大地の癌 Ⅳ 2

レナ・ウィンダーグこと、レイアと名乗っている魔女が、2人の人物を連れてアレグロムのアネッドの森を歩いている。

彼女が連れているのは、機敏そうな女剣士と分厚い眼鏡の魔術師。

レイアは、胸の前で上にかざした手の上に、オレンジ色に光る複雑な魔法陣を浮かべている。その魔法陣を中心に、レーダーのように魔力が遠くまで広がっている。

「追跡」の魔術を維持しているらしい。

3人が森の中を進んで行くと、一軒家があった。広い庭を持っていて、庭の柵の中に牛を飼っている。その家で話を聞くと、数日前にその家の子牛が食い殺されたらしい。

森の中を進んで行くうちに、そんな話を度々聞くようになった。

夜が近づき、その日の捜索は一旦中止になった。

長時間を歩いた疲れで、2人の連れは野営地で眠り込んだ。レイアだけは、焚火の番をしながら、夜通しで術を使っている。

そして、見つけた。微弱な「半獣人」の気配を。

レイアは、そっと野営地を離れ、一人でその気配を追った。

バリバリ、と何かを噛み砕く音が聞こえてきた。野生の鹿が、首を噛みちぎられ、内臓を食われ、血だまりを作って倒れている。その近くで、鹿の骨と肉をむさぼっている者がいた。

「ルイス」と、レイアは声をかけた。

まだらの毛並みと狼の両手、それから牙を備えた少年が、地面を這っている。その半獣人は、「ぐごおぉ」と、喉を鳴らすような音を立てる。

「ルイス。諦めないで」と、レイアが言う。半獣人になったルイスが、何を言いたいのか分かったようだ。「その病は、治らないわけじゃない」

ルイスだった者は、食事をやめてレイアを見た。

「感染したウィルスを殺菌できる薬がある。日が出るまで、何処かに隠れていなさい。明日、その薬を持ってくる」

レイアがそう言うと、ルイスは再び変形した喉から音を出した。

「怖い? 何が?」と、レイアは聞いた。

半獣人ルイスは再び喉から唸り声を出す。

レイアは、その言葉の意味を理解した。「弱気にならないで。あなたはまだ人間でいられる。人を襲わないために、森に残ってたんでしょ?」

ルイスは、四つ足で、肉を食っていた鹿から離れ、何処かに走って行った。


翌朝、レイアは連れの2人に、ルイスを発見したことを伝えた。

「私は、これから薬を持ってくる。あなた達は、ルイスと話し合って。日の出てるうちは、彼も人間の言葉がしゃべれるでしょうから。ただし、距離には気を付けて。飛沫で感染することがあるの」

女剣士と魔術師はその話を了承し、魔術師はレイアから、ルイスの気配を記録した「追跡」の術を引き継いだ。

レイアが森から『転移』すると、魔術師が言う。「これは…だいぶ、重たい術だな…。『追跡』の範囲がかなり長距離だ」

「急ごう。お前がグロッキーにならないうちに、ルイスを見つけないと」と、女剣士も言う。

「ああ」と返事をして、魔術師は両手の上に魔法陣を浮かべたまま、森を進んだ。

正確な方向が分かったので、ルイスの居場所は瞬く間に突き止められた。小さな洞穴に、身を潜めている。

「ルイス。出て来い。居るのは分かってる」と、魔術師が声をかけた。

「来ないで!」と、ルイスの声がした。

「あの時は、追い立てて悪かった。もう、私達も、お前の身に何が起こったかは知ってる」と、女剣士も声をかける。

ルイスは、洞穴の中から、恐る恐ると言う風に姿を現した。衣服が、乾燥した血液でごわごわになっている。口元にも、両手にも、血の跡が残っている。

「僕、もう、まともじゃないんだ」ルイスは言う。「『肉が食べたくなる』と、気が狂ったみたいになるんだ」

「その症状をなおすための薬を、先日の占い師が持って来てくれると言ったんだろう?」と、魔術師は語りかける。「安心しろ。ウェアウルフ化は、月の光を浴びなければ、人間のままで居られる」

「無理だよ。月の光を浴びなくても、すごくお腹が空いてくるんだ。そうすると、訳が分からなくなって…」

そう話しながら、ルイスは頭を抱え、震えながら泣き出した。

「もし、人間しかいない場所に行ったら…。きっと、人間だって思わないで、食べちゃうんだ」

魔術師は、追跡の術を解き、弟子に近づいた。簡易結界も張らずに。そして、短髪に切っているルイスの頭を撫でる。

「弱音を吐くな。お前が人間を襲わなかったのは、お前がまだ人間だって言う証拠だ」

ルイスは顔を上げ、泣きながら師匠に抱き着いた。

ルイスが泣き止むのを待っている間、女剣士は「飛沫感染どころじゃないな」と思っていた。


ソルエの治療所では、「眩暈病」の患者が列を作っていた。少しずつ病人が減ってるとは言え、一度街の中全体に広まった病は、新たな感染者を生んでいる。

「しばらく待って下さい。まだ、レイアさんが帰ってきてないんです」と、一人で治療所の留守番をしていた少年、フェルは、扉越しに治療所の前の人垣に声をかける。

レイアから、「結界を起動していない状態の治療所には、誰も入れてはならない」と言い渡されているのだ。

治療所内に「力場」が発生し、レイアが姿を現した。そして軽くジョギングでもしたかのように、息をついた。いくら強く優れた魔力を持ってるとは言え、レイアも疲弊している。

「レイアさん」と、フェルが安心したように声をかける。「急に居なくなるから、心配だったよ」

「ごめんなさい。ちょっと急用があってね」と言って、息を整えたレイアは血清の入った試験管と、注射器を手に取る。

「それと、急用はまだ終わって無いの。『眩暈病』の人達には、明日まで待ってもらって」

「なんて言えば良いかな?」と、フェルは小声で聞く。

「薬を増やすのに時間がかかってるって言って」

そう残して、レイアは再び「転移」の術でアネッドの森へ飛んだ。


石灰と石のブロックで作られた道路を、金色の髪と白い肌、黒いワンピースに黒いベールをかぶった紺碧の眼の少女、パトリシアが足早に歩いて行く。

その日の彼女は、ひどく不吉な気配に追い立てられていた。誰かが追ってくる、そして、パトリシアの首をつかみ、ナイフを振り上げる。

その様子を「予知」していた彼女は、手持ちの財産を鞄に詰め、家を離れて外国に逃げようとしていた。

石灰で作られた街並みは、何処にそんなに恐ろしい者が居るのかも予想させないほど、平和な景観を保っている。

彼女は、一つの予感を持っていた。

「自分が『危険』から逃れようとすることが、もしかしたら『危険』を招くことなのかもしれない。だけど、『予知』の期限が早まるか遅くなるか、それだけの違いだ」

彼女のその予感は正しかった。パトリシアが家を出て1時間後、彼女の家に、何者かが侵入し、気配を残さず静かに去った。

犯人は物取りではない。狙っていたのは、パトリシアの命なのだ。


アンドロイド「ラナ」は、ベルクチュアの南側の山岳地帯、フェネル山脈を「久しぶりに」訪れていた。

アンドロイド「ラナ」を通し収集したデータが、トム・シグマの中にある、データ「ラナ」に更新されてゆく。

「遠隔のほうがアンドロイドの情報収集機能は上がるようだな」と、パソコン画面を見ながらナイトが言う。

書斎に、ナイトとレミリア、ルディとシェディが寄り集まり、窮屈ながら4人でパソコンを覗き込んでいた。

フェネル山脈に住む魔獣は、めったに人を襲わない。以前、ラナとレミリア、そしてアンジェがフェネルの研究所を訪れた時に襲って来た型の魔獣には、今回は遭遇しなかった。

地下研究所の真上に来ると、アンドロイド「ラナ」は、足を止めて地下空間に視野を飛ばした。

フェネルの地下研究所では、何やら研究員達が忙しなく働いている。

手さばき良く、液体をピペットに吸い取っている研究員、何かの培養しているシャーレの様子を見ている研究員、そして、粒子状に固形化させた灰色の物質を、透明な袋に詰めている研究員。

「なるほど。伯父様の『考察』は、ほぼあっていたようだな」と、ナイトが言う。「トム・ボーイ。映像の『録画』を忘れるな」

「承知しております」と、トム・シグマは画面上に文面で答える。

「レミリア。手筈通りに」と、ナイトが指示を出すと、レミリアは「はい」と答えて、霊術を通した声で「ラナ。『切り離す』よ。準備をして」と言った。

アンドロイド「ラナ」は、身を隠せる手近な岩陰に座り込み、目を閉じてボディを脱力させた。人間から見たら、唯眠っているだけに見えるように。

レミリアは、その様子を確認して、「器」から、アンドロイドに転写したデータを一時的に切り離し、「器」の無い状態でも行動できるようにした。

霊体と同じ状態になった「ラナ」は、地面を透かして地下空間に侵入した。そして、研究施設内のあらゆる場所を確認する。

「灰」を増産している研究所、そして研究所を動かすための発電設備、データを記録している中核コンピューター、「孤立の村」から盗掘された遺骨の保管場所。

アンドロイド「ラナ」の目的は、中核コンピューターの占領だ。

ラナの霊体は、研究員が捜査していた端末に侵入し、パスコードを幾つか解いて、データの「深層」に潜入する。

ハッキングは成功し、ラナは、フェネル研究所の中核コンピューターに自由に出入りできるよう秘密裏のプログラムを仕掛けた。

レミリアは、ラナの霊体を「器」に呼び戻し、定着させた。

アンドロイド「ラナ」が瞼を開け、座っていた地面から立ち上がってから、レミリアはその周りに霊術の力場を作り、アンドロイド「ラナ」をウィンダーグ家の庭に転移させた。


ウィンダーグ家の結界の中に、魔力を持ったコンドルが一羽、侵入してきた。

その気配を「察知」したルディは、状況の閲覧をしていた書斎から離れ、庭に出ると、コンドルが止まった庭木の場所まで移動した。

エミリー・ミューゼに屋敷の結界を強化してもらってから、屋敷の中では「転移」の術すら使えなくなっているのだ。

ルディは、高い庭木の先端に止まっているコンドルが、「変化」であることに気づいた。「どちら様でしょう?」と、声をかける。

コンドルが術を解き、12歳ほどの少女の姿になった。白い髪と、透き通った水色の目、薄紫色のローブを纏った魔女だ。

魔女は、ゆっくりと地面に着地すると、「はじめまして。うちの孫がお世話になってないかしら?」とルディに言った。

「お孫さん? えー、魔女に名前を尋ねるのは非常識かもしれませんが…」と、ルディはしどろもどろと言う。「お名前は?」

「ミリィ・フェレオよ。アリア・フェレオの母です」と少女は言う。

「ああ、アリアさんの…。随分、その…お若いお母さまですね」と、ルディは言葉選んで言う。「と言うことは、レミリアさんのおばあ様」

「そう」とだけミリィは答えた。

「ようやく合点行きました。レミリアさんなら、確かに当家に滞在しております」

そう言って、ルディはミリィに説明した。ここ数日間、一歩間違えば大惨事を招くてんてこ舞いだったのだと。

「状況は分かったわ。実際にレミリアと話をさせて。それから、アンジェに『協力』してもらいたいことがあるの」

「了解しました。それでは、屋敷の方へ」と言って、ルディはミリィを館の中へ連れて行った。