ベルクチュアのアミュレット工房に出勤したとき、アリアは工房を手伝ってくれているリト・ロイドの魔力の中に、「別人の気配」がする事に気づいた。
リトは、細工を作りながら、熱心に魔力を練っている。組木細工で、雪の結晶のような形を作っていた。
「リト。今は、何のアミュレットを作ってるの?」と、アリアは優しく声をかけた。
「私にも、分かりません」と、リトは応えた。「でも、この形じゃないと、魔力が保存できないんです」
アリアは、リトが作ろうとしている組木細工の複雑さと繊細さに見入った。通してある魔力は、何故かリトの魔力とは性質が違う。
「あなた、今…」と言いかけると、リトは唇の前に片手の人差し指をあて、アリアの言葉を切らせた。
「分かっています。でも、今は内密に」と囁いて、海のような眼をしたアミュレット技師は、作業を続けた。
魔女レイアと、村の子供のフェルが「外の世界」に行ったと聞き、ひどくふてくされている者が居た。
透き通った赤毛と、菫色の瞳の、泣きボクロの少女。
「折角『駆け落ち』のチャンスがあるかも知れなかったのに」と言って、傍らに居る男性を見る。「マイクは、どう思う?」
「どう思うって?」と、背もたれの無いチェアに座り、小さな文庫本を読みながら、マイクは聞き返す。
「こんな小さな村で恋の駆け引きをし続けるって、すごく疲れるの。それなら、外の世界に逃げ出して、本当の『二人っきり』を味わいたいじゃない?」
「誰と?」と、マイク。「オリンとアノイが婚約してるのは知ってるだろ?」
「それは、オリンが現実の恋に目を向けてくれたのは嬉しいけど、なんで寄りによって私のお姉ちゃんを選ぶかなって話よ」
「エスカ。話がそれてる。まず、結論を言え」と、マイク。
泣きボクロのエスカは目を座らせ、苦い顔をする。
「18歳の乙女が、自分から誰かに言い寄るなんて無様を晒せると思う?」
「あー。お前も、オリン以外の男が男に見えるようになったのか?」と、マイクは言いながら、文庫本のページをめくる。
「まぁね。私も、いつまでも15歳じゃないの」と、エスカ。「だけど、その人すごく鈍くてね…。恋人にはならないわ。仲の良いお友達にはなれそうなんだけど」
「ふーん。無理な恋人を作るより、友情を育てたほうが良いってことかも知れないな?」
マイクはそう言って、本を読んでいた自分の背中に背中を預けて寝そべりそうになっているエスカの頭を、本で叩く。
「重い。退け」
「それが女性に言う台詞?」
「生憎、俺にはお前は女性に見えない。それより、重いからさっさと退いてくれ。後、俺の紅茶を勝手に飲むな」
「別に良いじゃん。一口くらいくれても」
「お前と間接キスはしたくないんだ」
「じゃぁ、反対側から飲めば良いじゃん」
「唾液が入ってると嫌だ」
「私は黴菌か!?」
「知らないのか? 虫歯菌は移るんだぞ?」
「分かったわよ。カップ洗って淹れなおしてくる」
エスカはそう言って、飲みかけのカップを持ってマイクの家のキッチンに行った。
そして、カップを洗ってお湯を沸かし、ついでに食糧棚を開けた。美味しそうなチーズの塊があるのに気付いて、ニヤリと笑う。
そのチーズをナイフで一欠け切って食べてから、「マイクー。此処にあったチーズ食べて良いー?」と、大声で聞く。
「駄目に決まってんだろ!」と言う声が響いてきたが、「あ、ごめーん! もう、ちょっとだけ食べちゃったー!」と声を返す。
ダダダダダ、と廊下を走ってくる音がして、台所に顔を出したマイクが「それ、明日の飲み会に持ってくやつだぞ!」と、大慌てで言う。
口をもぐもぐしながら、エスカは「分割して持って行けば、バレないって」と言う。
「切り口から乾燥するだろ! あー、もう。ここ、冷蔵庫ないんだからな!」
「ごめんごめん。美味しそうだったから、つい」
「人の家の台所荒らすくらいだったら、さっさと帰って飯でも作れ! 親父さんが待ってんだろ!」と、マイクは説教をする。
「平気平気。お父さん、自分で肉焼くの好きだから」と言って、エスカは動じない。
この女がうちに入り浸っているせいで、酒の席になる度にこいつの父親から俺がいびられていると言うことをどう説明しよう、と、一瞬マイクは考えたが、余計な話は言わない事にした。
「とにかく帰れ! 一刻も早く!」と言って、マイクはエスカの肩を押して、家の裏口から外に追い出した。
バン!と音を立てて裏口の扉が閉まり、鍵をかける音がする。
「なによー。チーズ一欠けで怒らなくて良いじゃん」
そう言ってエスカは頬を膨らませ、「本っ当に、鈍感」と呟いて、父親と姉の待つ家に帰った。
ラナが、遠くを見るために視力を鋭敏化させていると、アネッドの森の向こうで、雷のような魔力が蠢く。
その時、アンドロイド「ラナ」は、カイン達に「盗み出された骨の行方を捜す」と言って、村を離れていた。
傾いていた墓石に刻まれた名前は、「オルガ・ガネーシヤ」。
ラナは、直接会ったことはないが、なんでもオルガは「灯台」の中で、魔力を操れる者としての仕事をしていた人物らしい。
なんとも厄介な人物の骨が盗み出されたものだ、とラナは思った。そして、その思考はトム・シグマ内のデータ「ラナ」にも更新されてゆく。
ウィルスの保菌者が魔力使いだった場合、焼いた骨の中のウィルスにも魔力は宿るのか…そこまでのデータの収集はアンドロイド「ラナ」も行っていなかった。
何故なら、オルガ・ガネーシヤの遺体は、焼却する時点で既に砂の中で腐敗しており、魂は体を離れ「生前魔力を持っていた者」だとは判別がつかなかったからだ。
骨壺を盗み出されたのが、オルガ・ガネーシヤの墓だと聞かされたのも、彼女が魔力使いだったと聞かされたのも、盗掘が起こってからだった。
アンドロイド「ラナ」は、一度デュルエーナに「移動」するつもりだ。トム・シグマと連絡を取るために。
レミリアが「予言」を行なってから数日が経過している。本体「トム・シグマ」は、きっと自分から更新されたデータと、その他のデータを関連付けて、より真相に近い未来を予測しているはず。
「しかし、家出をした屋敷に還る気分、と言うのはこう言うものかな…」と、アンドロイド「ラナ」は呟いた。
雷のような魔力が、国境線ギリギリで閃いた。トム・シグマは、既にアンドロイド「ラナ」の到着を待っている。
ラナは、アネッドの森の中で霊術を伝い連絡を取った。「レミリア。こちらの準備は出来た。いつでも『呼んで』くれ」
「了解。こっちも準備万端だよ。周り、誰も居ないよね?」と、霊術の声がアンドロイド「ラナ」の頭の中に響く。
「ああ、リス一匹いない」と答えると、アンドロイド「ラナ」は、自分の周りに白い霊術の力場が発生したのが分かった。
次の瞬間、ラナは、ウィンダーグ家のワイルドフラワーガーデンに移動していた。
「ラナ。久しぶり」と、白い衣を着たレミリアが言い、アンドロイドとハイタッチをかわす。そこは、庭の草を引っこ抜いて作った魔法陣の形の空き地だった。
「これは…元々こう言う形の庭なのか?」と、ラナは聞いた。
「まさか」と言って、レミリアは苦笑する。「ナイト・ウィンダーグ様が、庭が荒れてるから、草刈りのついでに場所を作っても良いって言ってくれたの」
「なるほど。我が主らしい」と、ラナが言うと、レミリアは面白そうにその顔を覗き込んだ。
「なんだ?」と、ラナは怪訝な顔をして聞く。
「ラナも、ナイト様を『我が主』って呼ぶんだね」と言って、レミリアは面白そうにニヤニヤしている。
「おかしいか?」
「おかしくないけど、意外。ラナって、優しいけどクールなイメージあったから。誰かを『主』なんて呼ぶんだなーと思って」
「意外でもないだろう? 私にとっては、作り主なんだから」
「まぁ、そうですけどー。それじゃ、ラナの器を作った人はなんて呼ぶ?」
「ドクター・レティ」
「ああ、そこは『博士』なんだ」
「初期データ上に、署名があるんだ。ドクター・レティ・ルア。ついでに、私はクリスティと言う機械人形の姉妹機だ」
「姉妹機って事は、ラナにはお姉さんが居るの?」
「確かに、先に作られた器だから、姉と呼んでも間違いない。だが、彼女は戦闘型じゃない」
そんなおしゃべりをしていると、血の気のない執事が、草花だらけの庭に、ぬっと現れた。「レミリア様。大旦那様がお呼びです」
「すいません。今行きます」と答えた。しかし、レミリアが数歩歩いても、ラナがついてこない。レミリアはラナの手を引き、「行こう?」と言った。
だが、珍しくラナは「気まずそうな表情」をして、唇を噛んでいる。
「おや。初めて見る表情ですね、ラナさん?」と、レミリアは面白そうに言う。「怖気づいてても、事件は解決しないよ? ほら、早く」と言って、レミリアはラナの背後に回り、両肩を押した。
レミリアの腕力では、ラナの重量は「びくともしない」のだが、ラナは自分の肩にかかっているレミリアの「精一杯の重圧」を感じて、トボトボと足を進め始めた。
「ご苦労様、レミリア。初めまして、『ラナ』」と、眼鏡をかけたナイトは書斎で2人に挨拶をした。「『実家』に帰った感想は?」
ナイトに質問されても、ラナは答えない。レミリアが、「ラナ」と声をかけても、口をつぐんだまま目を伏せている。むしろ、今にも目も閉じそうな雰囲気だ。
「よくわかんないけど、すごく気まずい気分みたいです」と、レミリアがラナの心情を代弁する。それからラナに言い聞かせた。
「ラナ。ラナの仕事や、生活や、色んなデータは、ナイト様も全部知ってるんだよ? 恥ずかしがることなんて、何もないでしょ?」
「私も、会話を、しない事には、状況が、変わらないことは、分かっている」
ラナは途切れ途切れに言う。
「だが、上手く、情報を、取得できないんだ。データ『ラナ』と、意識の『差』が、出来ている、ようなのだが、そのギャップが、情報の取得を、妨げている」
「じゃぁ、恥ずかしいとか、緊張してるとかじゃなくて…」と、レミリア。
「ああ。機能的な、問題だ。これ以上、瞼を上げることが、出来ない。それと、耳も、聞こえ、づらい」
「やはり、本体とは少し『仕様』が違うようですね」
ナイトはそう言って、あえてアンドロイド「ラナ」には声をかけず、ノートパソコンに呼び出した「トム・シグマ」に声をかけた。
「トム・ボーイ。データ『ラナ』の更新記録を表示しろ」
返答はすぐに来た。「現在、待機状態」と。
「本体にまで影響してますね。困ったなぁ…」と、ナイトは眼鏡を正しながら言う。「では、私からの指示はレミリアに託しますので、『捜査』は2人にお願いします。レミリア、これを」
レミリアはナイトから小さな端末機を受け取った。携帯電話によく似ている、小さな画面のついた電子機器だ。
「魔力や霊力で起動する、発受信器です」と、ナイトは解説する。
「マイクロフォンの部分は音の発受信、画面の光はホログラムの効果と、壁などに照射して文章や画像を収集、参照することができます。『トム・シグマ』との情報の共有にお使い下さい」
「これ、ウィンダーグ様が作ったんですか?」と、レミリがナイトに聞くと、「いえ、ドクター・レティの発明品です。以前リッドが作らせた受信機を改良したものだとか」と、ナイトは答える。
「うーん。何処にでも頭突っ込んでくるなぁ、あの赤毛…いや、おじーちゃんは」と、レミリアは複雑そうな表情をする。
「レミリア。『ラナ』と同じ表情になってますよ」と言って、ナイトは浅く笑う。「どちらにもフリーズされたら時間が惜しい。早急に捜査に。高齢組は大人しくしていますから」
「はーい。行ってきまーす」と言って、レミリアはやはりラナの肩をぎゅうぎゅう押しながら、廊下を移動させた。
