ディーノドリン市を離れ、列車で30分ほど移動したカテスと言う町に、ポール・ロドスキー事務所はある。
悪魔祓いを主な事業とし、少年や少女の集団性ヒステリーから、実際に悪霊や魔物と関りのある事件まで、様々な事件を扱っている。
私はサリエル・エダー。ラックウェラー財団の仲介で、この事務所の助手の仕事を得た。主な仕事は電話番と、昼間の調査。
事務所長であるポール・ロドスキー氏は、今では珍しい純潔の吸血鬼。薔薇の花の生気しか摂取しない、穏やかなタイプのパンパネラだ。
ここには、私が、ロドスキー氏と共に関わることになった事件の一端を、記しておきたい。
電話があったのは宵も更けた夜のことであった。
「子供が狼に憑かれた」と言う内容で、5~6歳ほどの少年が自宅でのたうち回り、家族に噛みついたりしているそうだ。
電話の内容からして、幼児性のヒステリーの可能性も考慮しながら、私は申し出のあった家の住所と連絡してきた人物の名前を聞いた。
「恐水症の症状は見られませんか?」私は狂犬病の可能性も考えて尋ねた。
「水? 水なんて、怖がるどころか」と、電話の主は言いながら、悲鳴を上げた。それから、「怖がるどころか、さっきまでがぶがぶ飲んでたよ」と続けた。
電話口でこそこそ話している様子からして、さっきの悲鳴は問題の少年が電話の主に噛みついたようだと言うことが分かった。
事務所長が現場に急行したところ、「狼に憑かれた」と言う少年はすっかり大人しくなり、眠りこんでいたらしい。
「悪霊や魔力の気配はしなかった。眠ってる少年から採血したものを病院に回したが、病原菌は発見できなかった」
ロドスキー氏が言う言葉を、私はコンピューターの中に入力した。
「その代わり、妙な反応があった。薬物だ。植物性の物質だが、強い幻覚作用と狂暴性を引き起こす物らしい」
「5歳の少年が、麻薬を?」と、私は思わず聞き返してしまった。
「本人が望んで摂取したとは考えづらい。植物性であることも、引っかかる」と言って、ロドスキー氏は考え込んだ。
「ペヨーテのようなものを摂取した可能性は?」と、私は聞いた。
「私も、その線を疑ってる。少し、その少年の日常を追ってみる必要があるな」
それら私は、狼に憑かれたと言う少年の昼間の行動を一週間観察し続けた。
少年の通う幼稚園には、小さいながら立派な教会が併設されており、宗教教育に力を入れているようだ。
双眼鏡で窓の内部を観察して居ると、少年少女の讃美歌が響く中で、ぼんやりとした煙のようなものが漂っていた。
布教のためにマリファナを使う教団もあるが、それと似た何かの薬物かも知れない。
教会から園のほうに戻って来た幼児達が、妙に高揚しているように見えた。
その中で、先日「憑依状態」になった子供が、一人、ひどく咳こんでいた。
私がそのことをロドスキー氏に伝えると、「状況は分かった。後は裏付けだな」と言って、ロドスキー氏は宵の町に出かけて行った。
どんな方法を使ったかは教えてもらえないが、ロドスキー氏は問題の園の教会から、乾燥したハーブのようなものと、少年のかかりつけの医者から、少年が軽い喘息を持っていると言う情報を得てきた。
その乾燥したハーブを、仕事上、付き合いのある病院で分析してもらったところ、やはり麻薬性の作用がある薬物だった。ハーブに火を灯して、煙を吸うものだそうだ。
使用直後は、単純な酩酊感や、その酩酊から覚めた時の覚醒感があるだけだが、今回の少年のように「長期に渡って濃度の強い煙を吸った場合」は、体内に薬物が残留する。
体内に残留した薬物が、一定の量を超えると、先日のような「憑依状態」になり、幻覚作用と狂暴性を発揮するのだ。
先の少年は、3歳の頃から園に通うようになった。彼は背が低かったので、5歳になるまでの2年間、ずっと、煙の出所に近い一番前の席に座っていたそうだ。
ミサ中に喘息の発作を起こして、大量に煙を吸った日の夜、あの「憑依現象」は起こった。
ロドスキー氏は、少年の「憑依状態」を解きたかったら、園に通わせるのをやめるようにと両親に伝えた。
しかし、少年の両親は彼を園から引き離すを拒んだ。エクソシストにもどうにもできないなら、神様に頼るしかない、と言う思考のようだ。
ロドスキー氏は、困り果てた顔をして、記録の文末を考えていた。
「こればっかりはエクソシストの入り込んで良い領域じゃないからな」とロドスキー氏は言う。「未解決と書くべきか、時間が解決すると書くべきか」
「盲信と狂気は紙一重、ですか?」と、私は聞いた。
「つまりはそう言う事だが、その文句ばかりも書いていられないだろう?」と言って、ロドスキー氏は自嘲気味に笑顔を浮かべながら、「経過観察中、で良いか」と呟いた。
「コーヒー淹れますね。それともお茶が良いですか?」私はそう言ってマグカップを用意した。
「もちろん、お茶で」とロドスキー氏が返し、「薔薇の粉がたっぷり入った」と、私とロドスキー氏は同時に言った。
