デュルエーナはディーノドリン市、パルムロン街。ウィンダーグ家では、家に残っている者達総出で、「大掃除」が行われていた。
ビロードで覆われた壁を棚用の箒で拭いて、そこに描かれている紋章をじっくり観察する。
主に、データを正確に記憶できる、アンドロイド「ラナ」が、家中にある結界の紋章を記憶して、全ての映像が合致するかを調べていた。
「紋章自体に変化はない。布に描かれてるとは思えない精密さで一致してる」と、ラナは思考の中でデータを参照して言う。
「僕の周りだけ『正常に』魔術が起動してるって言うのは、つまりどう言うことなんだろ?」と、ルディ。
「術者の魔力が近くを通った時だけ『正常』になるという事だ。ルディ・ウィンダーグが離れた後は、『何か』が結界の機能を阻害している」
ラナにそう言われ、ルディは「じゃぁ、僕が移動したら異常は分からないって事か」と言う結論に至った。「人任せにするのは気が引けるけど、ラナとリッドさんで家の中を調べて下さい」
「OK、OK」と、リッドは気安く答えた。「開かない扉があったら教える」
そう含みを持って言われ、ルディは「この人も、何か知ってるはずなんだよなぁ」と思いながら、その情報を教えてくれないリッドの背中を見送った。
リッドは適当に屋敷の中を見回り、「そろそろネタをばらすか」と言い出した。一緒に行動していたラナが、「不思議そうな顔」をする。
「娘婿が大騒ぎの時に、なんで俺だけ此処に残ったと思う?」と、リッドはラナに聞く。
「書斎に居なかったからだろ?」と、ラナ。
「んー。そう言うことにしておいたほうが面白いんだが、俺はあえて顔出さなかったんだ。面白いものが食えるって分かってたんでね」と、リッド。
4階の物置の前で、ラナの方を振り向き、「さて、この屋敷の中に、『絶対開かない扉』が隠れてる。それを見つけられたら、面白い事が起こるぜ?」と言う。
「お前が探したら良いんじゃないか?」と、ラナは冷静に聞く。「その『面白いもの』を食べたいんだろ?」
「あっさりしたお嬢ちゃんだな。って言うか、言葉に出てたか。仕方ない」
リッドはそう言って、物置の扉を開けた。
埃っぽい物置の中には、リッドが日夜「時間」を食べ続けて、新品同様に帰った古い細工や調度品、ちょっとした高価な家具などがひしめいている。
「少し込み入ったところにあるんだが、こっちに来てくれ」と、リッドはラナを呼ぶ。大きな椅子が山積みになっている陰の、壊れた棚の前だ。
「これが『開かない扉』か?」とラナが聞く。リッドは、「いや、この棚は治したほうだ」と言って、ガラス戸をきしませながら棚を開ける。
そこには、小さな人形の家があった。
「ウィンダーグ家の造りに似てるな」と、ラナはその人形の家を見て言う。
「ああ。現物は何回かリフォームしたからな。このミニチュアは、ナイトの前の代の主が住んでた『ウィンダーグ家』だ」
リッドは、あまり奥行きの無い棚の中にこま切れにされて置かれているミニチュアを指さしながら解説する。
「分解されているが、棚の一番下が玄関ホールと一階、二段目が二階、三段目が三階、と、単純に置かれている。そして、この棚は五段ある。五段目は?」
「何もないな」と、ラナ。「いや…『空間』はあるな」
「大当たり」と言って、リッドは手を叩く。「この1階から順に、2、3、4と階段を上がってきて、そこに…」
リッドはそう言って、自分達の居る4階の上を指さした。「実際、行ってみるか?」
現在のウィンダーグ家の構造では、4階の上は屋根裏部屋だ。
「屋根裏部屋のさらに屋根裏」と言って、リッドは屋根裏部屋の天井の板を指さした。「此処が、『開かない扉』だ」
ラナが透視の視力を使うと、天板はしっかりと釘で固定されている。
「確かに、梁に釘が打ってあるな」
「そして、此処からはちょっとしたおやつの時間だ。邪魔すんなよ」と言って、リッドは軽くジャンプすると、天板に手をついた。それと同時に、「時間」を送る。
部分的に天板が砕け、一緒に何かが落っこちてきた。羊皮紙の巻物が数点。
リッドはそれをキャッチしてから、送った分の「時間」を食べて、天板を元の状態にした。
「なんだ、それは?」と、ラナが聞く。
「見た通り。契約書だ」と、リッド。「えーと、これが執事で、これが書斎の奴等、これが…ポルクスの」と言って、舌なめずりをしながら巻物を広げてみせる。
「ポルクス?」
「そうか。あいつが居た時は、まだお前生まれて無かったな。ナイトの前の代から家に仕えてた、小間使いだ。人間だが、契約の魔力でこの屋敷に縛られてた」
リッドが話す内容を、ラナは黙って聞いている。
「ポルクスは契約を解くために呪術を使ったそうだが、『完全な解放』は成されたなかった。契約書が残ってる限り、あいつの魂はこの屋敷に閉じ込められたままだ」
そう言ってから、リッドはポルクスの分の「契約書」の「時間」を吸い取り始めた。
主の言葉をつづった文章と、ポルクスの血液で記された拇印が、順番に消えて行く。そして、羊皮紙は新品に変わった。
リッドは眉間にしわを寄せ、目をぎゅっとつむると、歯を見せてにやりと笑った。「おー。沁みるなー」と言って、酒の跡にタバコを吸ったような顔をしている。
「体に良いかどうかは別として、約千年分の魔力ってのは、中々味わえねーからな。実に美味なジャンクフードだ」
リッドが悦っていると、屋根裏部屋の中に青白い霊体が現れた。
「よぉ。ポルクス」と、リッドは馴れ馴れしく呼ぶ。「見つけてやったんだ。もう、悪戯はするなよ」
「僕…。逃げられないなら…。壊すしかないと思ってた」と、ポルクスの霊体は言う。「だけど、神様って居るんだね」
「祈ってたのか?」と、おかしそうにリッドは聞く。
「祈るしかなかったもん。あなたをこの屋敷から出さないように」
「その効果はちゃんと発揮されてたぜ」と言って、リッドはポルクスの霊体の頭に、手を触れた。
「あなたが神様なら、もう一つ願いを叶えてくれる?」と、ポルクスは言う。
「願いか…。OK」と言って、リッドはポルクスの魂から時間を吸い取った。僅かの願いが怨念になるほどの長い長い時間を。「ほら、軽くなっただろ?」
「ああ、これで当たり前に『死ねる』んだね」そう呟くポルクスの霊体は、ふわりと宙に浮いた。
「『宙』に行ったら、もうパンパネラなんかに近づくなよ」と、リッド。
「うん。ナイト様に、『ごめんなさい』って言っておいて。家族のままじゃいられなくて、ごめんなさいって」
そう言い残して、ポルクスは夜空の中に旅立って行った。
アレグロムの治療所で、レイアはひどい眩暈を覚えていた。
まさか、自分まで「眩暈病」にかかったのか? と疑い、血液を調べてみたが、ウィルスに感染した様子はない。
彼女は自分の能力のポテンシャルに自信があった。そして、その魔力は今まで疑うことなくレイアの行動を支え、彼女に「化物以上の能力と行動力」を与えていた。
しかし、半年以上に渡って休みなく力を維持し、十分な休息をとる暇もなかった彼女の体は、悲鳴を上げていたのだ。
「これが、あの青年の言っていた『迎え』なんだろうか」と、治療所の寝室でレイアは思った。姿見を見ると、青白いエリーゼの霊体が見えた。
「母様…。『迎え』に来てくれたのは嬉しいけど、私、まだやらなきゃならないことがあるの。まだ、生きなきゃならないの」と、レイアはかすれた声で霊体に呼びかけた。
エリーゼの霊体は、優しく微笑んでふわりと消えた。
何回目かの「失敗」の末、新しく作り出した薬液を「変異体」に試した。ミリィは顕微鏡の中でウィルスの「殻」が砕け、ウィルスが除菌されて行くのを見た。
「成功したわ」と、結界内に居るレミリアに声をかけ、最後の仕上げとして、薬液が「変異体」以外に影響しないように術をかけた。
「培養してる時間はない。テイル、腕を」と言って、ミリィはテイルの腕の血管に薬液を打ちこんだ。
薬液を打ってから15分後、テイルは「気分が悪い」と言って、岩屋のベッドに横になった。
間もなく発熱が始まった。
「お父さん、頑張って」と、簡易結界を纏ったレミリアが、テイルの手を握る。
ミリィが、岩屋の外で待っていた「待ちぼうけ組」に声をかけた。薬が出来上がったことと、テイルに処方したことを。
その時、アベルは何故かナイトの膝に座っていた。おしゃべりをしている間に、仲良くなったらしい。
ミリィは、岩屋全体を覆っていた結界を縮小し、岩屋のベッドの周りと、念のために取っておいた「変異体」のサンプルの周りだけをシールした。
「封じ」のアミュレットをしたアンジェと、心配顔のシェディが、テイルの様子を見に行った。
ナイトもその後に続こうとして、アベルがついてこないことに気づいた。ナイトのズボンの膝辺りを握って、後ろを向いている。
ナイトがアベルの視線を追うと、そこにエリーゼ・ウィンダーグの霊体が居た。若かりし頃の姿をして。
「エリーゼ」と、ナイトは呟き、震える手を「彼女」に近づけようとした。だが、レミリアの言葉を思い出した。
人間の霊体は、姿を現すこと、言葉を伝えること、全てに力を使う。エリーゼも、自分の霊体としての、それこそ全霊を使ってナイトの前に姿を現しているのだ。触れることはできない。
「エリーゼ。何故君は、現世に?」と、ナイトは簡潔に聞いた。
エリーゼは、どうやら声を発するほどの力を残していないらしい。口をゆっくりと、何度も同じ形に動かしている。
「れな、を、たすけ、て…レナを?」と、ナイトが言葉の意味を捉えると、エリーゼは真剣な表情で、ナイトに片手を差し出した。
ナイトは、アベルを自分から離すと、「分かった。エリーゼ、連れて行ってくれ」と言って、妻の手を取った。
翌朝、アレグロムの治療所で、レイアは目を覚ました。不思議な夢を見たのを覚えていた。
レイアの父親、ナイト・ウィンダーグが、エリーゼと共にレイアを見舞い、魔力を分け与えてくれるという夢だった。
干上がりかけていた大きな湖に水が満ちて行くイメージが浮かんだ。
レイアは、父親が魔力だけで生きている状態であることも承知している。だが、レイアは父親の無謀な行動に何も言えなかった。
自分が残された仕事を遂行するためには、力が必要だ。また、この湖一杯に水を満たすほどの力が。
ナイトは、全身の血液をレイアに譲るように、娘に魔力を分け与えた。
沢から綺麗な流れが注ぎこみ、湖は、満ちた。そして、ナイトは安心したような顔をすると、娘の額を撫で、翼を広げて夜空に飛んで行った。
エリーゼと共に、笑い合いながら。
