その箱の中 2

一人で暮らしている間に、お兄ちゃん…ガナードから大量に「インスタント食品」が送られてくるようになった。

それは、私も「料理」の仕方は知らないし、食器の洗い方だって中途半端だ。それなりに気の利いた贈り物ではあるが、数が多すぎる。

毎日頑張って食べても、賞味期限と言うものが切れそうになる。そこで、度々ネイクの家にお裾分けに行くようになった。

「塩分が多い食べ物だから、食べた後はいっぱいお茶を飲んで」って忠告しながら。

ネイクは、いつも笑顔で「ありがとう。もらっておく」って答えてくれる。


私は昼寝がしたくなると、時々変な癖を出す。空っぽになった段ボール箱に潜り込んで、自分で蓋を閉め、クッションも何もない箱の中で眠るのだ。

段ボール箱の中は、外の音が遮断されて、世界が少し遠くなったような気がする。私が幼い頃に感じた「穏やかさ」が、箱の中にはあるのだ。

そして、「お兄ちゃん」が箱を開けて、「よく生きてたな」って言ってくれるのを、ずっと待っている。

でも、いつもその期待は裏切られる。何事も無いように昼寝から目覚め、箱から出る。

その日も、「お兄ちゃん」は帰って来なかった。


ガナードは「呪術師」と言う、術を使う職業に就いている。私と逢う前と、逢ってしばらくは、誰かから依頼を受けて、その能力を使っていたらしい。

その収入だけでは、段々成長してく私を養えなくて、時々「金欠」になって居たんだ。

呪術とは、「攻撃に特化した魔術」の事だと、私は「語らい小屋」で教えてもらったことがある。

呪術師の中には、贄を屠って魔力を増強したり、高位の霊体を呼び出すために「儀式」を行なう者もいる。

だけど、私は一度だって、ガナードが贄を殺したりしている所を見たことが無い。隠れて「呪術」を使っていたのかもしれなけど、ガナードは私の前ではいつも「普通のお兄ちゃん」だった。

いや、「普通」ではなかった。

だってガナードは、私を拾った時から、ずっと変わってない。10年は経過しているはずだから、もうすぐ30歳も近いはずだ。

だけど、声も変声期の終わりみたいな荒れた声のままだし、髭を剃ってる所なんて一回も観たことが無い。

時々、ガナードがフォルルの村に来ると、「いつまでも若いねぇ」と、老人達から声をかけられる。そうすると、ガナードは「ああ、呪術師だから」と答えている。

自分の体が成長するのを止める呪術なんて、本当にあるんだろうか。


ガナードは時々、「ソルエに帰って来ないか?」って、私に聞く。どうやら、ガナードはソルエに仮の住まいを見つけているようだ。

それは、私はソルエの出身だから、「帰る」と言う言葉は妥当だけど、私は幼い頃の恐怖の世界に引き戻されるみたいで、その言葉を嫌っていた。

「私、もう、5歳じゃないの」って答えると、「だから言ってんだよ。顔つきも子供の頃とは違うし、『親』に見つけられることもないだろうし?」と、ガナードは言う。

しっかり私の本音を見透かされてて、なんか変な気分だった。それと同時に、私は、折角手に入れた「未来の世界」が壊されるのが嫌だった。

ガナードの話では、ソルエの街も、10年前とは全然様子も違ってて、文化的な発展もある。

「語らい小屋」以外に知識を身につけられる「学校」と言うものがあり、ガナードはどうやら私を「学校」に通わせたいらしい。

その事は、私を少しだけ勇気づけた。だけど、そんな時に、ネイクの悲鳴が聞こえてきたりする。

私は麺棒を取り出して、男の子達を追い払うために家の外に飛び出す。

寺院の前に逃げる頃には、私の頭の中は、「日常」に戻っている。

ネイクを見捨てて、「学校」に通うなんて、夢のまた夢だ。


ちょっとした…ううん。かなり「悲惨」な出来事があった。村中に、「狼になる病気」が流行って、危うく村民が全滅するところだった。

私とネイクは、その事件の前にガナードが用意してくれた結界の中に逃げ込んで、事なきを得た。そして、その時、救世主みたいに現れた不思議な虹色の霊体から「病を治す薬」をもらった。

その霊体が居なくなった後、黒い革の服を着たお姉さんが村を訪れて、薬の使い方について一緒に考えてくれた。

村に居た錬金術師の人に薬を増やしてもらって、生き残ってた村人に、大急ぎで注射を打ってもらった。

薬はちゃんと働いて、虹色の霊体が残した結界が消える頃には、村の騒動は治まった。

病気の原因は、村の隣を流れていた川だったんだけど、虹色の霊体は、「浄化しておいてあげる」と言っていた。その言葉の通り、川の水の異変も取り除かれていた。

あの女神みたいな霊体は、何者だったんだろう。


私とネイクが18歳になる頃。この年頃になると、女の子の所に舞い込んでくるのは「お見合い」の話だ。

私は、私の「親」の記憶がまだ残っていて、自分が「親」になる様子なんて想像できなかった。

子供に対して、どう接すれば良いのか分からない。唯々、「愛情」と言うものを注げばいいのかと言ったら、それも違うだろう。

だからと言って、子供をサンドバッグのように殴る「親」にも成りたくはない。自分より不幸な者の話を聞かされて、自分は幸福なんだなんて思う子供を育てたくない。

私の気持ちは固まってたけど、悩んでいたのはネイクだ。

昔、ネイクに言いがかりをつけていた男の子から「告白」をされたり、ネイクの母親からお見合いを勧められたり、あっちやこっちで「言い寄られている」そうだ。

自分が殴ったり石を投げたりしていた女の子に、「告白」をすることで許されようなんて、自分勝手も良い所だ。

私がそう言うと、ネイクは「それもそうよね」と言って、微笑んだ。

そして冗談交じりに言うのだ。「ネシスが男の子だったらよかったな。そしたら私は、私を助けてくれてた『王子様』と、結婚したかもしれない」と。

私は照れたように笑い返し、しばらく2人でクスクス笑う。

「見た目が綺麗」って言うネイクの苦労も、なんとなく分かった。


私は、基本的に男の子が嫌いだ。ネイクに対する男の子達の「陰険な行動」をずっと見ていたこともある。

彼等が簡単に嘘をついて、簡単に人を裏切り、自分が優位だと思うと徹底的に調子に乗る、と言うことをしっかり頭にインプットしていた。

ネイクがずっと髪を伸ばさなかった理由を、私は知っている。一度、長くなった髪を結っていた時、男の子に髪の束をつかまれ、引っ張りまわされそうになったからだ。

子供の時点でそんなことをしてくる奴等が、「成人した」からと言って、簡単に「誠実な人間」に変貌するはずがない。

たまに、フォルルの村に「帰って来た」ガナードに、「あんたも、昔は女の子の髪の毛引っ張ったりしてたんでしょ?」と聞くと、「昔って?」と聞き返してくる。

「あんたが子供だった時よ」と言うと、「ああ、ものすげー昔だな。女の髪を引っ張ってたかどうかは忘れたが、俺は女が嫌いだった」

と、語るガナードは、「女と言うのは寄り集まってぺちゃくちゃ喋ってるだけで何も行動力が無く、誰が好きだ誰が嫌いだ誰を無視しよう、そんな策略ばっかり練ってる」と言う意見だった。

どうやら、ガナードも思春期に「異性の嫌な所」ばかりを目にしてきたらしい。

「ガナードが『異性に普通に』接するようになったのっていつ?」と聞くと、「いつの間にか。『こいつらも一応人間としての思考回路はあるんだな』って思ってからかな」と答える。

「私も、いつかは男の子が『まともに見える』時が来るのかな?」と疑問を提示したら、「分からん。何かきっかけが無いと無理だろうな」と、ガナードは希望のない答えを返してきた。


そんなガナードの部屋で、写真を見つけたことがある。とても古い写真で、色はセピアがかっていた。でも、そこに写っているのが、女の人であることは分かった。

ガナードが女性の写真を持っている。私はしばらく頭の中が真っ白になってから、「異常事態」に気づいた。

その写真を持って、丁度居間で本を読んでいたガナードを問い詰めた。

「この写真、誰?」と。

ガナードは、ちらっと写真を見てから、「お前なー、勝手に人の部屋に入るなよ」とぼやいた。それから、「昔の知り合いだ。遺影みたいなもんだよ」と言う。

「知り合いってどの程度の知り合い? 唯の通りすがり? それとも手をつなぐ関係?」と、私はさらに問いただす。

自分でも、妙なことを聞いてるのは分かっている。でも、何故か疑問を晴らさないと落ち着けない気分だった。

「どっちでもない」と、ガナードは言う。「前にも言っただろ。俺が『人間としての思考回路がある』と思った人物だ。詳しく言うと、昔の仕事仲間」

「ふーん」と言ったが、私は納得していなかった。「今でも写真を持ってたくなるくらい、思い出深い人なわけ?」

「まぁな。俺の意識に『革命』くらいは起こしてくれた奴だから」ガナードはそう言って、自分の髪をぐちゃぐちゃ掻く。「それで、お前はその写真が気に食わないのか?」

「別に」と答えたが、ガナードに写真を返す気にはなれず、しばらくその写真を観察していた。

その女性は髪の色も瞳の色も分からないが、痩身で引き締まった表情をし、白衣を着ている。髪を一束に結っており、その髪は少しウェーブに近いクセがある。

「おい。いつまでもじろじろ見てるな。返せ」と、ガナードは私の手から写真をもぎとった。