Ellen's Story 3

到着したその場所は、丁度朝になる頃でした。

チュンチュン、と、聞き覚えのある鳥の声がします。優しい風が吹いていて、エレンの鼻先に、甘い花の香りが流れてきました。

エレンは、そこには空気がある事を理解しました。そして、降り立った場所に地面があり、植物が生えている事も分かりました。

地球にそっくりだ、と思いながら、懐かしいような新しいような不思議な感触の地面を歩いてゆくと、浜辺に出ました。

ざぶんざぶんと寄せる波は、地球のものより少し弱い気もしましたが、エレンは水をかぶりたくないので、浜辺は避ける事にしました。

地球の木によく似た、なんだか特徴的な木々のはえる森を歩いてゆくと、木々の向こうから大きな動物が歩いて来る気配がしました。

「あら。こんにちは」と言った動物は、岩より大きくて、鼻が長くて、大きな耳をバサバサさせ、優雅に草を食べていました。

エレンは、この動物を知っていました。ゾウと言う、曲芸をしたり、木の伐採の手伝いをしたりする、とても利口な動物です。

「こんにちは。僕のことが見えるって事は、あなたも魂なの?」と、エレンは聞きました。

「そうですよ。おちびちゃん」と、子供をあやすようにそのゾウは言いました。「あたしはヘレナよ。あなたの名前は?」

「エレン」と、短く答えて、今度は聞き返しました。「この星はなんなの? 地球に良く似てるけど…」

「あたしも、来た時はびっくりしたものですよ」と、ゾウのヘレナは愉快そうに答えてくれました。「まさか、こんな場所に住み心地の良い星があるなんて」

「僕、星の秘密を知りに来たんだ」と、エレンは言いました。「なんでこの星を探せって言われたのかな」

「難しい事は分からないけどね」と、ヘレナは相変わらず、ゆっくり草を食べながら返事をしました。

「色んな銀河には、こんな惑星が一つか二つは必ずあるんじゃないかしら。あたしも、ずいぶん旅をしてきて、ようやく落ち着く場所を見つけたのよ」

「それがこの星ってこと?」とエレンが言うと、ゾウは人間のようにゆっくり頷きました。恐らく、生きていた時に躾けられた仕草でしょう。

「着いていらっしゃい。良い所があるの」と言って、ヘレナは先に歩き出しました。

ヘレナは気を利かせてゆっくり歩いてくれましたが、エレンがついて行くには、小走りにならなければなりませんでした。

「さぁ、ここよ」と言ってヘレナが立ち止まったのは、ゆるい傾斜を登った、丘の上でした。

小走りについて行くのは、思いっきり走るより疲れるものだと言うのを、エレンは久しぶりに思い出していました。

「大丈夫? ここの酸素は濃いから、すぐに落ち着くわよ」と、ヘレナは、長い鼻先でエレンの背中をなでてくれました。

エレンは息を落ち着けてから、丘の先を見ました。その先は、ずいぶん高い崖の上でした。そこから、遠い所までよく見えます。

どこまでも森が続き、大きな河の流れが、滝になって崖から下の地面へ注いでいます。

「今朝はまだ月が見えるはずよ。ほら、ごらんなさい」と言われ、エレンは空を仰ぎました。

そこには、地球のものよりだいぶ大きな月と、小さな月が、2つ浮かんでいました。

「見た目は大きいけど、2つ合わせても、引力はそうでもないみたいなのよね」と、ヘレナは言いました。「だから、潮の満ち引きも穏やかなの」

エレンはその言葉を聞いて、月と海の水の間には何か関係があるのだと言う事を悟りました。

「此処には、生き物は要るの? 植物じゃなくて、生きてた時の僕達みたいな」と、エレンは言いました。

「生きてる動物は、まだいないわ。爬虫類なら少し居るみたいだけど、まだちっぽけなものばかりよ。もちろん、人間も居ない」

と、ヘレナは少しさみしそうに言いました。

「人間の魂がここに来たのを見た事も無いわ。きっと人間は、宇宙に飛び立つより、魂になっても地球で過ごす道を選ぶものが多いんじゃないかしら」

「僕も、出来たら地球に居たかったよ」と、エレンは久しぶりにため息をつきました。

「あたし達は無理よ。だって、体から抜け出るまで、自分がどうなってるかなんてわからなかったでしょ?」と、やっぱりおかしそうにヘレナは言いました。

それもそうだと思い、エレンは自分が子供みたいな事を言ってしまったと思って恥ずかしくなりました。

エレンだって、地球で18年間生きて来た、立派な大人の猫なのですから。

「僕達が地球から飛んで来たみたいに、星達もいつの間にか宇宙を飛んでるのかな?」と、エレンは思い切って尋ねてみました。

ヘレナは少し考えてから、「私が思うには…」と言って、地球で聞いたと言う話を聞かせてくれました。

それは、概ね、このような事でした。

宇宙と言うものは、球体が破裂したように膨張しているもので、星達はそのインフレーションの流れに乗って飛んで行っているのだと。

「昔からある星は既に地球より先に膨張し続ける宇宙の向こうへ向かっていて、後から出来た星は地球より後から飛んで来ていているの。

でも、光と物体には速度の速さに差があって、地球で見えていた星空は、もう何十億年も昔の星空なのだそうよ」

そこで言葉を切って、ヘレナはこう付け加えました。「あなたも、宇宙では一度も星座なんて観なかったでしょ?」

「うん。色んな岩や星が、びゅんびゅん飛んでるだけだったよ」と、エレンは答えました。

「地球から星座が見えるのは、地球も光ほどの速度じゃないけど、別の星と一緒に、ある銀河の方向を目指して飛んでいるからよ」

「僕達は死んじゃった場所からしばらく動けなかったから、地球に置いてきぼり人されちゃったんだね」

エレンがそう言うと、ヘレナはくすっと笑って言いました。

「私達は、自由に動けるようになるまで、宇宙にも置いてきぼりにされてたのよ?」

そう言われて、エレンは宇宙で最初に会ったカラスが、エレンを「全然動いてない」と言ったのを思い出しました。

「あなたには、昨日のことみたいなのかも知れないけど、地球では、もう何十年も経過しているはずだわ」と、ヘレナは言いました。

あの青い光を放つお星さまが言っていた秘密の鍵は、きっとこの事なのだとエレンは思いました。

宇宙は絶えず動き続けている、その中に生まれて、動かないでいられる者はいないのだと。

トラ猫さんが探している恒星も、ミミズクさんの見張っているブラックホールも、どこかへ向けて動き続けているんだ。

それを確かめるため、エレンはすぐにでも星のお母さんを見つけなければ、と言う使命感がわいてきました。

この素晴らしい星を、じっくり探検しないまま去ってしまうのは惜しい気もしましたが、もうエレンの体は再び青白い光に包まれていました。

「ありがとう、ヘレナ。僕、星のお母さんを探しに行くよ。宇宙の真ん中のほうに行けば、きっと逢えるよね!」

「大変な旅になるでしょうけど」と言って、ヘレナは鼻先でエレンの鼻先をつつきました。それが、猫の挨拶だと知っていたのでしょう。

「星のお母さんに出会えたら、あたしにもその話を聞かせてね」

「約束するよ!」と言い残すと、青い光の塊になったエレンは、地球に良く似たその星から、宇宙へ飛び立ちました。