「レナより」と書かれた手紙が届いた。
あたしのかつての弟子は、あたし宛には今でも本名で手紙を送ってくる。
占い師として生計を立てながら、色んな国々を旅している彼女は、旅先での出来事を、折々に報告してくれる。
今回の手紙も、そんな出来事の一端だった。
ルミアラと言う、この国から東に一つ国を挟んだ、もう一つ東の国で、彼女の顧客になって居る女性がいるらしい。
天然資源の豊富な産出で、著しく経済発展を遂げ、近代的と言うより、既に未来的ですらある完成された科学構造美を持つ国だと言う。
唯、その国は自然環境にはあまり恵まれていない。その事を補うために、ルミアラの人々は豊富な富を国内の開発のために注いでいるんだそうだ。
問題は、レナの顧客になって居る女性の今後だ。
ルミアラでは、まだ女性の発言権は弱い。その中で、レナの顧客の女性は、実業家として能力を発揮し、最低限の国の仕来たりを守りながら、少しずつ社会への影響力を獲得している。
だけど、パイオニアって言うものは、いつも叩かれる存在であるのは何処の国でも同じようだ。
「今回、彼女の未来を占ったの。最悪の結果が出たわ」
レナは文面で告げる。
「進めば死ぬしかない、戻れば崩落するしかない。現状を維持することが最も優先。でも、彼女は新しく決まった資源開発のプロジェクトリーダーを任されてる。
死を回避するには、古代の皇帝が暗殺に備えていたくらいの警戒心が必要。彼女は右胸に発症して間もない乳がんを抱えてる。早期の手術が必要な状態。
何処の病院を選んで、手術を誰に執刀させるかまで、つぶさに最善を選択して行く必要がある。しばらく、彼女に付き添うことになりそうだわ」
レナはかなり状況を正確に伝えてきた。レナの魔力で「観た」のなら、ほぼ確定的な未来だろう。
あたしはひとつの心配を持った。近代国家と言う事は、「占い」と言うものは、ほぼ「子供だまし」と同じと思われている可能性もある。
もし、何かの拍子にその女性実業家が不運な目に遭ったとしたら、世間でよくある、「自分の利益のために権力者を騙す詐欺師」と、レナが疑われる危険もなくはない。
レナももう一人前の魔女なのだから、その事にも気づいているだろう。だが、レナは何処か非情になれない部分のある子だ。
その実業家と共倒れにならないことを祈りながら、あたしは手紙を机にしまった。
数ヶ月後に、レナからまた手紙が来た。
ルミアラの女性実業家は、遠く異国にある最先端医療の行なえる病院で、無事に乳がんの摘出手術を終え、順調に回復していると言う。
病院内に「悪意ある者」が侵入しないように、レナが結界を張っていたそうだが、女性実業家の甥が締め出しをくらったらしい。
女性実業家が手配していた護衛にその甥を調べさせたところ、経口式の麻薬を保持していたことが分かった。
警察が関与することになり、取り調べを受けたその人物は、女性実業家に何らかの方法で麻薬を服用させ、社会的な信用を失墜させようと思っていたと言う。
「古代の皇帝が暗殺に備えていたくらいの警戒心が必要」なら、このくらいはまだ甘いほうだ。
ほとんどの人間が自由に出入りしている病院で、一人だけ締め出しを食ったその甥とやらは、さぞ驚いただろう。
「コントだな」と、あたしはコメントして、いつも通り、手紙を机にしまった。
それから約半年後、レナから「最悪の事態は免れた」という知らせの手紙が来た。
先から続いていた女性実業家の綱渡り人生は、どうにか女性実業家の死や開発プロジェクトの停止などを回避して、生存ルートまでこぎつけたようだ。
女性実業家は、レナに「部屋一杯分の金を送る」と言ったそうだが、レナは「私は王様を人質にとったわけじゃないわ」と言って、占い料金と警護の間の実費だけを請求して、次の旅に出たそうだ。
あたしは時々思う。魔女や魔術師って言うのは、よっぽどヤクザな奴じゃない限り、自分に最も適性のある職業を選ぶことになるんだなって。
レナには、「最悪の未来」を受け止める強さと、それを回避することに全力を尽くせる能力がある。
つまり、終わりかけていた未来を切り開く力だ。これは、誰でも持ってるものじゃない。
レナ自身も、子供の頃から命を狙われる危機に直面し、それを協力者の力を借りて切り抜けて来た過去がある。その事が、彼女の「誰かを守る強さ」を生み出しているのだろう。
あたしは良い弟子を持ったもんだ。
レナから新しい手紙が来た。弟のルディ君が、ウィンダーグ家を継いで、ついでに数ヶ月後に結婚式を挙げたらしい。
それから、同時期に、レナの遠い親戚にあたるアリアって言う魔女の女の子が、ディオン山で幼馴染と結婚したんだと。
レナはどっちの結婚式に出席するか悩んだが、ここは縁の近いほうを優先して、ルディ君の結婚式に出席したと書いてある。
デュルエーナ全体の、魔術師の摘発を心配する文面も添えられていた。
あたしも、表面上は引っ越しを繰り返さなければならない身分だが、薬師としての安定収入は得ている。
出身地がラスティリア地方だったことが幸いしたかな。それとなく「察してくれる者」には事欠かないし、身分書の偽造なんかもしなくて済む。
魔術師達に一番難癖をつけやすい所って言ったら、身分書ってものがほぼない事だから。
