第一印象は、視界より魔力の印象が強かった。火山が噴き出す前の、マグマの塊から発せられる熱のような、圧縮された強い力。
その気配を感じて、私は寮の晩餐の時、周りに知られないように何気なく辺りを見回している様子を演じながら、魔力の出所を探した。
反魔術を使っているようだったが、その魔力の波動はすぐに分かった。
ゆるいウェーブがかかった亜麻色の髪の女の子。サファイアのような瞳をしている。意外にも、彼女は私と同じ学年だった。
私には兄が居る。名前は、ジュミ。ローラン家の第一子。学校を卒業すると同時に、家督を継ぐ予定だ。
私の名前はジーナ。家での私は、嫁に出す費用の掛かるだけの邪魔な存在。だから、こっそり体を鍛えて、魔力も磨いて、同年代の子なんてコテンパに出来る力を身に着けていた。
いつか、家を出て、一人で生きていけるだけの力が必要だったから。
その私でも、一瞬息をのむくらいの強い魔力の気配だった。その時の彼女は、既に一定の能力を発現してたけど、鍛えればこれからものすごい能力を手に入れられるって分かるくらいの。
週末の休暇に、兄に連絡して彼女の魔力の強さと容貌を伝えたら、「きっと、それはウィンダーグ家のご令嬢だ」と兄は答えた。
兄に詳しく話を聞いたところ、ウィンダーグ家には双子の姉弟が居て、私達と同じ学校に通っていた。
弟さんの名前は、ルディ君。私がレナのことを聞いた時より、数年も前に、兄が取り仕切っている男子寮の秘密のグループに仲間入りしたんだ。
入学したての所をつかまえたらしい。その時のルディ君は、イーブルアイを使えるのも一瞬、羽の動かし方も分からない、牙は術で縮んでいる、と言う、闇の者らしからぬ風貌だったそうだ。
私の見つけた、ウィンダーグ家のご令嬢の名前は、レナ。魔術に詳しく、ルディ君の牙を縮めるための呪術をかけるため、一ヶ月に一回、裏庭でこっそり会っているんだってところまでは教えてもらった。
レナのことを知ってからも、私から話しかけることはしなかった。意外とうちの兄がおしゃべりだってことがばれるのも気が引けたし、何より話しかけて何を話すんだって言ったら話題が無い。
お互い、昼間の学習クラスに通ってて、周りはほぼ人間しかいないし、私はさすがに兄ほど器用じゃないので、隠れ家を作って闇の血を引いてる仲間を集める、なんて芸当は出来ない。
だけど、ある日、妙なきっかけに遭遇した。
古典の授業の時だった。いつも隙の無いはずの、レナの魔力が動揺している。そして、外から、それを見ている何者かが居る。
私は、レナに危機を伝えるべきかどうか迷っていた。まごついてるうちに、レナは名前を呼ばれ、黒板の前に移動してしまった。その時、霊体を纏った大烏が、窓を破って教室内に飛び込んできた。
見ていたのはこいつか。きっと、レナの魔力の動揺に気づいたんだ。と、私はとっさに事情を察した。
大烏が、魔力を持ったものにしか分からない言葉を発し、レナにとびかかって、嘴や爪で彼女を攻撃しようとした。
レナは、周りの人間を気にして、魔術を使うのをためらってる。
かなり大型の烏だったから、レナが教科書で叩いてもほとんどひるむ様子もない。
大烏の爪が、レナの喉に届きそうになった時、私は反射的に体が動いた。
人間など相手にもしないと言いたげな、隙だらけの大烏の背後から手をのばし、烏の首をつかんで、ねじり折った。
周りの人間の少女達は、私を不気味そうに見ていた。だが、レナは私に笑顔を向け、「ありがとう」と言った。
私は、その時、この子に打ち明けようと思った。私も、闇の血を引いていることを。
レナは、旧家のご令嬢とは思えないくらい、明るく積極的な性格だった。私とレナが話をするようになってから聞いたんだけど、レナのお母さんは、かつてウィンダーグ家に仕えていたメイドなの。
「身分や血統や種族差別なんて、下らない物よ。私は、私達のことちゃんと生んでくれた母様に感謝してるし、私の魔術の先生だって、純粋な人間の魔女なんだから」
レナは常々そう言っていた。自分が闇の者と人間の混血児であることを誇りに思い、女児だからって、家督を継げないことを気にかける必要なんてないってことを、レナは私にわからせてくれたの。
将来の夢が「お嫁さん」じゃない私達は、すぐに打ち解けた。
レナとルディ君は、5歳の時から約束していることがある。大人になったら、自分達の父親がかつて歩いた旅路を巡る、秘境への旅に向かおうとしていたんだ。
私はその話を聞いたとき、私も旅に出るのも悪くないなって思った。
そして今ここにいる。
レナ達は、学校を卒業する日に、誰に止められるまでもなくさっさと旅に出てしまった。あれから5年が経つ。
私は、さすがに5歳の頃から決めてることなんて、一人で生きて行くことくらいだったから、路銀と旅支度が整うまで、家のうるさい連中の反対も知らん顔で、アルバイトなんかしてお金を貯めてた。
先に卒業した兄が、既に家督を継いでいたのも幸いした。
「お前のことだから、嫁に行くなんて言い出さないだろ?」
「察しの早いお兄様で助かりますわ」
これが、屋敷を出る時、兄と交わした最後の会話。
レナは、学校に居た時から占いの才能を発揮してたから、路銀にも困らないと思う。タロットカードと、ちょっと結界を張る場所さえあれば、何処ででも商売が出来る。
私も、多少の魔術の心得はあるけど、やっぱり器用さが無いから、こうして用心棒なんかしながら旅をしてるの。
色んな種族の者と会う事が増えた。その度、私が閉じこもってた殻の小ささにうんざりする。世界がこんなに広いんだったら、私ももっと学生時代に勉強しておけばよかったよ。
さて、お客さん? 次に向かうのは南だっけ?
