ラナの休日 1

ディオン山は晴れ時々曇り。取り立てて何もない日だった。

6歳のレミリアは、生活魔法を使って岩屋の中を掃除しながら、今年の誕生日の時リッドが買って来た分厚い児童書籍を読んでいた。

「なんでパンケーキがアップルパイになるのに、ベリーのジュースが砂になるのよ」と、物語に文句をつける。

その一節を聞いただけで、通常の思考だとハチャメチャな物語であることは分かるが、魔術を使うものとしても、パンケーキがアップルパイになるのにベリーのジュースが砂になるのは腑に落ちないらしい。

「別々の種類の『変化』をかけたことになるのかなぁ。でも、『変化』だって、素材との相性が…」

と、ブツブツ言っていると、薪拾いから帰って来たミリィが、「レミリア。なんでモップが同じところを行ったり来たりしてるの?」と不思議そうに聞いてきた。

岩屋の床を磨いていたモップが、レミリアの思考に合わせて、一ヶ所をぐるぐる回っていたらしい。

直線状に岩屋の床がピカピカになって居るが、その代わりに他の場所が薄汚く見える。

レミリアは、とっさに謝って、他の岩床が、入念に磨かれた一ヶ所と同じ色になるまでモップを操り続けた。


何度も水モップで床を磨いている孫を見かねて、ミリィは床拭き用の水の中に、洗浄剤の役割をする魔法薬をちょっとだけ混ぜてあげた。

滑りの良くなったモップは、ぎゅんぎゅんと床を磨きまわり、バケツの水を15回入れ替える頃、岩屋の床の大清掃は終わった。

洗浄剤を使ったので、淡い清潔そうな花の香りが岩屋を包んでいる。

「あー、良い匂い」レミリアは言う。そして、自分のローブの匂いを嗅いで、「ミリィ。なんだか私、フライドポテトのにおいがする」と訴えた。

「塩と油のにおいね」と、ミリィは呆れたように返す。「家が良い匂いになったことだし、久しぶりにお風呂に入りに行きましょうか」

「お風呂?」と、レミリアは顔を明るくする。

「それとお洗濯もしちゃおうか」と、ミリィ。

「うん。ぜーんぶきれいにしよう」と言って、レミリアはさっそくフライドポテトのにおいがするローブを脱ぎ、肌着姿になった。


夫々のローブを、洗剤と水が渦を巻いている大ダライの中に放り込み、肌着姿になったレミリアとミリィは、入浴セットと着替え、それからランプを持って、岩屋の裏口から沢に向かった。

沢が浅くなっている流れが緩やかな場所で、ミリィが水面を指先でつついた。

その途端、沢の水が湯気を上げ始めた。「後から冷めてくるから、ちょっと熱めにしておくわね」ミリィはそう言って、ワンピース型の肌着を脱いだ。

ミリィがお湯の準備をしている間にすっぽんぽんになっていたレミリアは、持って来た洗面器に適温のお湯を組むと、頭からかぶって、石鹸で体を洗い始めた。

髪の毛は、魔法薬のシャンプーを入念に泡立て、石鹸をつけた肌は、垢すりスポンジで丁寧に磨く。

肘と膝と踵を磨いていると、ミリィが「貸しなさい」と言ってスポンジを受け取り、レミリアの耳の後ろと首筋、背中を洗ってくれた。

体中を覆っていた泡を洗い流し、温泉状態になって居る沢のお湯に浸かると、レミリア達は「数数えの歌」を歌い始めた。

「一番、ぴーひょろ笛吹き歩く。二番、お魚二匹が逃げる。三番、三つ子の子豚を丸焼き」

童話や神話に関することを数字順に並べた数え歌らしいが、確かこの曲はリッドが作詞作曲をしていたものだ。

「四番、四つ葉は中々居ない。五番、手の平片っぽ無くした。六番、通りで捨て猫拾う。七番、神様お手手を戻して。八番、蜂蜜トースト食べたい。九番、もうすぐケーキが焼ける」

私が、十番はなんだろうと思っていると、2人は何かの気配に気づいたように歌うのをやめた。

「元気の良い歌ね。私達も、もらい風呂して良いかしら?」と、半人半獣の闇の者が言う。豹と人間の混じったような体をしているが、子供を連れており、声が高い。喋り方からしても、女性のようだ。

「カーリー。久しぶりね」と、湯に浸かったままミリィが挨拶をする。

「僕もお風呂入って良いの?」と、「カーリー」の連れていた幼い半獣人の子供が言う。どうやら男の子のようだ。

「良いよ。石鹸とシャンプーしてからね」とレミリアが入浴セットを差し出しながら言う。

半獣人の母は、「ありがとう」と言って、レミリアの石鹸とシャンプーを受け取り、自分と子供の体を洗い始めた。


お湯に浸かったカーリーの息子は、お湯の中で歪んでいるレミリアの体を見て、「なんで人間って、頭以外丸裸なの?」と聞いてきた。

「服を着るからだよ。服を着るのに、体に毛があったら、何処も彼処も寝癖まみれになっちゃうでしょ?」と、レミリア。

「そっか。でも、僕達だって服は着るよ。だけど、体の毛を剃ったりはしない」

「私達だって、体の毛を剃ってるわけじゃないよ。元々生えてこないの」

「ふーん。冬とか寒そうだね」

「それはそうね。だから、冬はいっぱい着こむか、暖炉の火を強くするの」

レミリアの回答を聞いてから、男の子は小さな声になって囁いた。「僕、思うんだけど、お風呂って人間の文化じゃないかな? 僕、お風呂に入るのは嫌いじゃないけど、上がってからの湿気が嫌でさ」

「『熱風』の魔術で乾かしちゃえば?」

「うーん。確かに、僕達も魔力はもってるけど、魔術師や魔女みたいに器用じゃないんだ。『熱風』を起こすのって、難しいんだよ?」

「炎を操る魔術と風を操る魔術が出来れば簡単だよ?」

「それが結構難しいんだよ。炎を吹くのは簡単なんだ。『熱』だけを起こすのが難しいんだよ」

子供達が些末な事情に悩んでいるのを傍らに、ミリィとカーリーもディオン山に関する世間話をしていた。