私の名は、ルルゴ。正式な姓名は、ルルゴ・ミントンと申します。しかし、私をミスタールルゴと呼ぶ人もいらっしゃいます。
私も、どちらの名前で呼ばれても、さして変わりなく返事を致しますし、ミントンと言う名は、この100年ほど名乗っておりません。
ラックウェラー財団に所属するときも、ファーストネームのみで登録いたしました。
此度のお話は、私の出生の秘密と、私の最初のご主人様である、とある魔術師の物語でございます。
私は、ネザーランドドワーフと言う種類のウサギの子供として、5匹兄弟の2番目に生まれました。
その、生まれて間もない私を見つけたのが、ボルボ・ミントンと言う魔術師でした。彼は、人気のない森の中の屋敷に住んでおり、自分の後継者を探して居ました。
幼き私は、愛しい家族と引き離され、ボルボの屋敷に連れていかれました。そして、ウサギとして成熟するまで育てられました。
大人のウサギになった私は、「知性」の魔力を与えられ、人間の言葉を理解し、話す方法を教えられました。
「お前の名は、今日から『ルルゴ』だ。ルルゴ・ミントンと名乗るが良い」
ボルボは、私にいつくかの魔術道具を使う方法を教え、服をあつらえ、人間と変わらぬようにふるまう方法を教えました。
人間の話し相手に飢えていたボルボは、私を度々人間に「変化」させ、チェスや小アルカナのカードで遊ぶ方法も教えてくれました。
変化した時の私の姿は、ウサギの時と同じ赤茶色の明るい髪と、黒い瞳をした、人間の若者でした。
何年経ってもその姿は変わりなく、ボルボは私に度々言いました。「随分、小奇麗に作ったものだ。私とは似ても似つかんな」と。
その言葉通り、ボルボの外見は、決して人間として「美しい」と言えるものではありませんでした。
突き出た鼻、いくつか歯の抜け落ちている歪んだ口元、ブルーグレイの濁った眼、分厚く腫れあがった瞼。そして、深いしわの刻まれた皮膚には火傷のような斑点とできものがありました。
「ルルゴよ、お前は私をなんだと思う?」と、ボルボはチェスの途中で私に聞きました。
まだ若く幼かった私は、その言葉の意味が分からないままでしたが、「私に『知力』を下さった、偉大な魔術師であると」と答えると、ボルボは満足そうに頷くのでした。
ボルボは、ある日、若き日の自分の破滅を話しました。
夜を生きる者として、魔術を極めることを志し、日夜鍛錬に励んでいた頃、彼は教えられることなく、ある「視力」を手に入れました。
精霊の姿を見る「視力」です。ボルボは泉の中から、想像することもできないほど美しい女性が現れたのを見ました。それは、明らかに水の精霊でしたが、彼はその美しさの虜になりました。
毎日、美しい娘の姿をした精霊が泉から現れるのを見て、ボルボはあることを思いつきました。あの精霊を、娘の姿のまま、泉から取り出す方法です。
魔術師が、精霊の世界に踏み入るのは、禁忌です。力を借りることや、その言葉を聞くことはあれど、精霊のほうから関わってきた場合以外は、その純粋な世界に触れることは出来ません。
ですが、ボルボは自分の能力を誤った方向に使い、両腕を泉の中に差し入れ、眠っている精霊を抱き上げました。
美しい娘の姿をした精霊は、眠りを妨げられた他に、自分が清らかな泉の中から切り離されそうになっていると気づいて、その怒りをボルボにぶつけました。
精霊の姿はボルボの腕の中で砕け散り、ボルボの皮膚は酸を浴びせられたように焼け爛れました。彼の皮膚にあった斑点は、その時の傷の名残なのだと言うことでした。
顔と体が焼け爛れるのが分かり、ボルボは思わず「水」を洗い流そうと、泉に再び手を差し入れようとしました。
ですが、その時は既にその泉の水はボルボを拒絶しており、煮えたぎった油のような熱を発していました。
彼は泉から逃げました。屋敷に戻り、真っ赤に焼けた皮膚に治癒の魔術をかけましたが、精霊の呪いはそう簡単に癒えませんでした。
あの泉の水でなくても、井戸から汲んだ水も、雨水でさえも、彼にとっては「酸」と同じものになってしまったのです。
ボルボは自分にかけられた呪いを解くためだけに魔術を磨きました。
喉の渇きは、果物を摂取することで紛らわせましたが、水を浴びれないので、体中に不衛生なイボやできものが出来ました。皮膚は固くなり、罅割れて鱗のようになりました。
呪いをかけられてから20年が経とうとするとき、ようやく彼は、井戸から汲んだ水を、当たり前に飲めるようになったのです。
その20年の間に、ボルボは何人もの「呪われ人」を実験台に、精霊の呪いを解く方法を模索し、数多くの人を呪いから救っていました。
「反呪」や「解呪」の術は霊術の一種。本来メディウムの能力ですが、彼は人間としては膨大な時間と魔力を使い、その能力を極めたのです。
「皮肉なことだ。私は呪いを受けることで、力を得たのだ。精霊の呪いさえ解くことのできる力を」
私は、この魔術師はその術を私に授けたいのだろうかと思いましたが、ボルボはこの告白だけで、それっきり同じ話はしませんでした。
ある日、ボルボは私に聞きました。「ルルゴよ、私の隣に何か見えるか?」
私は、魔力を宿した眼鏡越しに、彼の隣を見ました。ですが、特になんと言う姿の見えないので、「何も見えません」と答えました。
ボルボは、「ふむ」と唸って、こう言いました。「もし、私の周りに何か見える時が来たら、それが私の、お前への『最後の教え』を説く日になるだろう」
大人に「変化」できるようになった私は、ボルボの屋敷で執事として働きました。鬼火をライターの中に封印し、鬼火達が長期間の魔力の休眠をできるようにして、小間使いとして使役しました。
自分の能力で「変化」する方法も覚えました。私は長く魔法道具を使っていたので、同じように道具に力を込め、能力を発現したいときにだけ限定的に力を発するほうが有効なようだと知りました。
人間の姿でも、ウサギの姿でも、同じように働けるまでになった頃です。
チェスをしていたボルボの左肩に、何かの影が見えました。
私のその視線を、ボルボは見逃しませんでした。
「ついに来たか…」と、ボルボは呟き、チェス盤をテーブルに置いたまま、椅子から立ち上がって、窓の外を見ました。
風の唸る夜の事でした。窓の外は月明かりが射しています。そこに、誰かの「人影」があることに私は気づきました。
「ルルゴよ。私は、かつて精霊から呪いを受けた。そして、その呪いを解く方法を編み出した」
ボルボは語り始めました。
「しかし、呪いを『消す』事は出来なかった。ルルゴよ、精霊の呪いを侮るな。私の魔力を受け継いだお前にも、いつか彼等は『報復』をするだろう。
お前は実に有能な弟子であり、執事であった。私は、これから戦いに赴く。彼等がお前を探し当てた時は、私が死んだ時だ。二度と、生きて合うことも無いだろう」
ボルボはそう言って、暴風雨の中へ飛び出して行きました。
主に取り残され、私は生きて行く術を探しました。何の変哲もないウサギに戻るわけには行きません。私は、魔力を授かると同時に、呪いをも授かったのですから。
ボルボの書斎で、ラックウェラー財団の書類を見つけ、ボルボは自分が失踪した後、私が魔力を使う者達に混ざって生きていく方法を残して行ってくれたのだと知りました。
私は、人間の街に向かいました。5時間ごとに、何度時計の竜頭を撒いたか分かりません。やがて、人の家を見つけ、村を見つけ、町を見つけ、都市に辿り着きました。
アダムステンと言う街に、ラックウェラー財団の本部がありました。そこは、見立てて特徴もない一軒家に見えました。
ですが、その家に入った途端、内部が巨大なオフィス・ビルになっているのを知りました。
その日から、私は派遣執事として、ラックウェラー財団で働き始めました。
それから200年以上が経過したある日、私の下に、一つの依頼が舞い込みました。
「ウサギの執事が居るって話だが、是非そいつに仕事を申し込みたい」と言う、少し粗野な口調の少年の声が電話の奥でしたのを、今日のようにはっきりと覚えています。
その声の主が、私が残る生涯をかけてお仕えすることになった、アリア・フェレオ様のお父様、リッド・エンペストリー氏でした。
このように、月の明るい日は、かつてボルボ・ミントンが私に言い残した「期限」のこと思います。しかし、何の呪いも受けないまま、私はこのような…霊体となりました。
ボルボは、確かにかつて過ちを犯しました。ですが、私と言う弟子を、彼は未だに守り続けてくれているのです。
おや。レミリア様? 眠ってしまわれましたか。どうやら、長話をしてしまったようですね。
私も、少し霊体を休めましょう。おやすみなさいませ。
