大地の癌 Ⅳ 8

ナイトが残して行った、「エリーゼ捜索のための人員」達への謝礼の支払いと、金塊の売買や、投資等の仕事をパソコン上でこなしながら、ルディはデスクの上に置いた写真を見た。

かつて憧れ、やがて喧嘩相手となり、尊敬なんて忘れかけていた父親ナイト・ウィンダーグの写真だ。

自分は、姉、レナ・ウィンダーグの一番の理解者だとルディは思っていた。だが、エリーゼが助けを求めたのも、レナがいざと言う時に相談に行ったのも、いつもナイトの所だった。

その事に嫉妬するほど、ルディも子供ではない。自分には、まだまだウィンダーグ家当主としての「頼りがい」が無いんだと気づき、それを補うために、出来ることから始めた。

とりあえず、自分の代になってから目減りした、家の資産を増やすところから。

「ダメな後継ぎになってたまるか」と、ルディは言って、キーボードの前で腕を伸ばした。


グラウドの屋敷に帰ってきてから、エミリー・ミューゼはようやく相棒から、ウィンダーグ家に「異常」が起こっていたことを知らされた。そしてその「異常」は既に取り除かれたと。

「無駄足の上に、はしゃぐチャンスを逃すとは…」と、エミリーは悔しそうに唸る。

旅の荷物をほどいてから、自室のチェアに腰を掛け、ルディから受け取った謝礼を数えて、「あと40万は吹っかけても良かったか」と呟いた。

彼女の持っていた地図は、担当して区域の全面が、魔力で真っ青に塗られている。そして、あの日飛行機が通って行った路線が、赤く記されていた。


フォルルの村で、ルーゼリアは「こいつは才がある」と認めた錬金術師に、薬の培養を申し込んだ。

しっかりとした医術の能力がある錬金術師だったので、的確に仕事をこなし、病にかかった村人達への投薬の仕事もしてくれた。

ネシスとネイクも仕事を手伝い、約700人生き残っていた村人全員に、1日で「血清」を打つことに成功した。

川の水の異常も取り除かれ、フォルルの村の騒動も治まった。村に残されていた「虹色のドーム」のような結界は、ルーゼリアが村を去る晩に、本物の虹が消えて行くように消滅した。

「エリーゼ・ウィンダーグ」を見つけることはできなかったが、レナ・ウィンダーグが「仕事」をやりきるまでを見守ることはできた。

ルーゼリアは、それなりの満足感を得て、帰路についた。ガソリン代が異様にかかる車を運転しながら。


シェディの絵が、画壇で注目され始めた。「無垢の瞳」と題された、アンジェをモデルにした一連の創作群が、コンクールで、「優秀賞」をとったのだ。

その知らせを電話で受けたシェディは、アンジェとハイタッチ…ならぬ、ロータッチをかわし、その話を聞いたシャルロッテは、初めてアンジェを抱きしめた。

しかも、「無垢の瞳」はその後、ショーにも出展され、シェディの創作物は外国で展覧会を出すまでになった。

その展覧会が開かれる場所は、ルミアラと言う、天然資源貿易で財を成した国だそうだ。

シェディはルミアラの展覧会への「お礼の言葉」を手紙につづり、インタビューを受けるために、本当に「外国旅行」をすることになった。


赤毛の闇の者…リッド・エンペストリーは、ようやくウィンダーグ家を去る気になった。

ディオン山の岩屋に戻ると、療養中のテイルと、仕事を休んで父親を見守っているレミリア、それから「一番怒っている時の表情」をしたミリィが居た。

「『予言』の中で何があったかは分からないけど?」と、ミリィは言う。「あなたが一瞬でも帰って来てたら、テイルの腕も切り刻む必要はなかったのよ?」

「俺が帰って来なかったのは、そっちはそっちで万事丸く収まるって分かってたからだ」リッドは言い返す。「リーザ。お前は、テイルの手術は出来ても、ウィンダーグ家のお掃除は出来ねーだろ?」

ミリィは、ふぅっとため息をついて、表情を緩めた。「唯ごちそうを漁ってただけじゃなかったって事?」

「もちろん。俺にしか出ない仕事をしてきただけだ」とリッドは偉そうに言う。「しかし、いきなり司令塔達が全員いなくなったからな、ラナって言うお嬢ちゃんが相当困ってたぞ」

「あ」と、レミリアが言葉に詰まった。「忘れてた…」と、小さく独り言ちる。

「ラナって、誰だ?」と、テイル。ラナがアリアの家の家政婦になってからも、彼はラナと直接対面したことはなかった。

「お母さんの家のお手伝いさん」と、レミリアはテイルに言う。「ちょっとした理由でウィンダーグ家に呼んだんだけど、連れて帰ってくるの忘れてたの」


アレグロムのカーラの森、「孤立の村」を、アリア・フェレオとリト・ロイドが訪れた。

リトは村に着くと、理由の分からない郷愁のような物に襲われた。ようやく自分は帰って来たんだ、そんな心持に支配された。

村人達は、アリアの顔を見ると、笑顔で村に迎え入れた。簡易結界を纏ったアリアとリトは、村人全員に雪の結晶の形をした組木細工のアミュレットを渡した。

アリアからの指示で、村人が全員家にこもると、リトが術を発動した。オルガ・ガネーシヤの「魔力」が望んでいた術を。

青紫の光が、村を包み込む。オルガの「魔力」は術の中に浸透し、リトの体から消えた。そして、その「魔力」は、村人達の持つ「病原体」を眠らせた。

アリアの説明を、カインが心の声で村人に伝えた。「そのアミュレットを持っている限り、村の外に出ても、月の光を浴びても、ウェアウルフ化の病状が発症することはない」と。


「灰」を自ら喰らったホッパー・ビーストは、昼間はウェアウルフの力を持たぬ野犬となった。

常に空腹にさいなまれ、肉であればなんでも食べた。小さなカエルや、小鳥、ミミズまで。

そして、ついに空腹に倒れた。彼の目の前には、彼の前足があった。彼は、自分の脚を食った。涙を流し、苦痛に耐えながら、失血死するまで肉を食んだ。

やがて力尽き、呼吸と鼓動が止まった。彼の体は、朽ちて骨になるまで野ざらしになった。


ケーナが放った一撃で、アーガスは胸の動脈を貫かれた。

「馬鹿な…女だ…」と、アーガスは呻く。「獣人をかばって…なんになる」

そう言って、アーガスは倒れた。どくどくと赤い血液が流れて行く。

「こいつらは唯の獣人じゃない」と、ケーナは言う。「私の『仲間』だ」

人間に戻っても、片目に「変化」が残ったルイスと、ルイスの涙から感染してしまった、魔術師クエルが、ケーナの後ろに居た。

クエルも右手に不完全な「変化」を起こしているが、理性は保っているようだ。

「ケーナ…。この人、誰?」と、ルイスが聞いた。

「さぁな」と、ケーナは答えた。左腕に、守護のアミュレットをしている。「知らない奴だ」

世界を食い物にしようとしていた野心家達は、こうして息絶えた。夢に描いた金塊さえも手にせずに。


ディーノドリン署中核コンピューターであり、ウィンダーグ家に仕える魔物トム・シグマは、主であるナイト・ウィンダーグの気配がデュルエーナから消えたこと、そして主の魔力が尽きたことを知っていた。

エリーゼ・ウィンダーグの霊と共に、その気配は「何処か」へ消えた。だが、それが「宙」でないことを、トム・シグマは知っていた。

ナイト・ウィンダーグの「霊体」は、魔力を失っても、まだ地上に居る。

トム・シグマは、それが何故なのかは分からなかった。そして、「想像」した。

民俗学者であり、闇の者と親睦の深い科学者であったルイジ・リアンの著書の一つに、こう書かれている。

「パンパネラの生命力を維持する能力には、彼等の持つ魔力が深く関係している。…その力が失われた時、彼等の肉体は日の光で焼けこげることも無く、通常の人間と同じ細胞の機能を持つようになるのだ」

それはまるで夢のような「希望」ではあったが、防腐処置されているナイトの体が、通常の人間と同じ機能を持てば、死ぬしかない。

最後の飛翔の力を使いきったナイト・ウィンダーグは、何処かで「肉体」から離れ、妻の霊と楽しく「世界旅行」を楽しんでいるかもしれない。

明るい太陽の射す大地を踏みしめ、かつて憧れた青い空の下を歩く旅路を。

トム・シグマは、その「想像」を、データの片隅に保存した。


アレグロムに荒れ狂った「病」を完治させた魔女として、レイアの名は人々に知れ渡ることとなった。

もし彼女が旅先で本名を名乗っていたら、ウィンダーグ家はパパラッチとファンレターで溢れていただろう。

レイアの治療を受け、その助手として働いたフェル・ニコルは、やがて成長し、大人になり、老い、脚を患って施設に入るまで、ずっとレイアに付き添い続けた。

フェルが、レイアに対して恋心めいたものを見せたことはない。彼は、レイアを、世界を救う女神であると崇拝していたのだ。

老人達の集まる施設で、フェルは語る。レイアが、どれだけの有能な魔力を持ち、それと同時に有能な医者であり、未来を見通す目を持った「奇跡のような女性」であったかと。


主の意志を継いだアンドロイド「ラナ」は、レミリア達の知らない間に任務を遂行していた。

フェネル山脈の地下研究施設にハッキングして、研究施設への酸素の供給と、空調施設、外部への脱出手段、全てを封鎖したのだ。

フェネル研究所の職員達は、全員窒息死した。

その施設への侵入コードを書き変え、「ラナ」は施設を封印した。フェネル研究所は、地下に眠る遺物となった。

アンドロイド「ラナ」が保有するデータが外部に漏洩しない以上、その封印は解けないだろう。


デュルエーナに逃げ込んだパトリシアは、時々見える「予知」を頼りに、ディオン山に辿り着いていた。

あの晩に逢った、赤毛の少年。彼なら、きっと私を救ってくれる。パトリシアはそんな直感を持っていた。

起きていても、眠っていても、時々閃くように「首をつかまれ、ナイフが振り上げられる瞬間」を「観る」。「予知」の期日が迫っているのだ。

馴れ馴れしく、私を「パティ」なんて呼んできた、あの赤毛の…リッドと言う少年。

私があの日に「彼」を見つけ、「彼」が私を見つけたのは、きっとこの日のため。私が、運命から逃れられるかどうかの、重要な要素なんだ。

そんなことを考えていると、パトリシアの頭の中に「出入り口に布を下げた岩屋」が浮かんだ。そして、その中で機を織っている、水色の眼の白い髪の少女。

リッドが居るのは、この人の所だ。

疲れた足を引きずり、パトリシアは山中を逃げた。

足元が崩れ、うつ伏せに転んだ。土まみれになった体を起こそうとすると、「あなた、大丈夫?」と、誰かが声をかけてくれた。

逆光で顔は見えない。金色の髪と、白い服を着た若い女性。肩に、真っ赤な炎の鬼火をとまらせている。

その女性が差し出した手に触れた時、パトリシアは「運命」から逃げきったのだ。