どれだけ眠ったでしょう。エレンが岩の上で目を覚まして、伸びをしながら爪を出していると、遠くをフラミンゴの群れが飛んで行きました。
確かフラミンゴは、水の中で、片足立ちになって眠る、へんてこりんな鳥です。
そう言えば、僕は体を忘れて出かけて来ちゃったんだった、とエレンは思い出しました。
エレンはフラミンゴ達に声をかけてみようかと思いましたが、声が届きそうにないのでやめておきました。
そうしたら、フラミンゴのほうから声が聞こえてきました。どうやら、群れの中でおしゃべりをしているようです。
「緑色の星が爆発するぞ。緑色の星が爆発するぞ」
「時間が無いぞ。時間が無いぞ」
「置いてきぼりは呑みこまれるぞ」
緑色の星ってなんのことだろう、と思いながらエレンが辺りを見回すと、すぐ尻尾の向こうのほうに、ギラギラと光っている緑色の星がありました。
その星はすごい勢いで膨らみ始めている最中で、鮮やかな緑の色が、時々鈍く赤色に光りました。
エレンは、その星がどんなふうになるのかを見ていたい気がして、小さな岩に座ったまま、緑色の星をジッと見つめていました。
「何してんだ馬鹿野郎!!」と言う声が、エレンの頭の上から降ってきて、エレンは子猫のように後ろ首を捕まえられました。
エレンは台風の風に飛ばされるように、ぴゅーっと首をつかまれたまま飛んで行きました。
緑色の星から、ずいぶん離れた大きな岩の表面で、エレンはようやく首を離してもらえました。
「とろとろしてんじゃねぇよ。星を見物してぇなら、時と場所を選ぶんだな」と言ったのは、体の大きなトラ猫でした。
出かけてきてから、初めて会った猫族だったので、エレンは少し嬉しくなりました。
「何が危なかったの? さっきの星、どうなるの?」と、エレンはトラ猫に聞きました。
「超新星爆発ってので、こっぱみじんになるのさ。あんなもんの近くに居たら、こっちまで粉々になっちまう」
と、トラ猫は随分疲れたようにいました。
「せっかく腹いっぱいになった所だったのに、また恒星を探さなきゃならねぇや」
それを聞いて、エレンは自分もお腹が減っている事に気づきました。心臓はドキドキしないけど、お腹だけが減るのです。
「僕もお腹が減っちゃった。何か、食べられるものがあるの?」
「やっぱりお前、新参者か」と、トラ猫は呆れたように言いました。「食べる物はこの世界にはねぇよ。その代わり、恒星からエネルギーをもらうんだ」
「恒星って何?」と、エレンは不思議なお話を聞くように尋ねました。
「自分でエネルギーを出して光ってる星のこったよ。あの辺にある銀河を、よく見てみな」
と言って、トラ猫は首と尻尾を、ある方向に向けました。そこには、白く輝く星の渦が、やはりどこかへ向かって飛んで行っているところでした。
「燃えてるように光ってるのが、そいつだ」と、トラ猫は言いました。
エレンが目を凝らすと、確かに、他の星よりも鋭く光っている星が、たくさんありました。
「あんなにいっぱいあるなら、お腹いっぱいになるね」と、エレンは口いっぱいのキャットフードを食べているような気分で言いました。
「此処から観ると、だいぶ近くに見えるけどな」と、トラ猫は前置きしてから言いました。
「一つ一つが、離れ過ぎず近づきすぎない所にあるんだ。近づきすぎれば、互いの引っぱりあう力でぶつかっちまう、離れ過ぎれば…そいつも不都合な結果になる」
エレンは、話を聞きながら、どうやら、このトラ猫さんも、まだ離れ過ぎた恒星を見た事は無いらしいと気づきました。
そのうち、遠い所で、ドーンと何かが破裂したのが分かりました。
「ほぅれ。さっきの緑の星が爆発したぞ。衝撃波が来る前に、次の銀河まで飛ぶか」と言って、トラ猫は岩から飛び立とうとしました。
「待って。トラ猫さん」と呼び止め、エレンはトラ猫のほっぺたに額をこすりつけました。
「これが僕の匂いだから、覚えておいてね」とエレンが言うと、トラ猫はおかしそうにからからと笑いました。
「懐かしい地球のしきたりだな。だが、お前さんは、宇宙のしきたりを知らないきゃならねぇんだぜ? まずは、自分の脚で恒星に追いつくこったな」
そう言ったきり、トラ猫は岩の表面を蹴って、さっき見つけた銀河のほうへ飛び立ちました。
そのスピードはとても速くて、エレンには、光の矢が飛んで行ったように見えました。きっと、あのトラ猫は、ずっとずっと以前にこの世界に来たのでしょう。
「僕は、まだあんなに速く飛べないや」
と、うなだれていると、「衝撃波」が突風のように吹いてきました。
「急がなくちゃ」と焦って、エレンは岩の表面を蹴って、別の岩に飛び移りながら、新しい銀河を目指しました。
いくつめの岩を蹴ったときでしょうか。エレンは、わき腹の毛が、くいっくいっと何かに引っ張られたような気がしました。
次の岩に到着したら、方向を変えて飛んでみました。でも、エレンの髭が、やはり引っ張る力を感じとりました。
「なんだろう?」と、次の岩に到着した時、エレンは辺りの様子をうかがってみました。
「そこの君。なにをゆっくりしとるんだね!! さぁ、早く離れて離れて!!」と、また何の前触れもなく声が聞こえてきました。
声のほうを見ると、そこには、ずいぶん立派な風格のミミズクが、羽をバサバサさせていました。
「一体なんなの?」とエレンが慌てて聞くと、ミミズクは険しい顔で、「向こうの岩まで飛びなさい。話はそれからだ」と言って、
エレンが向かおうとしていた方向からだいぶ離れた岩をくちばしで示しました。
寄り道になっちゃうけど、どうやらただ事ではないようだ、と思って、エレンは少し力を込めて離れた岩まで飛びました。
その岩に到着すると、ひっぱる力は急に消えました。岩自体も、ミミズクが居た場所から反対の方向へ動いているようです。
さっきのミミズクが、大急ぎで飛んできて、止まり木にとまるように、エレンの居る岩の表面に到着しました。
「いや、乱暴な言いかたで悪かったね。でも、君はもう少しで、あの黒い星に吸い込まれるところだったんだよ」
と、ミミズクはエレンの飛んできた方向から少し離れた、真っ暗な…本当に真っ暗な、岩も、光も、何もない場所をくちばしで示しました。
何も見えないのが、逆に不気味でした。今まで、どんなところを飛んでも、どこかには星の明かりがあったり、岩があったり、大きな星があったりしたのに、
その「黒い星」があると言われた場所には、真っ暗な闇が澱んでいるだけでした。
「あれは何? なんで吸いこまれちゃうって分かるの?」
と、エレンが聞くと、ミミズクは少し神妙な顔で、順番に説明しました。
「あれは、光も岩も星も、ありとあらゆる物やエネルギーを吸い込む、ものすごい力を持った、ある種の星なんだ。ブラックホールと呼ばれているね」
そして、一呼吸おいてから続けました。
「私がまだこの世界に来て間もなかった頃、あの星に近づきそうになったんだ。そうしたら、私より先にこの世界に来ていた梟族の一匹が、助けてくれたんだよ」
「その梟族の鳥はどうなったの?」とエレンは聞きましたが、それは聞くまでもないようなことの気がしました。
「私の代わりに吸い込まれてしまった。私を、あの黒い星から遠ざけるためにエネルギーを使って、自分が逃げ延びるためのエネルギーが足りなかったんだ」
「僕がさっき会った猫さんも言ってたけど、エネルギーってなんなの? お腹をいっぱいにするものだって事は分かるけど…」とエレンが言いよどむと、
ミミズクはきょとんとした顔で答えました。
「エネルギーって言うのは、力のことさ。私達も、エネルギーで出来ているんだよ。私達は魂と言うエネルギーなのさ」
それを聞いて、エレンは自分が何故体を忘れて出かけてしまったのかが分かりました。忘れてきたエレンの体には、もう魂をつなぎとめておく力が足りなかったのです。
「僕達は魂なのか…」と、エレンは呟きました。
その呟きのさびしそうな響きが分かったのでしょう。ミミズクは、少し黙ってから大きな両目を瞬かせ、話を続けました。
「私は、それから、この辺りを通る魂達が、あの星に吸い込まれないように見張り番をする事にしたんだ。それが、恩を返す方法だと思ってね」
こう言うのが、たぶん「宇宙のしきたり」なんだろうとエレンは思って、星の爆発から助けてくれたトラ猫さんに恩返しをするには、どうしたら良いかを考えました。
「まずは、自分の脚で恒星に追いつくこったな」
と言っていたトラ猫さんの言葉を思い出しながら、エレンは今頃トラ猫さんが辿り着いているはずの銀河を眺めました。