ラナの休日 3

夜が明けて、レミリアは目を覚ますと、辺りを見回した。

そして、リッドが近くの布団で眠ってるのを見て、また不機嫌そうに眉を寄せた。

ミリィはまだ起きていない。この時間帯は、レミリアが薪を拾う係を担って居る頃だ。

ベッドから降りて靴を履き、外出着である子供用のローブを着て、レミリアは朝の湿った空気の中を出かけた。


害獣除けのスペルを歌のように唱えながら、レミリアは薪にするに良い、乾いた小枝を、その小さな両腕に持てるだけたくさん集めた。

レミリアは、父親であるテイル・ゴーストからもらった害獣除けの魔力を持つ翡翠のペンダントをしているが、スペルを唱えるのが口癖なのだ。

レミリアの声を遮って、誰かの歌が聞こえてきた。

「ひーとつ、ふーたつ、ごらんあれ。みーつ、よぉつにきりきざむ」と、幼い少女の声がする。

レミリアは、スペルを呟いていた口をつぐみ、倒れた朽木の影に隠れた。

雲の作り出す濃霧の中に、青白い何者かの姿が浮かび上がる。

「いつーつ、むぅっつ、ちまつりだ。ななーつ、やぁつにひきさかれ」

レミリアより2つくらい年上の、ワンピース姿の少女が、何やら不気味な言葉を歌っている。

「ちまつりだ。ちまつりだ。おまえのないぞうくらおうか。おまえのてあしをもぎとって」

鬼火の悪戯にしては手が込んでいる。精霊達の気配はしない。レミリアは、瞳に魔力を込めて、その青白い姿が何なのかを見定めようとした。

途端に、青白い少女の影が、レミリアのほうを見て怯えたような顔をした。

「みないで! もううたわない。もううたわないから!」

悲鳴のようにそう叫んで、その青白い姿は消えた。


レミリアは、岩屋に帰ってから、熾火にしてあったかまどの火を焚いて、凍らせておいた薄切りの田舎パンを4枚、「凍結」の戸棚から取り出した。

パンをかまどの上の網にかけると、魔術は解けて、パンは香ばしい香りを漂わせ始めた。

レミリアは、パンを温めている間に、手早くハムとチーズを二切れずつ切って、皿に載せ、ナイフをテーブルの上に置いた。

自分とミリィの分の朝食に、サンドイッチを作ろうとしているようだ。

かまどの網の開いているスペースに、片手鍋をかけ、牛乳を入れる。

レミリアは、普段のように朝食の準備をしているが、顔は不満げなままだ。

リッドが再び旅歩くようになってから、レミリアとミリィの食料は、テイルが買い付けてきている。

「リッドじゃなくてお父さんが帰って来れば良いのに…」とレミリアは小さな声で言ったが、布団を見れば、実際に居るのはリッドだ。

リッドの隣には、別の布団でミリィが眠っている。なんだか、ミリィが昨日より少し幼くなったように見えるが、たぶん何かの魔術でも使った後なのだろうと、レミリアは自分を納得させた。

「ひとーつ、ふたーつ、ごらんあれ」と、レミリアはさっき青白い影の少女が歌っていた歌を口ずさんだ。「みーつ、よぉつにきりきざむ」

レミリアは、歌いながらうたた寝を始めた。だが、パンが焦げてるにおいがして我に返った。

大急ぎで、壁にかけてあったトングをつかみ、パンを網から外して皿に置き、温め過ぎた牛乳もすばやくカップに注ぎ入れた。

ミリィのように、手足の如くに魔術が使えれば、もっと朝ごはんの準備も速やかに済むかもしれない。だが、6歳のレミリアはまだまだ修行が半分も終わっていない。

「ミリィー。ごはんだよー」と声をかけたレミリアの周りに、黒い影が見えた。そして、それは私の錯覚ではなかった。


昨日より少し体つきの縮んだミリィが布団から起きると、レミリアは「ありがとう」の返事を待っていた。

だが、ミリィはレミリアに纏いついている黒い影に気づいた。「レミー。あなた、今日何処に行ってきたの?」

レミリアは、急に質問されたので、言葉の意味が分からなかったらしい。きょとんとして、「ごはん…用意したよ?」と呟く。

「それはわかったわ。その前に…そうね、薪を拾いに行ってる間に、何があったか説明して」

ミリィがそう言うと、レミリアは、青白い少女の霊に出会ったことを説明した。

その時少女が歌っていた歌を言いかけた時、ミリィが「黙って」と言って、レミリアの口をふさぎ、辺りを見回した。

「良い? レミリア。黙って聞いて。その歌は、幼霊の呪いよ。何処かで、古い呪いが作動してるの」と、ミリィ。

レミリアは、口をつぐんだまま、頷いた。

「歌って居た霊は、歌に込められた呪いに気づかないのね。無意識に歌って次の犠牲者を招いてるんだわ」

「犠牲って…」と言いかけ、レミリアはまた口をふさがれた。

「声を出しちゃだめ。あなたの声に反応して、邪念が集まって来てる。レミー、しばらく口を押えてて」

ミリィはそう言って、壁にかけてあった魔法陣のタペストリーを床に置き、レミリアの手をひいてその中央に座らせると、タペストリーの4ヶ所に水晶を置き、結界を起動させるスペルを唱えた。

術は速やかに発動し、レミリアの周りの黒い影が消えた。

「レミー、もう話して良いわ。霊体はなんて歌ってたの?」

ミリィがそう聞いた途端、

「どーした? 何騒いで…」と、リッドも寝ぼけ眼をこすって布団から起き上がり、そして顔を険しくした。

黒い靄のような「邪念」が、レミリアの周りから離れ、リッドを包む。

リッドの眼が、イーブルアイの赤い光を灯した。