ナイトは書斎の前の騒ぎを察しながら、「待機中」だった、データ「ラナ」の更新履歴を参照していた。
「予言」とメモしてあった項目をのフォルダを開けると、「羽を広げて宙へ舞い上がるナイト・ウィンダーグ」の像が消えていた。
「なるほど。私に関するもめ事は解消されたようだ」と言って、ナイトは銀行の隠し口座の預金残高を調べ、今回の騒ぎで消えるはずの金額を推測し、次はまた金塊の売買でもするか、と考えていた。
ティナ・リンカーの遺体は、身寄りもなかったので、ディーノドリン市内にある共同墓地に葬られた。
占い師としては三流だが、カリスマ性はあったようで、ティナの顧客だった女性達が葬儀に参列した。
共同墓地に葬られる者だとは思えない人数の「ファン」の数に、ニュースでその様子を見たウィンダーグ一家は驚くを通り越して感心していた。
古代王の騒ぎが治まっても、まだリッドは「帰宅」する様子はない。どうやら、「見物する騒ぎ」は続くようだ。
書斎にリッドを呼びつけ、ナイトは質問をした。「伯父様の引き継いだ『予言』内では、次の『騒ぎ』はなんだと思われますか?」
「あー、悪いが、俺の『時間』の中では、まだお前に関するもめ事は消えてない」と、リッドは勿体つけて言う。「ちょっと様式が変わるだけだ」
「どのように?」と、ナイト。
「妻の霊に憑り殺される」と、リッドは言ってにやっと笑う。「羽を広げて宙を舞うお前の表情が、『狂気の沙汰』から、『歓喜の表情』に変わっただけだ」
「妻と言うと…エリーゼに?」と、ナイトは、しらっとした顔で言う。「伯父様。宇宙には、絶対的にあり得ないことがあるんですよ?」
「絶対的にあり得ない事と言うと?」
「我々が、チキンの入ったバスケットと紅茶を持って、昼間の日射しが照り付ける公園にピクニックに行くとか」
「すっげぇ、ハイレベルな自殺の方法だな」と言って、リッドは大笑いする。「それは確かにあり得ないが、お前の妻に対する信頼もあり得ないレベルだ」
「その確信は?」と、ナイト。
「例えば、お前の妻が、『子供の達のために、ナイト、あなたの命を捧げてちょうだい』って言って来たらどうする?」
「伯父様の演技力が三文芝居のレベルであることは今分かりましたが、そう言う願いなら…可能性はありますね。条件を飲むか飲まないかは、状況に寄りますが」
「その条件が、『純粋な吸血鬼が持つ魔力が膨大に必要だから』って言うお願いだったら?」
「つまり、私が正式に死ぬことになると?」
「そうなる。今お前が生きてるのだって、冗談みたいなもんだしな。今度こそ、『宙』に行くことになるんじゃねーか?」
「妙に楽しそうですね」
「急展開する他人の不幸はサスペンスに満ちている」
リッドの台詞を聞いて、ナイトは、声には出さず、「こいつ、普段よっぽど暇なんだな」と思った。
「こいつよっぽど暇なんだなって顔だな」
リッドはあっさりナイトの不機嫌な顔を読み取った。
「俺も面白がってるだけじゃねーよ。何せ、俺の身内も巻き込まれてる騒動だからな。いつ、何が何処でこっちに飛び火してくるか分からない。それがまた面白いんだが」
「スリルを求めて我家に居候しているわけですか」
「ちゃんと居候の間に仕事をしてやってるだろ?」
「アンティーク細工を新品にする仕事?」
「その通り。唯の物置が、今や金ぴかの細工で溢れてるぜ? 真鍮製も、中々乙なものだ」
「伯父様の美食自慢は理解しかねます。それにしても、伯父様の身内と言うと…レミリア以外に誰が?」
「テイルとアリア。それからアンドロイドのほうの『ラナ』と、あー、たぶんお前も知ってると思うけど、アレグロムでちょっとした騒ぎが起こってる」
「ああ、『孤立の村』の墓が盗掘されたそうですね」
「へー。あの村そう言う名前で呼ばれてんのな。俺が知ってる範囲だと、その盗掘事件にはホッパー・ビーストって名前の魔術師が一枚噛んでる。それから、裏に誰かいるな」
「黒幕ですか」
「そうだ。魔術師に成れなかった薬師程度が扱えるウィルスじゃねーからな。先日のベルクチュア危機の時に、残した研究所が生きてたら?」
「確かに、フェネル山脈の地下研究所は残してありますが…。その存在を、ホッパーと言う魔術師はどうやって知るんです?」
「ホッパーが知らなくても、そのフェネルって言う所の研究所がウェアウルフ・ウィルス保菌者の残存を探して居たとすれば、ホッパーの『成りあがり』に力を貸すかもしれないな」
「推測ですか?」と、ナイトは確かめる。
「俺が『吟味』したところでは、その様相は強い。しかし、一部しか『引き継いで』ないもんでな。俺にも分からん部分はある」と、リッドは言う。
「うちの防犯カメラの『推測』では、私が死ぬと言う確率は非常に低いようですが」と言って、ナイトは考え込む。「『時間がない』と言う言葉が気になりますね」
「なんだそれ」
「以前、レミリアに『降霊』をしてもらった時、エレーナと言う魔女が下りてきたでしょう? その魔女が私に伝えた言葉です」
「ふーん。なんだろな」と言って、リッドは薄ら笑いを浮かべた。
17歳のレナ・ウィンダーグは、強い頭痛を覚えて目を覚ました。旅籠のベッドから起きると、空が明るい。朝だと言うのに、ひどい頭痛だ。
グラウドの山奥から降りてきたばかりなので、まだ山頂と麓の気圧の違いに体が慣れていないのかもしれない、と思った。
肌着姿で眠っていたので、旅のために用意した丈夫な魔術着を上に着た。動きやすいようにスカート部分のスリットをギリギリまで入れてあるので、中にショートパンツを履く。
髪を整え、肌の荒れを「保湿魔法」で治すと、鏡の中に自分以外の誰かが映っていた。レナの母親、エリーゼ・ウィンダーグだ。
「良い、レナ? 髪の束ね方は、自分でも覚えて起きなさい」と、言って、7歳のレナはエリーゼに髪を梳かれていた。
寄宿学校の休暇に、屋敷に還ったレナに、エリーゼは女性として覚えていてほしい「身づくろい」の方法を細々と教えていた。
「母様…」と、7歳のレナが言いかけると、エリーゼはレナの髪を梳きながら優しく語りかけた。
「レナ、あなたは二つの血を継いでるの。パンパネラと人間。半分ずつじゃないわ。ナイトの全部と、私の全部。その二つで、あなたとルディは出来てるの」
「二つ…」と、レナは呟いた。エリーゼは続ける。
「あなたの道は、私にはよく分からない、複雑な世界につながってるみたいね。シエラが、時々教えてくれるの。あなたがどれだけ頑張って、自分の未来を切り開こうとしているか」
エリーゼは、レナのウェーブのかかった髪を、一束の三つ編みにしながら言う。
「私が死んだ後でも、あなたの世界は続いて行く。それが当然。だけど、あなたの時間の全ては、ナイトと私の、二つの命全部で出来てる。とても長い道のりの旅になるわ」
「母様が居なくなっても、続くの?」と、7歳のレナは聞いた。
「ええ。人間の寿命しか持たない私には、想像もつかない長い旅。たくさんの人に出逢って、たくさんの別れがあるわ。その中で、忘れ物をしないようにね」
そう言って、エリーゼは小さなレナの手に、鋼玉の指輪を握らせた。
「さぁ、いってらっしゃい」
「母様…」と呼びかけようとして、レナ・ウィンダーグ…レイアと言う魔女は、夜明け前の寝室で目を覚ました。
身体的に成熟した年齢から老いていない自分の姿が、治療所内に作った寝室の姿見に映っている。
隣のベッドでは、助手の少年、フェルが小さな寝息を立てていた。
そう言えば、フェルも7歳くらいだ。その影響で昔の夢を見たのだろうか。そう思ったが、何かが引っ掛かった。
「忘れ物…」そう呟いて、エリーゼに手渡された鋼玉の指輪を思い出した。
レイアは、旅の途中で出会った3人の姿を連想した。薬を作ることで事件をうまく回避したつもりになっていたが、もしあの3人に何か起こって居たら。
女剣士ケーナに渡した、鋼玉の「お守り」。あれを、彼等がまだ持っていてくれることを祈りながら、レイアは自分の魔力を刻んだ鋼玉のある場所に「視野」を飛ばした。
失踪したルイスの行方を追って、ケーナと魔術師クエルは、ルイスが姿を消したアネッドの森を注意深く観察しながら進んでいた。
クエルが、「追跡」の魔術を使っているが、自分の覚えている人間だった時の弟子の気配が、中々探し出せない。
「不完全でも『変化』を起こしていたところから考えると、闇の者の気配が混じっているかもしれない」と、クエルは焦点を絞り切れない術に疲労を覚えていた。
「ルイスは、獣人に噛まれたり、接触したりしていたか?」と、ケーナは問う。
「いや、私が知る範囲では、その可能性はない。しかし、あいつ、私達が眠った後に『郵便配達』に行ってただろ? その配達先で何かあったとしか思えない」
「秘密厳守の仕事には、裏があるものだな」と言うケーナは、ルイスが洗って干していた郵便鞄に、中から取り出してあった封筒を集めたものを肩にかけている。
「その郵便物も、先の人物と同じ出所だろ? 投函先の人達が、何か知らないか聞いてみよう」と言って、クエル達はアネッドの森の中にある、ある家を訪ねた。
早朝の来客に、家の女将は良い顔をしなかった。「誕生日の手紙? 確かに、うちの末の娘が今月誕生日だけど…。送り主は誰なんだい?」
「秘密で渡したい、ハッピーな手紙だと言うことだ」と、ケーナは説明した。
「なんだか気味が悪いね。なんて書いてあるか、ちょっと読んでも良いかい?」と女将が言うので、ケーナはその住所宛の手紙を取り出そうとした。
住所を確認してから鞄に戻してしまったらしく、他の多数の手紙に混じってしまっている。
「なんだい。人に渡すもんなら、ちゃんと用意しときな。あたしは朝食の用意があるから、見つけたらまた呼んどくれ」
と言って、女将は一度家に戻った。
「何処にしまったんだ?」と、クエルは手紙の束を抱えながら言う。
「なるべく手前のほうに入れたはずだが…鞄の形が歪んでるから、ぐちゃぐちゃだ」と、ケーナ。
「言い訳は良い。早く探そう」と言って、クエル達はあれでもないこれでもないと、手紙を物色し続けた。
「あった」と、ケーナが言って、郵便ポストの住所と照らし合わせる。
家のノッカーに手をのばしかけた時、ガラガラガラ、と、晴天に稲光が走った。ドーン! と言う爆発音を発し、地面に落雷が落ちた。稲光の着地した場所に、魔術着姿の魔女が現れる。
寝癖まみれの髪を一束に結った、レイアだった。
「待って。その手紙、開けちゃだめよ」と、身だしなみに反した冷静な声でレイアは言う。「どうやら、ルイスは助からなかったのね」
「ルイスが助からない?」と、クエルは聞き返した。「そうだ。君の占いを聞いてから、ずっと嫌な予感がしてたんだ」
早口に魔術師は言う。ルイスの身に起こったことと、この手紙に、何か関係はあるのかと。
「大ありよ。その手紙の中には…」と言って、レイアは各地で説明してきた事と次第を、当事者達に告げた。
クエルはひどく動揺し、ケーナはショックを受けたようだった。
「そんな馬鹿な。『獣人化を引き起こす灰』? そんなものが存在するわけがない」と、クエル。
「いや、無いとは言い切れない」と、ケーナは考えながら反論した。「ソルエの酒場で『獣人狩り』の勧誘をしている者が居た」
「誰が?」と、レイアが聞く。
「アーガスと言う、私の古馴染みだ。私も、『獣人狩り』に参加しないかと言われたが、断った。酒場の正式な仕事じゃないからな」
「もしかして、その人、片目が無い?」と、レイアは聞く。
「ああ。昔、決闘をしたときに抉られたらしい。今は眼帯をしてる」と、ケーナは答える。「何故知ってるんだ?」
「私が以前調べた家で、そのアーガスと言う人と、骨ばった魔術師の2人組を見たの。半獣人になった被害者を殺した後、家に火を放ってた。魔術師は、ホッパーって呼ばれてたわ」
クエルとケーナは顔を見合わせた。「まさか、この手紙、全部…」と言って、クエルは抱えていた手紙の束を、汚いもののように地面に投げた。
ケーナも、手にしていた一通を、地面に投げる。
レイアは、手紙をイーブルアイで霊視し、「全部に『灰』が仕込まれてるわね」と二人に伝えた。「魔法薬の糊で封印されてる。でも、この糊の成分じゃ、完全には『封じ』は、かけられないわ」
「と、言うと?」と、ケーナが聞く。
「糊の効果が発揮できるのは、恐らく手紙が作られてから1ヶ月以内。以前、手紙を渡す旅をした時は、どのくらいかかった?」と、レイア。
「1ヶ月で回れる距離じゃない。国の西側半分をぐるりと一周した」と、クエル。「日数にすると…3ヶ月はかかった」
「恐らく、意図的に劣化する糊を使ってるのね」と、レイアは推理した。「最後のほうに手紙を投函する場所で、大騒ぎを起こすつもりだったのよ」
「フォルルの村は、今、どうなってるんだ?」と、クエルは誰にと無く問う。
「安心して。その騒ぎは回避した」レイアは短く答え、「それより、ルイスが心配だわ。彼が『半獣人』として、どれだけ理性を保てるか分からないから」と続けた。
朝が来て、ルイスは身を隠していた洞穴から這い出た。手は人間に戻り、顔に触れても毛が生えてない。発声練習をしてみたら、普通に声が出た。
この数日間のことはなんだったんだろう、と考えた。夜になると、別の視野と別の意思が働き始めて、「肉が食べたい」と言う欲求が湧く。
最初は、焼いた肉を思い浮かべた。だが、他人の家に押しかけたり、盗んできて食べる勇気が無かった。
飢えを我慢しようかと思ったが、今にも発狂しそうなほどの空腹に襲われ、彼はついに家畜を襲って生の肉を食べ、骨を齧り、骨髄まで食い漁った。
一度吹っ切れてしまった人間としての理性は、夜の間は働かなくなった。肉を食べた時の満足感と、飢えが満ちた充足感に惑わされ、ルイスは毎晩何処かの家の家畜を襲った。
豚や牛や山羊と言った家畜がいないときは、家の前につながれていた犬を襲って食べた。
何かが狂ってる、とルイスは思った。その時、以前占い師から聞き、つい最近まで気にしていた言葉を思い出した。
「危険な誘惑が待っているだろう。夜を生きる者として、覚悟を持たなければならない。それは遊戯ではないのだから」
ルイスは、危険な誘惑と言うものを、「肉が食べたくなる衝動」の事だと理解した。
そして、ゾッとした。もし、周りに家畜が一匹も居なくて、人間しか存在しない場所で「変化」が起こったら、あの衝動が起こったら、どうなるのか。
彼は、アネッドの森の奥で、一人、恐怖の叫びをあげた。
