ラナの休日 2

体をタオルで拭き、着替えの肌着を身に纏うと、ミリィは

「後20分はお湯のままだから、ゆっくり入っててね」と、カーリー達に声をかけて、同じく新しい肌着に着替えたレミリアの手を引いて、岩屋に戻った。

レミリアは、「あのおばちゃん達、湯冷めしないのかな?」とミリィに聞いた。「『熱風』の魔術が使えないんだって」

「大丈夫よ。カーリーのお家には、ストーブがあるから」

「ストーブって何?」

「私達の家にも暖炉があるでしょ? あの炎を閉じ込めて、熱だけ発するようにしてある…ある種の細工ね。魔力で炎が操れないものは、安全に火を使うためにそう言う工夫をしてるの」

「ストーブって、お茶も沸かせる?」

「沸かせるものもあるわ。火の上が鉄板状になって居る物は、上にケトルやポットを乗せてお湯を沸かせるから」

「鉄板が火の上に浮かせられないから、そう言う風に作るの?」

「そう。だけど、ストーブを使ってる人をバカにしちゃだめよ? どちらかと言うと、鉄板が宙に浮くほうがおかしいと思われることのほうが多いんだから」

「なんで? 鉄板なんて、簡単に浮くじゃん。祭でもたくさん浮いてるよ?」

「それは、この山の中だけの秘密」

「はーい」

なんとも、漫然とした気楽な会話だ。こんなやり取り繰り返しながら、レミリアも少しずつ自分の世界と、その他の世界の違いを学んで行くのだろう。

二人が岩屋に着くと、脱水されたローブが、ちゃんと所定の位置に干されていた。

「あら。此処まで設定しておいたかしら?」と、ミリィが言うと、「俺の仕事だよ」と、リッドの声がした。新聞を読みながら暖炉の前でくつろいでいる。

「お前達なー、いくら女2人住まいだからって、肌着で出歩くなよ。獣か悪漢に襲われたらどうする?」と、リッドは新聞から目を離さずに言う。

「この山で、悪漢の心配をするのは祭の時だけで良いんじゃないかしら?」と、ミリィはリッドの隣に来て、おかしそうに口元をほころばせる。「右見ても左見ても、ご近所さんだらけよ?」

ミリィはそう言って、岩屋の奥にある、かまどの前に移動した。「凍結」戸棚から、凍らせておいたスープを取り出す。鍋で温めるつもりらしい。

「平和ボケした頃に、事件って言うのは起こるんだ」とリッドは言ったが、新聞越しにレミリアの視線に気づいた。

レミリアが、年に似合わない座った目をして、納得いかないと言う風に呟く。「リッド、また何か食べに来たの?」

「レミー。あのな、あの時はちょっと食いすぎただけなんだって」と、リッドは嘆くように言う。「俺はそこら辺のものが何もなくなるほど大食いでも悪食でもないし、動物や人間については本来専門外だ」

「でも、あの人食べたじゃん」と、厳しくレミリアは追及する。

「だから、あの時は食いすぎたの。何百回説明したらわかってくれんだよ」

トレードマークのような赤毛をぐちゃぐちゃとかきまわし、リッドは泣きつかんばかりにレミリアに訴えている。

「この間も話したが、俺の力は『時間』を食べる事であって…」

「ミリィー。リッドが、また訳わかんないこと言ってごまかそうとするー」

レミリアが大声で岩屋の奥に言うと、ミリィの笑いを吹き出す声が聞こえてきた。

まだ髪の湿っているミリィが、かまどにかけた夕食の鍋の蓋を片手に、クスクス笑いながら暖炉のほうに姿を現す。

「リッド。あなたの語彙で真面目に話しても、絶対分かってもらえないわよ? レミーはまだ6歳なんだから」

「6歳ってったって…。このくらいの大きさなら、そこそこ理解力も持ってるだろ?」と、リッドはイマイチぴんと来ていない。

「まだ同い年の男の子と一緒にお風呂入れる年齢だって言えば、あなたにも分かるかしら?」と、ミリィ。

リッドは目を丸くし、絶句した。新聞紙を一瞬握りつぶし、慌てて元に戻した。そして、考えるように孫を見つめ、「6歳ってそんなにガキなのか?」とパートナーに聞いた。

ミリィの甲高い大笑いが、岩屋に響いた。


その晩、レミリアが眠りに就いてから、リッドはミリィから「人間の子供の一年」について講義を受けた。

ミリィは、パートナーと一緒に、明日食べる豆の皮むきをしながら、レミリアが1年で覚えた単語の数や魔術理論について話した後、

「そう言った『知識』の他に、『感覚』も重要な勉強課題なの」と伝えた。

「アリアは比較的大人っぽい子供だったけど、レミリアは全く逆。仕方ないわね、本当に甘えたい人達と、普段全然会えないんだから。レミーは、いつまでも『幼い自分』を抱えてるの。

いつアリア達が来ても、無邪気な自分を保てるように。だけど、外出先じゃ、ずっと大人しい良い子だってアリアが言ってた。どんな状況で、自分がどう振舞えばいいか、もうわかってるのよ。

すごく頭が良い子なのね。でも、私と居る時は、本当に小さな子供。レミーに悪気は無いわ。あなたにも、その『子供』の部分をぶつけてるだけなのよ。本当の自分の心を知ってほしいの」

「ふーん」と、リッドはテーブルに頬杖をついている。熱心に聞こうとするほど脱力してしまうタイプらしい。そして、指先に乗せた豆をじっと見ている。

ミリィが不思議そうな顔でリッドの指先を見ると、豆から芽が生え、リッドの指先に根が絡みついた。

「『時間』を送ったの?」と、ミリィが聞く。

リッドは、「ああ。最近できるようになった。まだ、豆や種くらいにしか試して無いけどな」と言って、芽吹いた豆の時間を吸い取り、サヤから出した状態に戻した。

「だけど、これやった後って腹減るんだよな…」と言って、リッドはミリィの手を取った。「お前もだいぶ良い頃合いに熟して来たことだし、すこ~しつまみ食いさせてくれ」

「どれだけ熟したと思ってるの? 4年よ?」とミリィも囁くように言う。「少しで目減りするもんですか」

「確かに、俺も人間の4年って言うのが、どれだけ複雑な味なのかは興味がある」

と言って、リッドはパートナーの手から4年分の『時』を吸い取った。

取って置きの大好物を食べたように、リッドは満足そうに顔をくしゃくしゃにして笑うと、「なんとも刺激的。リーザ、お前、本当に最高のごちそうだな」と、彼にとっては最上級の言葉でミリィをほめた。

12歳の姿に戻ったミリィは、おかしそうにクスッと笑った。