Lulugo's afternoon 後編

僅かに残った力で、私はこの地へ戻ってまいりました。

霊体を現すことも、言葉を話すこともできません。ですから、この思いの一欠けらを、あなた様が、かつて私にくださった、このピンバッジに残します。

アリア・フェレオ様。私の最後のご主人様。あなた様の、優しく、気高く、美しい、魂と世界に触れていられたことに、私は歓喜いたします。

あなた様の娘、レミリア様は、あなた譲りの金色の髪と、気高い魂を持った、それはそれは美しいお嬢様でいらっしゃいます。

彼女が霊媒師と言う職業を選んだ時点で、あなた様もご承知でいらっしゃいますでしょうが、あなた様の家族の血は、これ以後続くことはないでしょう。

ですが、それであるからこそひときわ美しく輝く、宝石のような魂に、私は魅入られ、あなた方を生涯…いえ、霊体の尽き果てるまで、お守りしようと心に決めたのです。

ああ、ですがアリア様。私は、僅かの力しか持たない、唯のウサギの魂に戻ってしまいました。

この様な無様な私でも、あなた様ですから、きっとお見捨てにはならないでしょう。ですが、私はこの言葉を伝えることが出来れば、それで満足でございます。

我が身を乗っ取られると言う体験は、ひどく恐ろしいものでございました。ですが、私はこれこそ、私が霊体になってまで存在していた意味だと確信しました。

私は、数ヶ月前から気付いていたのです。私に降りかかろうとしている、精霊達の呪いを。

我が師、ボルボ・ミントンの命が絶えた合図だと、私は知りました。

そして、もう一つのことに気づいていたのです。私が、何故道具を介さなければ魔力が発現できなかったのか。

それこそが、我が師ボルボが、私にかけていた「封じ」でございました。

あの魔法道具は、精霊達の力を寄せ付けず、魔力を隠しながら「術」を使うための、隠れ蓑なのです。

私が「直接自らの力を発現する」時こそが、ボルボ・ミントンが私のために用意してくれた、私の「時間」が終わる時でございます。

もし、肉体が残っていたら、私は自らの体内にある血液を沸騰させ、もっと無残な姿で死に絶えていたでしょう。

それほどに、精霊の呪いと言うものは恐ろしいものなのです。

ですが、私はその呪いを、最良の手段として行使できたと自負しております。

ナイト・ウィンダーグ様の危険は、無事に回避出来ました。今後どのように「未来」が変わるかは分かりませんが、一時の暇は得られました。

ポール・ロドスキー氏と言う、ウィンダーグ様の雇われたエクソシストは、見事に私の「魔力」と「霊体」を切り離して下さいました。

きっと、私の身に込められた呪いをも、取り払って下さったのでしょう。私が、一匹の唯のウサギとして、次の世界に逝けるように。

ですが、私は、霊体に残された最後の力を使って、この思いを残すことを選択しました。

アリア様。あなた様がこの思いを聞き終えることが出来たなら、その時には私の魂と霊体は消滅しているはずでございます。

「なんて馬鹿なことをしたんだ」と、あなた様はお怒りになるでしょうね。アリア様は、昔からそうでございました。いつも、誰かを「慈しむ」事を忘れぬ方でした。

あなた様の弟子、リト・ロイド嬢は、非常に優秀な方でございます。

もし、彼女の身に何か起こり、彼女が自分にも分らぬ情熱に突き動かされている時がございましたら、その時は、「馬鹿なことを」とは言わず、そっと見守って差し上げて下さい。

彼女が疲れ果て、眠ることもできぬほどの苦しみに困惑していることがあれば、そっと力を分け与え、彼女がその仕事を完成させるまでを、傍らで見守っていて下さいませ。

この、田舎町オルドック。誰も居ないあなた様の家は、とてもひっそりとしております。

かつて、鬼火のエッジと、私と、レミリア様、あなた様、そしてあなた様のパートナー、テイル・ゴースト氏が、身を寄せ合い、笑い合い、「家族の時間」を過ごしたこの家は、これからどうなるのでしょう。

レミリア様は、まだフェレオの名を名乗るのか、ゴーストの名を名乗るのかを決めかねているようです。

結婚式を挙げない以上、その必要はないのだと知っていても、レミリア様は「最期に名乗る名」を探して居るのでしょう。

それが、フェレオでも、ゴーストでもない、第3の名だったとしても、悲しんではなりませんよ?

レミリア様は、自分の生涯の仕事として、死の向こうからの声を聞き、その存在に触れることを選んだのです。その時点で、もはや「人としての名」は必要ないのです。

最期まで、実に説教くさいウサギだ、とでも思い下さい。これも、私が魂をかけてお伝えしたいことの一つですから。

あなた様のお父様、リッド・エンペストリー様は、あなた様の血のつながったお父様ではない。ですが、誰よりもあなた方を思い、時には助け、時には導いて下さいます。

あなた様のお母様、ミリィ・フェレオ様も、血のつながりはなくとも、誰よりもあなた方を理解し、あなた方を守ることに対して力を惜しむ方ではない。

アリア様、あなた様は、リッド様とミリィ様の「心」を受け継いでいる、誰よりも彼等の娘に相応しい方です。

そして、あなた様のパートナー、テイル・ゴースト氏を、少年だった頃から知る者の一人として、申し上げましょう。

彼の純粋さと、欺瞞を持たぬ心を、あなた様が守り通そうとしていることは存じ上げています。彼の心を愛する事を、あなた様が生涯の仕事としていることも。

彼を、「お城の外が知りたいお姫様」と呼んでいたニンフが居ましたね。今になって、私は、あの夏祭りの日にあなた様が、生まれて初めて「やきもち」を焼いていたのだと理解しました。

もし、あの時あなた様のお心が理解できていたら、あの時のナイト・ウィンダーグ様のように、気の利いた言葉もかけられたかもしれないと、今でも私は自分の至らなさを痛感いたします。

私の、かつての恋の相手を、アリア様もご存知でしょう? 私は、彼女に対する焼け焦がれるような気持ちを持ちながら、何故アリア様の御心を理解できなかったのかを思うと、今でも涙が出てくるほど悔しいのです。

多くの至らぬ点を持った執事ではございましたが、この魂の一片が燃え尽きるまで、そのお心の側に御置き下さったことを思うと、私は、やはり涙が出てくるほど嬉しいのです。

日記の一編にでもお書き下さい。ずっと昔に、泣いてばかりのおかしなウサギを雇っていたと。

私の魂も、そろそろ燃え尽きてまいりました。それでは、アリア様、ごきげんよう。