ウィンダーグ家を後にしてから、レミリア達は「トム・シグマ」の持つ各地の視点が「濁る」場所を探して居た。
「最新情報では、もう『濁り』はシルベット街まで近づいて来てるの」と、レミリアは言う。
「私達の仕事は、その『濁り』の原因になってる人物の居場所を突き止めること。それから、ターゲットの確保。この件は、ニュースで騒がれてる、『路地裏の大量死事件』とも関係がある」
「『魅了』の術と言うのは、どんな作用を起こすんだ?」と、ラナ。
「うーん。私は、『術にかかりそうになった人』しか知らないけど、意識がぼんやりして、動機がしたり、眠りそうになったり、逆に怒りっぽくなったりするみたい」
レミリアは、ベルクチュアで勤めている寺院に来た被害報告を思い出しながら言う。
「普通に『恋をする』って言うのと、ちょっと違う所は、自分の意思とは関係なく、そう言う『異常』が意識の中に起こって、正常な状態ではいられなくなるの」
「それが『夢魔』の放つ魔力か」
「うん。ウィンダーグ様達の『予想』では、ティナ・リンカーって言う人が、その魔力を使いながら移動してる。古代王の霊体に乗っ取られてるんだって」
2人は、そこで話を切って、シルベット街に向かうバスに乗った。
席に座って、数分バスに揺られると、レミリアの手にしている端末に通信が入った。端末が淡く光り出す。
レミリアが、端末の光を手の平にあてると、小さな光の文字と地図が現れた。
「シルベット街から『濁り』が移動している。中心街から、南に進んでいる」と、レミリアは文字を読み上げ、地図を参照した。
レミリアとラナは、「濁り」の向かっている方向の手前のバス停で、バスを降りた。そして、夫々の「視力」で、街の中を見回す。
「居た」と、レミリアが先にターゲットを発見した。「確かに、『魅了』の術を使ってる。でも…男性にしか効果を発揮してないみたい」
そう言われて、ラナも同じ方向を見た。誰かが路地裏で倒れるのを目撃したが、術者の姿は見えない。
「私の眼では、捕捉しづらいな」と、ラナは言う。「本体からの影響があるのかもしれない。『トム・シグマ』の視野が、『観る』ことを危険と判断している」
「じゃぁ、私が『眼』になる。ラナは、攻撃の準備を」と言って、レミリアはラナと自分をつなぐ霊術の力を高める。
「攻撃の程度は?」
「身動きが取れなくなるくらい。殺しちゃだめ。古代王の霊体に逃げられる」
「了解」
2人は、気配を消しながら、「ティナ・リンカー」の居る位置へ、距離を詰めて行った。
霊体を十分に増強した古代王は、ティナ・リンカーの能力を使って、さらに魔力を補っていた。
「転生」の術には、少なくても1000人の贄のエネルギーが要る。それらは、古代王フェリモが埋葬された時に、一緒に生贄として埋葬されていた。
しかし、大規模に墓を「発掘」され、魔力は一気に減少した。フェリモは自らの能力でその「飛散した魔力」を補わなければならないのだ。
自らの、と言っても、体も能力も借りものだが。
適当な「贄」を路地裏に引き込もうとした時、「飛行物体」が急激に迫ってくるのが分かった。
身をそらすと、弾丸が片脚の腿をかすり、路地裏の壁に小さなひび割れを作った。
2撃目、3撃目、4撃目が立て続けに近づいてくる。古代王は、ティナの体を操り、舞うように銃弾を避ける。
そして、舞い上がるように飛翔して、狙撃手に急激に近づいた。
「危ない!」と、若い女性の叫ぶ声がした。
2人の女性が、路地裏を進んだ先の、町を流れる川を挟んだ向こう岸に居た。2人は、二方向に分かれ、ティナの膝蹴りをかわす。
一人はメディウム、もう一人は…人間そっくりだが、鉄でできた人形だ。
「ほう。これは…」と、古代王は呟いて、人形のほうを見た。今にも目を閉じそうになりながら、人形は古代王の姿を「観よう」としている。
二手に分かれた時、レミリアはとっさに「視野」の霊術まで解いてしまった。すぐにラナに「再接続」したかったが、ラナとティナの位置が近すぎる。
ラナは、幾つかの視野を切り替えた。「サーモグラフィー」の視野なら、なんとか敵の姿を確認できた。
熱の波のようなものが、ターゲット「ティナ・リンカー」の体の周りから発せられている。「魔力」の波動だ。
ティナの体は、表面温度は高いが、中心部がひどく低音になっている。特に、心臓の周りは、死者と同じと言っていも良いほど温度が低い。
心臓は鼓動を打っているが、その血液が温かいのかどうかは、本人にしか分からない。
ティナがしげしげとラナを見つめている間に、ラナはライフル銃を拳銃に持ち換え、その脚に向けて銃弾を放った。
ティナは、宙に浮かんだまま、くるりと体を回転させて弾丸を避けた。そして、ラナのほうにさらに近づいてきた。
「鉄細工の人形か…。実に見目麗しいな。壊すのは惜しい」と言って、ラナの顎に手をかけ、少し上を見させた。「お前、私の下で働かぬか?」
ラナは、険しい顔のまま、近づいてきたティナの脚を狙った。「断る」と言うと同時に、引き金を引く。
ティナは、弾丸が発射される直前で、身をひるがえし距離を取った。
「それは残念だ。そして、私の『転生』を阻もうと言う者達がいることも分かった」と、ティナは川面の空中で言う。「実に有益な情報だ」
その時、ラナの視界に「ティナ・リンカー」の姿がはっきり見えた。ティナと距離が出来た瞬間、レミリアが視野を「再接続」してくれたのだ。
今までの動きから、魔力の流れと筋肉の動きを計算し、ラナはまず一撃を放ち、0.4秒後のティナの動作方向へ、二撃目を撃った。
予測通りに、ティナの片脚を撃ち抜くことが出来た。だが、飛翔の魔力は落ちない。
飛翔している姿を見られることを恐れずに能力を使うものに対して、命を取らずに身動きを止める方法。
ラナは一瞬考え、レミリアに伝心を飛ばした。「ティナ・リンカーに、『麻痺』の術を」
レミリアも、気づいたように霊力を練り、脚の傷に気を奪われているティナに、「麻痺」の霊術をかけた。
本来は手術の時などに痛みを削減するため使う術だが、確かに「体の感覚」が無くなれば身動きは取れない。
全身が急激に重くなったようで、ティナは川に落ちかけた。レミリアが、「転移」の魔術で、ティナの体を側道に着地させ、霊体が逃げられないように「封じ」をかけた。
「転移」の術でレミリア達がウィンダーグ家の庭に戻ると、エクソシストの吸血鬼、ポール・ロドスキーが待っていた。この吸血鬼も、夕日の中で何事もなく行動している。
「お疲れ様、外部組」と、ポールは明るく声をかけてくる。レミリアが刈っておいた草地に、幾つかの道具で結界が作られている。「こっちでは、術式の準備は出来てますよ」
レミリア達に連れてこられた「古代の霊体が入ったティナ」は、苦し気に顔を歪ませ、のけぞって口から泡を吹いている。
どうやら、麻痺の術に抵抗しようとしているようだ。
「お疲れ様です。ターゲットは『確保』しましたが、この通り…。麻痺状態です。それと、『封じ』をかけてあるので、術式の前に解かないと…」と、レミリアが言いかけると、
「ご心配なく。他の術をかけたままでも、『悪魔祓い』は出来ます」とポールは言う。
レミリアは、自分と似た職業と言っても、ロドスキー氏はエクソシストだったと思い出した。攻撃的な魔術や霊術の才においては、レミリアは引けを取る。
ティナの体を結界内に固定し、ポールが、「では、術式を始めます」と言う。レミリアとラナは、邪魔にならないように草陰に隠れた。
術者は、古の言葉で精霊に語り掛けた。ウィンダーグ家の庭に出入りできる、「好意的な精霊」が、ポールの言葉に導かれて集まってくる。
ポールの視野でみると、ティナに憑りついている霊体は、自分の中に抱えた魔力を冷やすために、内部体温を下げているようだ。
何故、魔力に冷却が必要なのかは分からないが、この弱点をつかない理由はない。
エクソシストが天に向けて差し出した手の中に、白い雲のような物が集まってきた。雲は、宙でぶつかり合う時のようなゴゥゴゥと言う音を立て、一粒の雫となった。
「汝、その器に値せぬ!」と、ポールが唱えたと同時に、雫が、ティナの口の中に吸い込まれた。
バリバリバリ、と引き裂くような音がして、ティナの体がひきつった。その体内で、何かが暴れている。
エクソシストの集めた精霊の「雫」は、古代王が内部体温を冷やす力を奪い、閉じ込めていた魔力を、四方八方に飛散させた。
ポールが用意していた結界の中で、魔力が暴発し、小さな爆発を連続的に起こす。結界中にエネルギーを帯び、そのエネルギーはプロミネンスのように暴れ狂う。
ほとんどの魔力を暴発に使い切り、ティナの体は麻痺の術に抵抗する力も無くした。その口から、白い煙のようなものが這い出てきた。
白い煙の塊は、その中心に青白い霊体を抱えている。
「ルルゴさん!」と、レミリアはその青白い霊体にとっさに声をかけた。
しかし、その青白い霊体は、既に「ルルゴ」としての自我を失っている。魔力の供給源の核としての作用を、「正しく」発動していた。
ルルゴの師、ボルボ・ミントンの抱えていた「呪い」を含める能力を。
古代王の霊体は、ティナの口から入ってきた精霊の魔力で、「酸」を浴びたように大火傷を負っていた。
白い雲のような霊体は、水に焼かれて全身から霊体を蒸発させながら、地面を這った。
そして、狂ったように笑った。「愚か者共。これで我を陥れたつもりか!」
そう叫んで、霊体は姿を消した。
「レミリア、霊体の捕捉を!」と、ポールが指示を飛ばす。
「はい!」と答えて、レミリアは目を閉じて霊力を高め、霊術の視野を全方向に飛ばす。
ラナは、「夢魔」の魔力が途絶えたティナの様子を調べ、そこには「ティナ・リンカー」の霊体すらないことを知った。
彼女の霊体は、ずっと以前に古代王に吸収されていたのだ。
ラナは険しい表情を浮かべ、レミリアを見た。目を閉じ、術に集中しているレミリアが、菫色の瞳をカッと開けた。
「霊体が、屋敷に侵入しています!」と言って、レミリアは、屋敷の一角を指さした。「書斎の前に!」
ポールの行動は早かった。速やかに、ナイトの居る書斎の前に「転移」した。霊体が、書斎に侵入しようとしては、ためらうようにまごついている。
大昔にナイトが見つけたと言う「布屋」の無効結界が、書斎を守っているのだ。
ポールは、「日頃の善行の積み重ねと言うのは、とても大きな力となる」と、霊体に語り掛けた。「そして、日頃の悪行の積み重ねと言うのも、また、とても大きな力となる」
そう言って、ポール・ロドスキーは、ティナ・リンカーの霊体の中に蓄積されていた「贄」の意識、つまり「怨念」を呼び起こした。
「お前はもはや、この世界に居て良い存在ではない」
ポールは穏やかに言い、こう告げた。「喰らわれし者共よ。汝等の行方にその者を導くが良い!」
癌細胞が一気に増殖したかのように、「怨念」が膨れ上がる。そのエネルギーはティナの霊体を破壊し、古代王の霊体を呑み込む。
その力に引きずられ、古代王の霊体は跡形もなく「宙」へ連れ去られた。
ポールは、古代王霊体が居た場所に、小さなウサギの霊体が居ることに気づいた。魔力を失い、言葉すらもしゃべれなくなった、一匹の小さなウサギ。
「ミスター・ルルゴ」と、優しくポールは声をかけた。「あなたも、あなたの選ぶ次の世界へ、進むべき時が来ましたよ」
ウサギは耳をそばだて、辺りを見回して、何処かへ駆け出した。
その先が楽園であれば良い、と、ポールは祈った。
