後日、ディオン山の岩屋を訪れたテイルは、数日前に起こった事件を聞いて驚いていた。
「なんで、殺人犯はこの山の中に入って来れたんだ?」と、わけがわからないと言う風に、ミリィに説明を求める。
「私の結界で阻害できるのは、『悪意を持って侵入する者』だけなの。山の中で悪意が芽生えたものを、はじき飛ばすほどの力は無かったの」
ミリィはそう言ってから、
「でも、以前の夜襲の時、結界がものすごく強化されたから、逆に今まで観えなかった『結界内の悪意』まで鮮明になるようになったんだと思う。結界を強化した本人じゃないから、正確には分からないけど」
と続けた。
「それはそれで…危険はないのか?」と、テイルは、膝に座らせた娘の頭を撫でながら言う。
何せ、6歳の娘を一人で歩かせている山だ。離れて暮らしている親としては心配なのだろう。
「今まで以上に注意しなきゃならないことは多いわ」と、ミリィ。「レミー、これからは、幼霊の呟きなんて真似しちゃだめよ? 命の危険があるってことは分かったでしょ?」
父親の膝の上でニコニコしていたレミリアだが、ミリィに厳しい声で言われて、顔を曇らせ、「分かった」と呟いた。
紅葉が枯れ朽ちてくるほど秋も深かったので、テイルは岩屋に蓄える薪を作る仕事を手伝って行った。
太陽が山の西に消えた夕暮れの頃、テイルとリッド、レミリアが岩屋の裏口で作業をしている。
テイルが一つの薪を割るごとに、レミリアが割った薪を拾い集め、リッドが次の薪を、乾いた切り株の上に乗せている。
最初は軽く薪の頭に斧を食いこませ、食い込んだ薪ごと斧を軽く振るって、2打目で全体を割るのが、薪割りのコツのようだ。
60回ほど斧を振るった後に、テイルは大きくため息をついて、「ちょっと休ませてくれ」と言った。
「まだ疲れるにははえーぞ、32」リッドは面白そうにニヤニヤしながら、次の薪を置く。
「それは、なんのカウントだ?」と、テイル。
「お前の年齢だよ」と、リッド。「年数えるのは忘れるなよ。ボケの始まりだ」
「じゃぁ、あんたは何歳なんだ?」
「人間の年齢の範囲で無い事は確かだ」
「数えてないんじゃないか」
「百超えたら数えなくても良いぞ」
「それはなんのルールだ?」
「この山の」
「そんな規則があったとはね」
「お父さんサボってるー」と、レミリアにからかうように言われ、テイルは苦笑いをすると、「ちょっと休憩。父さんは、リッドほど力持ちじゃないんだ」と答えた。
「リッドのほうが力持ちなの?」と、レミリアはリッドの細い腕をぎゅうぎゅうもむ。それから父親の筋肉のしっかりした腕を見て、「絶対お父さんの方が力あるよ」と言う。
「そーだぞ、レミー。俺はじーちゃんだから、いざと言う時以外は腕力は使わないんだ」13歳くらいにしか見えないリッドは調子に乗って言う。「力仕事は若いもんのやることだ」
「都合の良い隠居だな」とテイルは呆れたように言ったが、首と肩を回した後、「どれ、もう一仕事」と言って、再び斧を振るい始めた。
カコーン、カコーン、と言う、斧の響きが、残照の山の中に響いていた。
レミリア達の身に起こったことを、ベルクチュアの自宅にかかって来た夫の電話で知り、アリアは電話口で慌てふためいた。
「そそそそそ、それで、レミー達は大丈夫なの?」
「無事だよ。でなきゃ、のんきに電話してない」と、テイルは言う。「だけど、ミリィが言うに、今まで無かった危険が増えたことは確かだから、どんな術を使ってるのかの詳細が知りたいってさ」
「それは…レイアさんに聞かないと分かんないなぁ」と、アリア。「レイアさんが居るか分からないけど、今度また、ウィンダーグ家に行ってみよう。ルディさんでもわかることあるかも知れないし」
「分かった。それまでに髪切っておくよ」
「またのばしてるの?」
「いや、山の中に居ることが多いと、散髪に行く機会が無いんだ」
「それは整えておいたほうが良いね。無精髭とかははやして無いでしょうね?」
「それは毎日整えてる。職場の仲間に『お前はゲイか?』って言われるくらいね」
「『ゲイ』って何か分かってる?」
「分からん。説明できるなら教えてくれ」
「私にも説明しがたい。許して」
「許すけど、その代わり、今度会った時キスしても怒るなよ?」
「それなら説明してあげようか? 君の感覚だと、理解しがたいと思うけど」
「いや、そこまで言うなら聞かなくて良い」
どうやら、今回の事件は平和に終わりそうだ。
私が一安心していた頃、リッドがまた悪事を働いていた。
レミリアが、魔術の練習を兼ねて「可愛くした」と言っていた、着せ替え人形エルマの化粧を、綺麗に「元通り」にしてしまったのだ。
「すっごく時間かかったのにー!」と、涙目でレミリアが叫ぶ。
「いや、元々化粧してあったと思ってな…。まさか、すっぴんになるとは…」と、しどろもどろとリッドは言い訳をする。
「リッドのバカ! あくじき!」と、レミリアは泣きながら、近くにあった火のついたろうそくをリッドに投げる。
「あぶねぇ!」と言って、リッドはろうそくを避け、床に落ちたろうそくを踏み消した。「レミ、レミリア。落ち着け。投げるものくらい考えろ」
「ミリィ―、リッドがエルマのメイク食べたー!」
レミリアは、泣きながら人形を抱え、祖母の所に駆けて行く。
しばらくリッドの信用は回復しそうになかった。
