ラナの休日 5

後日、ディオン山の岩屋を訪れたテイルは、数日前に起こった事件を聞いて驚いていた。

「なんで、殺人犯はこの山の中に入って来れたんだ?」と、わけがわからないと言う風に、ミリィに説明を求める。

「私の結界で阻害できるのは、『悪意を持って侵入する者』だけなの。山の中で悪意が芽生えたものを、はじき飛ばすほどの力は無かったの」

ミリィはそう言ってから、

「でも、以前の夜襲の時、結界がものすごく強化されたから、逆に今まで観えなかった『結界内の悪意』まで鮮明になるようになったんだと思う。結界を強化した本人じゃないから、正確には分からないけど」

と続けた。

「それはそれで…危険はないのか?」と、テイルは、膝に座らせた娘の頭を撫でながら言う。

何せ、6歳の娘を一人で歩かせている山だ。離れて暮らしている親としては心配なのだろう。

「今まで以上に注意しなきゃならないことは多いわ」と、ミリィ。「レミー、これからは、幼霊の呟きなんて真似しちゃだめよ? 命の危険があるってことは分かったでしょ?」

父親の膝の上でニコニコしていたレミリアだが、ミリィに厳しい声で言われて、顔を曇らせ、「分かった」と呟いた。


紅葉が枯れ朽ちてくるほど秋も深かったので、テイルは岩屋に蓄える薪を作る仕事を手伝って行った。

太陽が山の西に消えた夕暮れの頃、テイルとリッド、レミリアが岩屋の裏口で作業をしている。

テイルが一つの薪を割るごとに、レミリアが割った薪を拾い集め、リッドが次の薪を、乾いた切り株の上に乗せている。

最初は軽く薪の頭に斧を食いこませ、食い込んだ薪ごと斧を軽く振るって、2打目で全体を割るのが、薪割りのコツのようだ。

60回ほど斧を振るった後に、テイルは大きくため息をついて、「ちょっと休ませてくれ」と言った。

「まだ疲れるにははえーぞ、32」リッドは面白そうにニヤニヤしながら、次の薪を置く。

「それは、なんのカウントだ?」と、テイル。

「お前の年齢だよ」と、リッド。「年数えるのは忘れるなよ。ボケの始まりだ」

「じゃぁ、あんたは何歳なんだ?」

「人間の年齢の範囲で無い事は確かだ」

「数えてないんじゃないか」

「百超えたら数えなくても良いぞ」

「それはなんのルールだ?」

「この山の」

「そんな規則があったとはね」

「お父さんサボってるー」と、レミリアにからかうように言われ、テイルは苦笑いをすると、「ちょっと休憩。父さんは、リッドほど力持ちじゃないんだ」と答えた。

「リッドのほうが力持ちなの?」と、レミリアはリッドの細い腕をぎゅうぎゅうもむ。それから父親の筋肉のしっかりした腕を見て、「絶対お父さんの方が力あるよ」と言う。

「そーだぞ、レミー。俺はじーちゃんだから、いざと言う時以外は腕力は使わないんだ」13歳くらいにしか見えないリッドは調子に乗って言う。「力仕事は若いもんのやることだ」

「都合の良い隠居だな」とテイルは呆れたように言ったが、首と肩を回した後、「どれ、もう一仕事」と言って、再び斧を振るい始めた。

カコーン、カコーン、と言う、斧の響きが、残照の山の中に響いていた。


レミリア達の身に起こったことを、ベルクチュアの自宅にかかって来た夫の電話で知り、アリアは電話口で慌てふためいた。

「そそそそそ、それで、レミー達は大丈夫なの?」

「無事だよ。でなきゃ、のんきに電話してない」と、テイルは言う。「だけど、ミリィが言うに、今まで無かった危険が増えたことは確かだから、どんな術を使ってるのかの詳細が知りたいってさ」

「それは…レイアさんに聞かないと分かんないなぁ」と、アリア。「レイアさんが居るか分からないけど、今度また、ウィンダーグ家に行ってみよう。ルディさんでもわかることあるかも知れないし」

「分かった。それまでに髪切っておくよ」

「またのばしてるの?」

「いや、山の中に居ることが多いと、散髪に行く機会が無いんだ」

「それは整えておいたほうが良いね。無精髭とかははやして無いでしょうね?」

「それは毎日整えてる。職場の仲間に『お前はゲイか?』って言われるくらいね」

「『ゲイ』って何か分かってる?」

「分からん。説明できるなら教えてくれ」

「私にも説明しがたい。許して」

「許すけど、その代わり、今度会った時キスしても怒るなよ?」

「それなら説明してあげようか? 君の感覚だと、理解しがたいと思うけど」

「いや、そこまで言うなら聞かなくて良い」

どうやら、今回の事件は平和に終わりそうだ。


私が一安心していた頃、リッドがまた悪事を働いていた。

レミリアが、魔術の練習を兼ねて「可愛くした」と言っていた、着せ替え人形エルマの化粧を、綺麗に「元通り」にしてしまったのだ。

「すっごく時間かかったのにー!」と、涙目でレミリアが叫ぶ。

「いや、元々化粧してあったと思ってな…。まさか、すっぴんになるとは…」と、しどろもどろとリッドは言い訳をする。

「リッドのバカ! あくじき!」と、レミリアは泣きながら、近くにあった火のついたろうそくをリッドに投げる。

「あぶねぇ!」と言って、リッドはろうそくを避け、床に落ちたろうそくを踏み消した。「レミ、レミリア。落ち着け。投げるものくらい考えろ」

「ミリィ―、リッドがエルマのメイク食べたー!」

レミリアは、泣きながら人形を抱え、祖母の所に駆けて行く。

しばらくリッドの信用は回復しそうになかった。