術のための魔力を何処かから補わなければならない」

エミリーの説明は続く。

「ヘルナリオの大量死事件も、こっちの耳には入ってるわ。古代王が魔力を補っている可能性は大。その魔力の影響が、霊界に届いていたらどうなるかしら?」

「どうなるんだ?」

「霊界と現世は表裏一体。すぐお隣にある屋敷みたいなものよ。ある屋敷が、大火事で燃え始めたら、その隣の屋敷の者はどうする?」

「逃げるか、水を撒くか、消防署に連絡を入れる」

「そんな感じね。それが今、霊界で起こっている惨事って事」

「なるほど。妻は今、大火事が飛び火しそうな霊界から逃げ出してきたと言うことか」

「もし、エリーゼ・ウィンダーグの霊が何処に居るかを突き止めれば、霊界で実際起こってることも聞けるかもしれないわよ。私の今の話は、推論に過ぎないから」

「分かった。そうなると、なおさら君にも協力を仰がないとな」

「エンダーは霊力に関しては鈍いほうだから、私一人での捜査になるけど、それでよろしいなら引き受けるわ」

「是非頼むよ。こちらも、人手が無くてね」


馴染みの数名と連絡を取ってから、ナイトは書斎に住んでいるもの達に住所録をめくらせていた。

だが、どれもピンとくる協力者が思い浮かばない。書斎に住んでいるもの達も、ただひたすら住所録のページをめくっているだけだ。

コンコンコン、と、書斎のドアがノックされた。「入れ」とナイトが声をかけると、レミリアがそーっと書斎に入ってきた。

「あの…ウィンダーグ様。リッドから聞いたんですが」おずおずと、レミリアは述べる。「エリーゼ奥様の霊体が、現世に帰ってきてるって」

「その通りです」と、知恵熱の出そうな頭を冷えた手で押さえながら、ナイトは言う。「またレミリアの夢の中にでも出てきてくれれば良いのですが」

「何か『引き寄せ』られるものがあれば、『降霊』を行なうこともできますよ?」と、レミリアに言われ、ナイトは、彼女が霊媒師だったことを思い出した。


レミリアの「降霊」の術のため、エリーゼの遺品の中からいくつかの道具を選び出した。

婚約指輪、眼鏡、遺影、そして猫目石のブレスレット。

一定の空間が必要だと言うことで、玄関ホールの絨毯をどかして、レミリアに大きな魔法陣を描いてもらった。遺品を魔法陣の一部に置いて、魔法陣の中央には長い蜜蝋の蝋燭を置く。

「降霊に成功しても、会話ができるかどうかは霊体の状態に寄ります。それと、霊体を呼び出しておけるのは、蝋燭が全部溶けるまでの間だけです」

レミリアは、降霊術に関する「制約」を、ナイトを含め、ウィンダーグ家の者達に伝えた。

「会話をする代表者を決めておいて下さい。普通の人間の霊体は、複数の人間と会話をすることは出来ません」

「それは、何故?」と、同席していたルディが聞いた。

「霊体は『エネルギー』そのものだからです。自分の姿を保つこと、他者前に姿を現すこと、伝わる声を発すること、全てにエネルギーを使います。魔力を複数に分散すると消耗するのと同じです」

レミリアの言葉を聞いて、自然とみんながナイトを観た。

「話すとなったら、私が」と、ナイトも言う。

それから、レミリアは重要なことを言った。

「出来る限り、『エリーゼ奥様』を呼び出すように狙いを定めますが、現時点で何処に居るか分からない霊体を呼び出すので、もしかしたら全く違う霊体が降りてくることも考えられます」

「構わない」と、ナイトは答えた。

レミリアは、魔法陣の「術者」の位置に両膝をついて、魔法陣の中央に向けて両手をのばした。

青緑色の閃きが、床に描かれた魔法陣の線に行き渡る。そして、中央に置いてあった蜜蝋の蝋燭に、炎が灯った。霊術が起動したのだ。

レミリアは、霊力の届く範囲に、幼い頃に逢った事のある「エリーゼ」の気配を探した。何かの霊体が、強く引き寄せられて魔法陣の中に姿を現す。

青白い、今にも消えそうな霊体が、ブレながら現れた。壊れたテレビモニターにでも映っているように、形が定まらない。

「これは…」と言って、ナイトはその気配を察した。「エレーナ。君か?」

「ナイト…君…」と、その霊体はなんとか言葉を伝えようとする。「魔…鏡に…。時間…が…ない…」

そこまで言うと、エレーナ・パフの霊体は、破裂するような衝撃を残して消え去った。霊術の力場が失われ、蝋燭も消えた。

「ウィンダーグ様。今の霊体は?」と、レミリアが緊張した表情で聞く。

「生前、私の未来を占ってくれた魔女だ」と、ナイトは言うと、「すぐに確かめなきゃならないことがある。魔法陣は片づけておいてくれ」と残して、書斎に向かった。


ナイトは書斎の隠し戸棚の中にしまっていた、エレーナの「魔鏡」を取り出した。エリーゼとの間に双子が生まれる、と言うことが分かってから、ずっと見ていなかった。

其処には、若かりし頃のエリーゼの姿が映っていた。青白い光を放つ霊体として。そして、エリーゼとよく似ている娘…レナ・ウィンダーグの姿も。

何処か分からない街の中で、レナは注射器を操り、病人らしき者達の腕に薬剤を打っている。

エリーゼの霊体は、人間として持っている僅かの霊力で、レナを守っていた。

レナこと、レイアと言う魔女は、エリーゼの霊体には気づいていない。長期間魔力を維持しているためだろう。疲労が、レイアの感覚を鈍らせているのだ。

「何処に居るかと思ったら、外国旅行の最中か」と言って、ナイトは少し安心したように微笑んだ。それからすぐ、思案顔になった。

「時間がない…か」と呟いたが、ナイトには、まだ意味が分からなかった。


カインの言っていた通り、ソルエの街にはおかしな病気が流行っていた。

病魔の影響力は弱いが、感染力が早く、一部の「能力者」以外は、ほとんどの者が「水のにおいをかぐと眩暈がする」と言う病状を発症していた。

レイアは街の施設を借り、助手の少年フェルと共に、「眩暈病」の患者達に血清を打つ治療を行なっていた。

「眩暈病」にかかってから、普通に水を飲むことの出来なくなった者達は、家畜の乳や果物、酒などを飲んで渇きを癒していた。

レイア達が血清の製造と、病人達の治療に明け暮れていたある日、17、8歳に見えるアンバーの眼の青年が、治療所を訪れた。

「魔女のお姉さんって言うのはあんたかな?」と、その青年は声変りが終わったばかりのような声で言う。そして、レイアの魔力が刻まれた翡翠を見せた。

「あなた、あの時の…」と、レイアは言いかけ、表情を引き締めて、「ネイク・ラダは無事?」と聞いてきた。

「状態を『凍らせて』ある。この中だ」と言って、呪術師の青年は赤いグラスボールのような物をレイアの眼の高さに持ってきた。

変化が解けていない状態の「ネイク・ラダ」は、グラスボールの中で体を丸めて眠っている。

レイアは、それを見て、助手に指示を出した。「フェル。明日の分の血清を、1人分だけ用意して」

助手の少年は、特に疑問も口にせず、次の日のために用意しておいた試験管の一つを、レイアに渡した。

レイアは細長い注射器に試験管の中身を吸い取り、空気を抜いた。「ネイクの術を解いて。日の光のあるうちに」

「OK。ちょっとここの寝台を借りるぜ」と言って、アンバーの眼の青年は、グラスボールを治療所のベッドの上に置く。

青年が、片手の指をパチッと鳴らすと、途端にグラスボールは巨大化し、ネイクを通常の大きさまで戻すと、一瞬赤い丸い気体となって霧散した。

不完全な「変化」を起こしたネイクは、まだ意識を覚まさない。その間に、レイアは血清を注射した。

「1~2時間後に、発熱を起こすはずよ。翌朝までにはウィルスを除菌できる」と、レイアは言う。

「そうか。無事に災難が回避できてよかったよ」と、青年は言い、以前レイアから受け取った翡翠を返した。

そして、「あんたも忙しい身みたいだが、ちょっと自分の身の周りを観察したほうが良いんじゃないか?」と問いかけて、治療所を去った。

レイアはその言葉の意味が分からず、治療所を散らかしていただろうかと思って辺りを見回した。

だが、治療所内はすっきりと整頓され、フェルが毎日、アルコールで埃を拭き清めてくれているので、不衛生でもない。

一体何のことだろう? と思っていると、テーブルの上に置いてあったメモ用紙に、自分の文字でこう書いてあった。

「決して怯えない事。迷うものには力を貸す事。過ちはただす事」

いつかにシエラの霊体から聞いた伝言だ。何故、この言葉を知らず知らずに書き出していたのか。

何かを忘れている気がする。レイアは、そんなぼんやりとした直感を持った。しかし、それが何かまでは思い出せなかった。