Ellen's Story 2

しばらく、エレンはお腹の空いたのも忘れて、ミミズクと話していた岩の上に居ました。

話を終えた後のミミズクは、そのよく見える目で素早く迷子の魂を見つけて、注意を呼び掛けに飛んで行ってしまったので、

エレンは一人きりでぼんやりと、遠ざかる銀河を見ながら考えていました。

どのくらい考えていたでしょう。

「やぁ、まだそこにいたのかね」と、ミミズクが戻ってきて言いました。

「うん。僕。不思議なことに気づいたんだ」と、エレンはぼんやりしたまま答えました。

「僕はお母さんから生まれたけど、星は何処から生まれて、なんであんなに急いでグルグル回って何処かに飛んで行ってるんだろう」

ミミズクは、困った顔で考え込みました。そして、「それについては、私も考えた事が無かったよ」と言いました。

「僕、その理由を探してみる。星が何処へ向かおうとしているのか分かれば、トラ猫さんは恒星を探して旅しなくても良いし、

ミミズクさんは、ブラックホールの周りにばかりいなくても済むでしょ。それが、僕の恩返しだと思うんだ」

それはとても楽観的な考えのような気がしたので、ミミズクは少し険しい顔で言いました。

「星が何処で生まれていても、何処へ向かって飛んで行っていても、此処にブラックホールがあるの変わらないのだから、私はここにいるよ」

「でも、自分の仕事の理由くらい、分かったほうが良いと思うんだよ」

そう言って、もうエレンは飛び立つ準備をしていました。お腹は確かに減っていましたが、一番近くにある少し動きの遅い銀河になら、追いつけそうです。

「お待ちなさい。仕事の理由って、誰に聞く気なんだね?」と、ミミズクは聞きました。

「もちろん、星のお母さんさ」と言って、エレンは四つの脚に力を込め、岩の表面を蹴って、銀河のほうへ飛び立ちました。

その途端、不思議なことが起こりました。エレンの体は真っ青な光を放ちながら、吸い込まれるように銀河の中へ滑り込んで行ったのです。

目的を持つ、と言う事が、こんなに効果的だなんて、エレンは知りませんでした。

その銀河の中は、色んな色の大小さまざまな星や岩が溢れていました。その中に、一際鮮やかに輝いている、エレンの体を包んでいる光のような色の星がありました。

「あれが恒星かな?」と呟いて、エレンはその星の熱を感じる場所の岩の表面に降り立ちました。

それは素晴らしく美しい色の星でした。同じ青でも、地球の青とはだいぶ違いました。目の前一面が、真っ青な光で埋め尽くされるような青なのです。

それまで、エレンはお星さまと話したことはありませんでした。

まだ普通の猫だった頃は、日向ぼっこをしていても、あのギラギラして眩しいお日様と言葉が通じるなんて思った事もありませんでした。

でも、今のエレンは違います。魂と言うエネルギーなのです。エネルギーを放つ者同士なら、言葉だって分かるはずだ。とエレンは思いました。

「青いお星さま―。青いお星さま―。どうか、返事をしてくださーい」と、エレンは大きな声で頼んでみました。

最初は、星の放つエネルギーの、ごうごうと言う強い風のような音だけが響いていました。そのエネルギーで、エレンはお腹がいっぱいになってくるのが分かりました。

エネルギーが満ちてくるのが分かったエレンは、もう一度、もっと大きな声で頼みました。

「青いお星さま―!! どうか、返事をしてくださーい!! 僕は、地球から来たエレンと言うものでーす!!」

もう、エレンは必死でした。

「なんだい。ずいぶんうるさい子供だねぇ」と、眠っていた所を起こされたような声が、光の中から響いてきました。

良かった、返事をしてくれた。と、エレンは嬉しくなりました。同時に、どうやら、このお星さまは気位が高そうだぞ、と思いました。

そこで、エレンは出来るだけ丁寧に話しかけました。

「お休みの所を、失礼いたします。私は、あなた方を生んだ、お母様がどなたかを知りたいのです」

「母を? なんのために?」と、青いお星さまは聞き返してきました。

「お母様にお会いして、あなた方のようなお星さまが、何故遠くに飛んでゆくのかを、お聞きしたいのです」

「私には聞かずに?」と、意地悪気に、青いお星さまは問い返してきました。

「あなた様が、何故ご自分がこの星の海の中にいて、何故彼方のほうへ飛んで行こうとしているのかをご存知なら、是非お伺いしたいのですが」

ちょっぴり失礼かもしれない、と思いながら、エレンは続けました。

「私は、何故自分が産まれて、自分が魂と言うエネルギーになったのかを、つい先日まで知りませんでした。それは、私があなた方に比べて幼いからからも知れません」

「ふぅん。それは、確かに幼い」と、青いお星さまは言いました。「自分が自分について知らないから、私も知らないはずだと思ったわけだね?」

「失礼とは存じますが、私の考えるうちでは、お星さまにも幼き頃がおありになり、知らぬ間に母君とはぐれたのではないかと思ったのです」

青いお星さまは、エレンを良く見るようにひときわ強く照らしました。

エレンは、瞳孔が糸のように細くなるのを感じましたが、ビックリするのは失礼だ、と思って、膨れ上がりそうになる尻尾をお尻の下に隠しました。

「地球か」と、青いお星さまは言いました。「とても遠い田舎の星だね。お前のような小さなエネルギーの塊を、常に煙のように放出している星だ」

「奇妙だ」と、青いお星さまは独り言のように呟き続けました。「実に奇妙だ。その星も、その星からわざわざここまで来たお前も」

「地球は奇妙かも知れません。でも、僕が…いえ、私が此処に来たのは、決して奇妙なことではありません」と、エレンは夢中で言いました。

「何故星が巡るのか分からないまま、エネルギーを求めて旅をする魂も居れば、自分の代わりに星に呑みこまれた魂の恩義に報いるため、働き続けている魂もいるのです。

その魂達が、自分達の仕事に意義を見いだせないまま、消滅するまでこの宇宙を彷徨うのは、あまりにむごい仕打ちでございます。どうか、私に謎を解く機会をお与えください!!」

「そんなに言うなら、この銀河の、私以外の青い星を探してごらん」と、青いお星さまは言いました。「地球と同じ光りかたをしている星だ。そこにも、謎を解く鍵はあるだろう」

そう言うと、青い光のお星さまは、また眠りに就いたようで、光が少し陰ったのが分かりました。

「ありがとうございます!!」と、一言叫ぶようにお礼を言って、エレンはそのまま頭上から足の下のほうまで、ぐるりとある銀河を、岩の上を歩きながら見回しました。

青い星。青い星。地球と同じ光りかたの青い星。地球は自分では光らないから、きっと太陽に似た星の近くにあるに違いない。

そう直感したエレンの目は、瞳孔が真ん丸に開いて、どんな光も逃すまいと、ギラリと輝きました。

太陽。太陽。夕焼けになると赤くなる星。テレビで観た太陽も、真っ赤に焼けていた。きっと、赤い炎をたぎらせてるのが、太陽だ。

エネルギーを十分に浴びたエレンの思考は、かつての利発さを取り戻し、その眼は、目まぐるしく動く星の渦の一粒も見逃さずに見つめていました。

星の群れの中に、きらっと反射するものがありました。「水の反射だ」と、エレンは察しました。大きな赤い星の近くにある、水の反射をする青い星。

あれだ!! と心の中で思うと同時に、エレンの体はもうその星に向かって飛び立っていました。岩を蹴った覚えも、跳躍しようと構えた覚えもありません。

エレンは、一粒の流星のように、水の光を放つ星へ、飛んでゆきました。