Fighter girls 4

私が人の姿を得たのは、まだ飛び方を知らぬ雛の頃だった。

巣立ちに失敗し、枝から落ちて翼を傷めた私を、親鳥達は必死に飛び立たせようとしていた。だが、翼に力を入れようとすると、骨が鋭く痛む。

やがて、親鳥達は私を救うのを諦め、何処かへ去ってしまった。

私は、死にもの狂いで生き延びる方法を考えた。いや、考えたと言うより、直感と能力でその方法を導き出した。

私は、黒い羽毛のコートを纏った、5歳ほどの人間の少女の姿になった。どうやら、私の体は、わずかながら「闇の血」を引いていたらしい。

右腕がおかしな方向に捩じれている。やはり骨折していた。

私は魔力の宿った言葉で、助けを求める鳴き声を発した。

それを聞きつけたのが、白髪と白いひげを伸ばした、ある魔術師だった。


その魔術師は、骨の痛みと警戒心で震えている私に、「安心おし。この程度の骨折なら、私の魔力でも治せる」と声をかけてきた。

魔術師が、白い光を灯した手の平で私の腕に触れると、捩じれていた骨は正常な位置に戻り、骨から痛みが消えた。

「君の親鳥は、居なくなってしまったようだね。仕方ないから、うちに来ると良い。温かい食事くらいは用意できるよ」

私はこの時、魔術師が言ったことをほとんど理解していなかった。唯、「食事」と言う言葉だけは理解できた。

それだけの理由で、私はこの魔術師の元に行こうと決意した。


魔術師の家は、山間の町の中にあった。元居た山からかなり離れていたが、魔術師が山にはられた結界の外に出て、何らかの術を使うと、私達は一瞬で魔術師の家の中に着いていた。

人間の姿のままテーブルについて待っていると、魔術師は、炒った雑穀と干した果実をミルクで茹でたものを持って来てくれた。

私は、深皿に口を近づけようとして、嘴が無いことに気づいた。嘴が無くては、何も食べれない。

そう思って食べようとしない私に、魔術師はカトラリーの使い方を教えてくれた。

それから、魔力を使わくても喋れる方法や、人間の姿と烏としての姿を自由に「変化」する方法、「変化」するとき、自分の羽毛を様々な衣服に変化させる方法などを教えてくれた。

その間に分かったのだが、人間の姿は、夜の間しか維持できない。日射しを浴びると、私はまだ幼い烏の姿に戻ってしまう。

魔術師は私に人間としての名前をくれた。「エドナ・ルージェ」。私はそれから、その魔術師を主とすることにした。


魔術師は、決して自分の名を明かさなかった。どう呼べば良いと聞いたとき、魔術師は、「ダディ・ルージェと呼んでくれ」と言った。

最初は、そう言う名前なのかと思ったが、どうやらダディとは、「父さん」と言う意味の言葉だそうだ。


ダディは、毎夕、町に住んでいる人間の子供達を家に集めて、古い民話を話すのが仕事だった。夕食の時間まで家で邪魔にされる子供達は、夫々の家からおやつを持ち寄って、ダディの話に耳を傾けるのだ。

ダディの話す物語は、異邦の英雄の伝説、精霊と人間の恋の話、古代の神々の物語、聖人の奇跡の話、大天使の歴史、ルーガルーの伝説等、一般の大人ではそうそう知らないものが多かった。

神学校に通っていると言う、ある子供がダディに言ったことがある。

「ルシファーが熾天使だったなんて嘘だ。あいつは、人間に炎を持たせて、火の災いをもたらした悪魔だって先生が言ってた」

そんな子供に、ダディは優しく語りかけるのだ。

「君は、家にいる間、ずっと良い子かい?」

「良い子だよ」と、その子供は言う。

「お父さんやお母さんが見ていないところでも? 学校の外や、帰り道、おやつを買いに行く時、眠る時、一日中、一生、良い子で居られるかい?」と、ダディは優しく言う。

そう言われると、これから先など見通せない子供は、「分かんない」と答えた。「でも、良い子で居たいもの。僕の父さんや母さんが、良い子だって言ってくれる良い子で居たい」

「ルシファーだって、そう思ってたのさ。だから、炎の翼を持つほど、自分の父さんを愛していた」

ダディは穏やかに言う。

「だけど、自分の考えと、自分の父さんの考えが合わないと言う事が分かった時、ルシファーはとても悲しくなったんだ。

それで、翼を切って、人間にその炎の翼を与えたんだ。自分の代わりに父さんを愛してくれるように。その行動も、ルシファーの父さんは許せなかった。だから、ルシファーは堕天使ってことになったのさ」

その話を聞いて、子供は「そっか…」と、呟いて黙った。


子供達が帰った後、人間の姿に変化した私は、ダディからビオラと言う楽器の演奏の仕方を習った。

「君は烏だが、悲鳴以外、烏としての鳴き方を知らない。生憎、私も烏の鳴き方までは知らない。この楽器を奏でることを、君の鳴き声とすると良い」

ダディはそう言って、私に様々な音楽を聞かせた。


私が大人の女性に変化できるくらいになった時、ダディは私の故郷である山の中で行なわれる祭を教えてくれた。毎年、夏至と冬至に、魔術師や魔女や、山に住む闇の者達が集まって季節を祝う祭を開くと。

ダディに山の場所を聞き、ダディの家に置いてあるビオラを「転移」と言う術で山に運ぶ方法を覚えた。

私はその祭でビオラを弾くようになってから、「エドナ・ルージェ」という人間として、音楽家として、そして烏の変化として、「声」を得たのだ。


私が故郷の山の祭に足しげく参加するようになったのは、もう一つ理由がある。

燃えるような赤毛の、とある少年に出会ったのだ。彼は、祭に遊びに来ている闇の者だった。蝙蝠の皮膜のような黒い羽を隠さず、幼い人間の子供を傍らに連れていた。

その少年が、一瞬私のほうを向き、「良い音だな。なんて曲だ?」と聞いてきたのだ。

私は、なんと答えようか困った。自分の弾く楽器の音にも、名前が必要だなんて知らなかったのだ。

そこで、私は「『声』」と答えた。

「なんとも憂鬱な『声』だ。もっと明るいのは無いか?」と少年が笑いながら言ったので、私は急いで考えを巡らせ、風の精霊が春を喜んで歌うような音を奏でた。

「そうそう。そう言うののほうが似合うぜ、エドナ」と、気安く少年は私の名を呼んだ。

ダディがかつて子供達に語っていた物語のように、私はこの時、この少年に恋心を抱いたのだ。