その箱の中 5

「いつもお裾分けをもらってるお返しに」って言って、ユラが私にプレゼントをくれた。スワロフスキークリスタルで作った、綺麗なブレスレット。ユラのお手製だそうだ。

普段からつけてるわけには行かないけど、お休みの日や、パーティーの時なんかに、ちょっと手首を飾りたくなったら丁度良い。

「ありがとう。作るの大変だったでしょ?」って聞くと、「私、昔からビーズ細工を作ってるの。このくらい、朝飯前って言うものよ」って言って、ユラはにっこり笑った。

私は、そのブレスレットを、寮の部屋に飾ってある刺繍の入った小さなポシェットに隠しておいた。

そのポシェットは、ネイクから刺繍を教えてもらう時に、練習作品として作った私の宝物で、それから、宝物入れ、だった。

火事が起こったら、何を置いてもまずそのポシェットを肩にかける事、と、普段から意識していた。

ある日、そのポシェットが、盗まれた。

寮の部屋に帰って、壁を見てもポシェットが無い。床に落ちてないか入念に探したけど、無い。

まさかそんなところには無いだろうと思っても、ベッドの下や棚の裏も見回した。けど、無い。

窃盗だ、って気づいた。寮長に報告して、寮全体で「捜索」が行われた。

そしたら、燃やす前のゴミ捨て場で、くしゃくしゃになったポシェットだけが見つかった。中に入っていた、私のなけなしの貴重品は無くなっていた。

貴重品と言っても、一番貴重なのはユラがくれたブレスレットくらい。

後は、「思い出の品」と言うか、テティスが「兄妹の印だ」って言って小さかった頃の私にくれた銀細工のペンダントや、ネイクが「女の子の宝物」と言ってプレゼントしてくれた携帯用のソーイングセット、

「魔法ごっこ」の時に使っていた壊れた懐中時計、干からびたナンテンの実とトネリコの枝で作ったリース。自分でも、なんでこんなの取っておいたんだろうって思うけど、私としては「宝物」だった。

結局、その時の「捜索」で見つかったのは、くしゃくしゃになったポシェットだけだった。中身はすっかりなくなってた。

そのポシェットも、一緒になってたゴミのにおいがついてひどいことになっていたので、結局捨てることにした。

私の「歴史」が否定されたみたいな気がして、ポシェットを捨てる時は悔し涙が出てきた。

その事を手紙でテティスに伝えたら、奴はなんと…女学院に「殴り込み」に来た。

17歳か、18歳くらいにしか見えない男の人が、「保護者」だって言って20歳を超えてる女の子達の集団の中に堂々と侵入してきたんだ。

先生達が、テティスの写真付き身分証と、自分達の持ってる書類の内容を照らし合わせ、実際私とガナードを対面させて「保護者」であることを確認してから、ようやく窃盗のことについて話し合いになった。

テティスが「術」を使う職業に就いているという事を知って、先生達の顔に緊張が走った。

このアレグロムの国では、「術」を使う者は、外国の「警察」と言うものと同じ。つまり、「警察」が女学校の風紀について自ら取り締まりに来たのと同じだ。

いや、「術」を使うと言っても、テティスは呪術師だ。これは、死刑執行人が取り締まりに来たのと同じかも。

盗られた物の中に、テティスが私にくれたペンダントがあると言うことから、テティスは先生達に寮の見取り図を用意させて、左手の人差し指を空中で一回転させた。

一瞬、宙に書いた円の中に光の紋章が浮かぶ。私は見慣れてるから、テティスが「術」を使ったのが分かった。先生達は、「不思議そうな顔」をしている。

「寮の中の全員に、『窃盗犯は今日中に申し出ろ』って言っておけ。じゃないと、命はない。明日死人が出たら、そいつの所持品を調べな。水晶をあしらった銀製のペンダントが出てくるはずだ」

先生達は、「とんでもない人物を寮に招き入れてしまった」のが分かったのだろう。

3人いた先生は、顔を見合わせ、「そんな。物を盗んだくらいで…。もしかしたら、借りただけのつもりかもしれないし」と、窃盗犯の擁護をしようとする。

「ペンダントの入ってたポシェットがゴミ同然で見つかったんだろ? 中身『だけ』を借りた? 後で『ちゃんと』返すつもりで? 違うよな? 明らかな窃盗だ。俺は、犯罪者は許さないほうなんだ」

窃盗が、命を取られる罪かどうかは分からない。でも、「テティスに関わった人の持ち物を盗むような奴は呪殺する」と言うのは、テティスの中では常識のようだ。

先生達が急いで寮内アナウンスを流すと、30分後には、ペンダントを持っていた女の子が、現物を持って名乗り出てきた。

「私、知らなかったんです。ネシスが、『術師』の妹だったなんて…」と、ノエルと名乗ったその女の子は言った。

「『術師』の妹でなければ、誰から何を盗っても良いと思ってるのか?」と、テティスはその女の子に聞いた。

「じゃぁ、もし、俺がお前の命を取っても、お前は仕方ない事だって許してくれるんだな? 俺は、お前の『保護者』が、何の仕事をしているか知らないし」

「そんな…」と言って、ノエルは震え出し、涙を浮かべた。そして、ヒステリーを起こしたように泣き叫びだした。

「私だけじゃないんです! リリアとエランだって、自分の欲しいもの、持って行ったんです! 私は誘われただけなんです。あんな子の友達が、アクセサリーなんて持ってるべきじゃないって!」


リリアと言う女の子は、私がユラからもらったブレスレット、エランと言う女の子は、ソーイングセットとリースを持ってた。

この「窃盗団」のリーダーはリリアで、一番綺麗で金目の物を選ぶ「権利」を持っていたらしい。

3人の中の女王様だったリリアは、案外素直に「ごめんなさい」と言った。もちろん、上部の言葉だろう。ずっと学校と言う施設の中に守られてきた彼女達は、「謝れば許してもらえる」と思っているんだ。

「お前の持ち物、ほとんど盗品だな。学校の中でも外でも、色々盗んでるんだな」ってテティスが言ったら、先生達は顔面蒼白になった。

しかも、テティスは、見取り図を見たままリリアの部屋にある盗品一つ一つの出所を言い当てて行き、その数は30点にもなった。

リリアは、おやつに食べるお菓子の類まで盗んでたみたいで、チョコレートを盗んだ店を言い当てられたとき、ついに泣き出した。

リリアの後に部屋に呼ばれたエランは、「なんでこんなゴミみたいなの押し付けられて、命を取られなきゃならないの?!」って、開き直ってて、自分より罪深い者達の名前をどんどん挙げて行った。

魔女狩りと言うものは、こうして始まるのかもしれない、と言うような有様だ。エランが挙げた名前は7人。全員女学院に在籍してる女の子だった。

ユラの悪口を言ってた女の子達は、ユラと仲の良いネシス…つまり、私のことも悪く言っていた、彼女達はいつかユラを街の不良チームに「売り渡す」予定を立てていた、とエランは言う。

「もちろん、ユラを守ろうとするんだったら、ネシス、あんただって『売り渡される』ことになってたんだからね!」と、エランは言う。

私は、むしろ彼女達の命を心配した。話を聞いていたテティスの表情が、段々と「冷淡」になって行ったからだ。

呪術師としてのテティスのことをよく知らないとは言え、「術」を使う者に「名前」…特に、本名を教えると言うのは、自殺行為だと言うことは私も知ってる。

先生達は、「誠意を見せればこの術師も納得するだろう」と思ったようで、名前を挙げられた女の子達を呼び出して、事実確認をし、テティスと私に「謝らせた」。

私は何も言わなかった。言えなかった。私の隣で薄ら笑いを浮かべて女の子達の顔を「記憶」しているテティスが、怖すぎて。

私自身は、そんなに強い魔力は持ってない。アミュレットの助けが無いと、正確に「通信」の術すらも使えない。

しかしながら、観てしまったんだ。テティスの「殺意」が放つ、赤い湯気のような「呪力」を。


女が嫌いだ、と言っていた通り、テティスに「普通の男性のような女性への評価」は無い。

女は策略ばっかり練っていると言うテティスの偏見をものの見事に「的中」させてしまった人々は、その後、みんな「何らかの原因で」女学校を退学することになった。

盗癖と言うか…窃盗の常習犯だと知れ渡って、正式に学校側から退学を命じられたリリアは、まだマシなほうだ。

エランは、「常に他人の悪口を言うのが止まらない」と言う奇病にかかり、講義の最中も、保健室でも、退学して家に引き取られてからも、起きている間はずっと誰かの悪口を大声で言っていたそうだ。

ユラを不良チームに売り渡す計画を立てていた7人も、「おかしな病気」にかかった。

指先の麻痺から始まり、痛みを伴う麻痺が全身に広がった人もいる。手足が重くなり、頭が働かなくなり、言葉もしゃべれなくなり、その人は寝たきりになった。

心臓だけが動き続け、病院では「鼓動が止まらない限り死亡と見なせない」として、その人は延命措置を受け、生きた屍となったと言う。

「なんで私が」と、ノイローゼのように独り言を繰り返し言いながら、腕を切り刻む癖がついた人もいる。何度か、深く切りすぎてしまい、出血多量で病院に搬送されていた。

自分は空を飛ぶ力があると、ある日言い出し、屋上から地面に飛び降りた女の子もいる。全身骨折で済んだのを、幸い…と呼ぶべきかは分からない。

何故なら、その子は骨折が治り次第、別の建物の屋上から「飛ぼう」としたのだ。その子が屋上に行くのに気付いた両親が、必死で止めていたらしい。

そんな「異常」の数数が、噂として私の耳にも届くようになった。窃盗事件については校内に知れ渡ってたから、「ネシス・テナの機嫌を損ねると呪われる」と言う噂も立った。

実際は、私が「手を下している」わけじゃないんだけど、私に過度に媚びてくる人と、私を避ける人、それまで通りに私と友達でいてくれる人、の3種類に分かれた。

ユラは、私からクリスタルのブレスレットを取り上げて、新しい…なんと、本物のアメジストのブレスレットをくれたのだ。

「盗人の手垢のついたブレスレットなんて、友達にあげられないわ」と言って、ユラは夜の海みたいな瞳をキラキラさせてた。


私達の学年の卒業の日が来た。ユラは主席で卒業し、最先端医療の現場で働きたいと言って、さらに勉強するため外国に留学した。

私は辛くも留年を逃れ、そこそこの成績で卒業した。家に帰ってテティスに卒業証書を見せると、「なるほど。これが『学歴の証』ってやつか。よくやった」って言ってた。

私は、「その記号はどんな発音をするのか」なんて聞いてたレベルから、4年間の間で異国の言葉をアレグロムで使われてる言葉に訳せるようになってた。

最初に書籍の翻訳の仕事を見つけて、今はライターと言う、物書きの仕事をしている。

「知識ほどに鋭い刃はない」って言う、アレグロムに伝わってる名言があるんだけど、「呪術師」を当然な職業と見なすこの国の気質を表しているのかもしれない。

私は、言葉と言う知識の刃で、この深い森に閉ざされた国を、開拓していくんだ。そんな気持ちで、仕事を続けた。


ノエルがどうなったかの情報が、ようやく私の下に届いた。彼女は、在学中、自ら「私、術師になる」と言い出し、学校を退学して、お寺に勤めるようになった。

でも、彼女は「魔力」も「霊力」も「呪力」も持って無かった。元々都会育ちで、「語らい小屋」に通ったことも無く、聖女達の逸話も知らない。

そこで、薬物に関する知識を身につけようとした。家族を実験台にして。2滴ほどで致死量に至る毒薬を作れるまでになり、実験台にさせられた家族は、ノエルの作ったシチューを食べて全滅した。

一人不自然に生き残ったノエルは、罪を問われた。裁判所で、彼女はこう言ったと言う。

「『術師』は何をしても良いんでしょ? 人の命を取っても良いんでしょ? なんで私はこんな場所に連れてこられたの?」って。

この事態については、テティスは特に何もしていないそうだ。

「呪いって言うのは、『呪われた』って思うことで勝手にかかるんだよ」って言って、テティスは私が翻訳した文章を読みながら笑ってた。

「何が面白いの?」って聞いたら、「ここ、スペルが違う。『あくえりうむ』じゃなくて、アクアリウムだ」だって。