レイアがアネッドの森に戻ると、丁度、魔術師に弟子が抱き着いている所だった。
レイアは溜め息をつき、思わず脱力しそうになったが、自分に冷静になるよう言い聞かせ、魔術師に声をかけた。
「クエル。飛沫から感染するって、説明したわよね?」
「感染しても構わない」と、クエルは言う。「弟子の一人も自分で探し出せないようじゃ、魔術師として失格だ」
「自己犠牲の精神は立派だけど、あなたからまた別の人に感染することもあるのよ?」と、レイア。
「それなら、森暮らしを続けるよ。人間の居ない所で生活して行く」と、クエル。
「とにかく、ルイスをこっちに。薬を打つから」レイアがそう言うと、ルイスはしゃっくりを上げながら師匠から離れた。
レイアは簡易結界を起動させ、ルイスに近づくと、血清を注射器にとって、少年の腕の血管に打ち込んだ。
「1~2時間後に発熱が始まるわ。翌朝にはウィルスを除去できる」
いつものようにレイアは説明する。それから、クエルの腹の辺りに指を向け、「浄化」の魔術をかけた。
「完全にウィルスが無くなるとは言い難いけど、衣服に付いてた分の『殺菌』はした。ケーナにウィルスを移さないでよ。彼女、簡易結界使えないんだから」
呆れ果てた、と言う風にレイアは告げると、大仕事の待ってるソルエの街に「転移」した。
ソルエの街に帰ると、レイアから血清治療を受けたことのある年配の男性が、「魔女さん。お帰り」と声をかけてきた。
「ただいま。その後、経過はどう?」と、レイアは聞く。
「水も普通に飲めるようになったし、店も再開できたよ。常連さん達を待たせてたからね」と、言いながら、男性は車からリキュールの瓶の入った重い籠を下す。
その男性は、「揚げ鶏屋」と呼ばれる、鶏の様々な部位を唐揚げにして提供する店を経営していた。普通に食べる鶏肉とは違って、皮や内臓を揚げたものも、珍味として扱っているそうだ。
「それじゃ、後で助手と伺わせてもらって良い?」と、レイアは言う。「ここの所、走り回りっぱなしだから、3kg痩せちゃって」
「是非来てくれよ。なぁに。3kgくらい、すぐに取り戻せるさ」と、揚げ鶏屋の主は乗り気で答えた。
治療所に戻って、閉まってあった財布を手に取ると、留守番をしていた助手の少年に、「フェル。ご馳走食べに行くわよ」と言って、レイアは揚げ鶏屋に向かった。
レイア達が鶏の肝臓や皮や砂肝、と言う珍味を味わっていると、店のベルが鳴る音がした。
「いらっしゃい」と、店の主が客に声をかける。「よぉ。ガナードのあんちゃん。久しぶり」
「おう。ようやく『いつもの休日』戻ってきたな」と言って、ガナードと呼ばれた琥珀色の瞳の青年は、にっと笑う。
レイアは、その笑い方が「何処かで観たことがあるような」気がしたが、誰かまでは思い出せないまま、唐揚げを口に運んでいた。
「あれ。『魔女のおねーさん』じゃねーか。こんな所で何してんだよ?」と、青年は気楽に声をかけてくる。
「痩せ細った分の体重を取り戻しに来たの」と、レイアが答えると、青年は「ふーん」と言って、ひとつ席を開けたレイアの隣に座り、店の亭主に「皮、身、軟骨、それから麦酒」と頼んだ。
「ガナード。麦酒が飲みたきゃ、南に住めば良いだろ?」と、主人はそんなに困った風でも無く言う。「よくもこの町で麦酒が頼めるもんだよ」
「ワインって言う選択肢は、俺にはねーの」と、青年は頬杖をつきながら言う。
なんだか、この喋り方もどこかで聞いたことがある気がする、と思いながら、レイアは「尻尾」の肉をもぐもぐと咀嚼した。
リキュールが入って口の軽くなった、ガナードことテティスが、レイアに話しかけた。
「魔女さんよ。身の周りの事には、まだ気づいてないみたいだな」と言って、品位の欠片も無く麦酒くさいげっぷをしてみせる。
「ああ、それ気になってたんだけど。私も、『身の周り』の範囲が広すぎて、意味わかんないのよ」と、レイア。
フェルは、大人達の話には興味はないようで、ひたすらジューシーな腿肉をがっついている。
「主に、あんたの家に関することだな。家って言っても、治療所の事じゃないぜ? もっとヒントを与えると、故郷の家の事だな」と、テティス。
「故郷の家…。そう言えば、だいぶ前から帰って無いわ」レイアはウィンダーグ家を思い浮かべる。「そろそろ里帰りでもする頃って事かしら?」
「案外鈍いんだな。頭よさそーなのに」と、テティスはからかう。「あんたが帰らなくても、迎えに来てる人が居るってこった」と言って、自分のグラスにビールを注ぐ。
「迎え?」と言って、レイアはここ数日間のことを思い出してみた。閉ざされた村で血清の開発に成功して、ソルエの街に来て、しばらく治療所暮らしが続いて、アネッドの森に飛んで…。
「私の移動範囲に『親族』が来たことはないと思うんだけど」と、レイアが返すと、椅子の背もたれに寄りかかったテティスは声をたてて笑った。
「超鈍い。すっげー鈍感。それで今までよく生きてられたな」と、テティスは明るくレイアを罵る。「そのうち本当の『迎え』が来ると思うから、あんたは真面目に仕事してりゃ良いんだろーな」
テティスはそう言って、最後の一杯を空にすると、「んじゃ、帰る」と言って、店の主人に食事代の清算を頼んだ。
胃袋に鶏の全身の肉を貯蔵したかもしれない、と言うほど詰め込んでから、レイアとフェルも店の主に食事代を払った。
その時、主人がこっそりと囁いてきた。「魔女さん。さっきの…ガナードって言うあんちゃんの言ってたことだけど、注意したほうが良いぜ」
「何かあるの?」と、レイアは聞き返す。
「あのあんちゃん、実は呪術師なんだ。ああ、そう言っても、悪い人じゃない。この国じゃ、呪術師は普通の職業だからな。あのあんちゃんが、『迎え』って言う時は、その…」
そこまで言うと、店の主は一度店内を見回し、みんな酔っ払って他人の話を聞いていないことを確認してから、「あの世からの迎えって意味なんだ」と、耳打ちした。
ウィンダーグ家の庭に、一匹の鬼火が姿を現した。鮮やかな赤い炎の鬼火は、くるりと回転すると、人差し指大の耳の尖った女性の姿になった。
テイル達が「エッジ」と呼んでいた鬼火だ。
その鬼火は、開いていた窓から屋敷に入ろうとして、何かに「はじかれた」。エッジの体は、感電したようなショックと共に窓の外に跳ね返る。
「何? これ…。結界かな?」と言って、鬼火は考え込む。結界が「悪意ある者」をはじき出すことはよくあることだ。でも、今の自分は、別にウィンダーグ家への悪意はない。
それより、テイルの容体が刻々と悪化していることを、すぐにでも知らせなきゃならない。そう思いながら、エッジは恐る恐る窓に近づいた。
また、パチンッと言う音を立てて、エッジの体がはじかれる。
「この~。絶対突破してやる!」と、エッジは悪意以外の怒りを持って、自分をはじき出す結界に何度も体当たりをした。
何処かで、結界に何度もぶつかっている者が居る、と気づいたのはルディだった。
場所は4階の廊下。掃除中の小間使いが、換気のために窓を開けていた。その開けっ放しの窓から、何か「小さい力を持った者」が侵入しようとしては、はじき出されている。
「今日は来客が多いな…」と言いながら、ルディは4階に行ってみた。
窓の外を覗くと、何度も結界にはじかれて、火傷に近い傷を負った小さな妖精が、むきになって屋敷に飛び込もうとしている所だった。
何の妖精だろう? 結界にはじかれてるってことは、悪意があるのかな? でも、庭の結界を通り抜けてきたなら、そうとも言えないし…。
そう思いながら、ルディが「あのー、お嬢さん?」と声をかけようとした時、エッジは片脚に魔力を込めて、結界に向けて飛び蹴りをしてきた。
とっさに横を向いたルディの頬に、その跳び蹴りが命中する。「あ。通れた」と、エッジは気の抜けた声で言う。
頬をグーでパンチされたような痛みを堪えているルディに、「ごめん。今、急いでんの!」と言って、エッジはミリィの魔力の気配を追って書斎に向かって飛んで行った。
アンジェは、事情を説明されると、「大丈夫。私、ディオン山に行くね」と言って、自分の血液を提供することを承知した。
「昨日、魔法薬を飲んだのは何時?」と、ミリィはアンジェに聞いた。「夜の7時」と、アンジェは答える。
「魔法薬が体の中で分解されるまで、短くて後4時間ね。急ぎましょ」と、ミリィ。
書斎に住むもの達が、出入り口のドアを開けた。すると、真っ赤な髪とドレスの妖精が、書斎に飛び込んできた。
「エッジ?」と、レミリアが妖精に声をかける。「どうしたの?」
ミリィの表情に緊張が走る。エッジは、書斎に辿り着くまでにだいぶ力を消耗しており、くたくたになりながら、レミリアが胸の前で上にかざした両手に座り込んだ。
そして言う。「テイルが…。テイルの容体が、すごい勢いで悪化してる。もう、腕の形が変形するくらい…。眠って無いと、痛みを我慢できなくなってる…」
レミリアも「何があったの?」と言って、焦ったようにミリィを見る。書斎にいた全員の視線が、ミリィに集中した。
「この人数を連れて『転移』するのは、常識的じゃないわね」と、ミリィは言う。「魔法陣を用意してる時間が惜しい。『霹靂』に乗って行くわよ?」
「霹靂って、雷?」と、シェディが聞く。彼の知識に「雷に乗る」と言う魔術は存在しなかった。
「術者の魔力を雷に変換して、雲の中を高速で走るの」と、レミリアは言う。「ここからディオン山まで『飛ぶ』なら、一番早い方法」
「術者って事は、魔力を持ってなきゃダメなの?」と、アンジェが鋭く聞く。
「安心して。アンジェ一人くらいなら、私が連れて行ける」と、ミリィは言う。「皆さん、夫々の魔力を一時的に預からせてもらうわ。術の効果が切れた後は、走った後みたいな疲れがあるけど、良い?」
「構わない」と、ナイトは言う。シェディは「分かった」と答え、レミリアはミリィと目を合わせて頷いた。
アンジェはミリィに抱き寄せられ、既にヘロヘロのエッジを、レミリアが霊力で守る。
ミリィが術を起動し、5人と1匹は、一筋の雷になって、雲を鳴らしながらディオン山まで移動した。
雲の中を稲妻が走って行ったのを見て、アンドロイド「ラナ」は、「困った顔」をした。
次の指令も受けていないし、そもそも屋敷の中にいると「情報の取得」に制限がかかってしまう。だが、雨が降ると成たら避難せざる得ないだろう。
屋敷の出入り口を自分で開け、ウィンダーグ家の玄関に入る。吹き抜けの2階の廊下を移動しているルディ・ウィンダーグを見つけた。
左の頬が、殴られたように赤く腫れている。「ルディ・ウィンダーグ。怪我でもしたか?」と、ラナは言う。ナイトの時と違って、この人物とは普通にしゃべれるようだ。
「妖精の女の子に蹴っ飛ばされた」と、ルディは気まずそうに言う。
「なんで、僕ってこうタイミング悪い奴なんだろう…」と、居間で妻のシャルロッテから頬に冷湿布を貼ってもらい、ルディは愚痴る。
「その妖精と言うものが、『悪意』を持っていたわけじゃないんだろ?」と、ラナは聞いた。「ならば、結界が誤作動を起こしてる可能性がある」
「誤作動…。うん、ちょっと前から、なんか変な感じはしてた」と、ルディは言う。「ティナ・リンカーさんの霊体を纏ってたとは言え、なんで悪霊が屋敷に入って来れたのかとか…」
「妖精が入って来れたのは、術者であるルディ・ウィンダーグが近くに来たからかもしれない。ルディ・ウィンダーグの周りだけ、正常に術が起動しているんだ」
ラナのその分析に、ルディは「うん。その可能性は、ありそうだ」と呟いた。
