Michele's story 9

会議用の一番大きなコテージの中に、リナとケイトと私が集まり、新しい家族の手当てをしていた。

ミシェルが言っていた通り、新しい家族は戦いで疲弊しており、右目が白濁していた。私達は、何も聞かずに彼女の右目に柔らかく叩いた麻布を巻いてあげた。

「大変だったわね」と、リナが布まきながら声をかけた。「私はリナよ。よろしくね」

目に布を巻き終わると、セシリアは小さな声で「ありがとう。リナ」と言った。

「おーい。もう良いかー?」と、外からエジソンの声が聞こえてきた。

「もうちょっと待ってー!」と、ケイトが窓から声を返した。

丸太のチェストに腰かけているセシリアは、傷のついたボディアーマーを身に着け、露出している顔や首や腕は細かな傷と痣でいっぱいだった。

アーマーを外し、その腕と首にも柔らかい布を巻いてやり、顔の痣には軟膏をつけ、木の葉っぱをはりつけてあげた。

手当てがすむと、夏服のセシリアを、分厚い麻のブランケットで包んであげた。

これから男子陣に紹介され、物珍しげに見られるのだ。ボロボロのかっこうじゃ、きっと気恥ずかしいに違いない。

「ひとまず、これで良いでしょ」とリナは言って、石で囲んだ暖炉のほうを見た。「ああ、火種が消えちゃってる。セーラ。悪いけど、焚火から火をもらってきてちょうだい」

「うん。待ってて」と言って、私は外に出た。

雪が溶けて、外は、からりと晴れていた。待ち疲れたと言わんばかりに、手持無沙汰の男子陣と鳥獣類がコテージの階段をふさいでいた。

「ちょっと、あなた達、邪魔よ」と私は注意した。「これから火を持ってくるから、道を空けておいてよね」

「ってことは、準備はまだかい?」と、せっかちなエジソンがうんざりした顔で言った。

「女性の支度は時間がかかるの」と私は言って、焚火のほうに向かった。

すっかり火の番になってしまったホナミが、焚火にあたりながら、焼いた石で炒ったナッツを食べていた。

「ホナミ。火をちょっと分けてくれない? 暖炉の種火が消えちゃったの」と、私は早口で言った。

「今、薪を替えたばっかりだから、好きなの持って行きなよ」とホナミは座っている石からどいて、私に燃えさしを取らせてくれた。

「後で火の番を代わりに来るから、ホナミも挨拶に来てね」と私が言うと、ホナミは「はいはい」と気楽に答えた。

燃えさしの火の粉が散らないように気をつけながら、私はコテージのほうに戻った。

男子陣が階段の両脇に避けて作ったスペースを通って階段を上ると、ライアンが片手でドアを開けてくれた。

「ありがと」と言って、私はドアをくぐり、持って来た火を無事に石の暖炉の中に置いた。それから、コテージの中に保管してあった干した細い木の枝に順番に火を灯し、小さな炎を作った。

「よし。じゃぁ、ならず者達を紹介しようか」と言って、リナはケイトに合図した。

ケイトは灰色の目を細めてにっこり笑うと、コテージのドアを開け、「お待たせー。入って入って」と言った。

ぞろぞろと、まず人間の男子達が、管理人を先頭にして順番にコテージに入ってきた。

それから、小型の鳥獣類、唯一の猛禽類のクアイ、それから草食獣、次に肉食獣、最後に一番体の大きい、ヒグマのワトソンが入ってきた。

彼等なりに、初対面の人間を驚かさないよう気をつけて順番を決めたらしい。

「一度に名前は覚えられないかも知れないけど、今のところこの連中と、外で火の番してるのが一人いる」と、管理人のミノルが言った。

そして、みんなのほうを向いて、「みんなに紹介する。新しい家族のセシリアだ」と言った。

「はじめましてー」と、最初に声を上げたのはワトソンだった。「私はワトソンって言います。あなたの前に此処に来ました。よろしくお願いしますね」

そこからは、自己紹介の渦だ。特に、ミノル以外の人間の男子陣は、異様に盛り上がっていた。恐らく、ケガだらけとは言え、セシリアの容貌に私達にはない美しさを見つけたからだろう。

「俺、ロビン・テーラー」

「俺はニコル・ドナルド」

「俺はジェームス・エジソン」

それから、鳥獣類達も順番に名前を挙げて行った。

セシリアはぼんやりと聞いているようだったが、たぶんミノルの言うように、一度に全員は覚えきれないだろう。

男子達と鳥獣類の自己紹介が終わった後に、ケイトが「私はケイト。こっちの赤毛の子がセーラ」と言った。

それから、ライアンが口を開いた。「此処も、時が動き出したな」

がやがやしていたコテージの中が、一気に静まった。ライアンが重要なことを話そうとしているのが分かったからだ。

「気づいたものも居るかも知れんが、このホームに馴染んだものから、順に空腹や眠気を覚えるようになる。エネルギーの回復が必要になるのだ」

ライアンは、全員に聞き取りやすいようにゆっくりと喋った。

空気の読めないロビンが、「え? じゃぁ、トイレとか行きたくなったりするの?」と聞いてきた。

ライアンはおかしそうに笑って続けた。「いや、それはないな。必要なのは、外部からのエネルギー供給だけだ。我々は、元の世界でのエネルギーの取り入れ方を『食事』として知っている」

「『食事』や『睡眠』を取ることで、エネルギーを回復できる。その現象だけが起きる」と、ライアンは締めくくった。

私は、さっきホナミがナッツを食べていたのを思い出した。あまりにも自然に食べていたので違和感はなかったが、確かに私が来て間も無くの頃は、まだ『何かを食べている者』は居なかった。

「生きているときに近くなるの?」と、私は思い切って聞いてみた。「疲れたり、ケガをしたり、頭が痛くなったり?」

「それほどでもない。狭間を通り抜けた時の状態は維持される。だが、消耗とエネルギーの必要性を感じるようになる」

ライアンはみんなを落ち着けるように言った。

「もちろん、悪いことばかりではない。傷の治癒も起こる。セシリア。お前の負っている傷も、そのうち癒えるだろう」

ひと騒ぎが終わって、男子陣と鳥獣類は夫々のコテージに戻って行った。だけど、ヒグマのワトソンだけは、おしゃべりがしたいらしく会議用のコテージに残った。

私達3人は、早くセシリアを休ませてあげたほうが良いのではと、口には出さないが心配していた。けれど、ワトソンは元の世界のことが知りたいらしく、熱心にセシリアに話しかけた。

「外の世界では、今何が起こっているのですか?」

さすがに熊らしく、何の遠慮もない聞き方をする。

「私は、戦争の始まった直後に此処に来ました。それから、何があったのかを知りたいんです。どうか、外の世界のことを教えて下さい」

「戦火は止められませんでした」と、セシリアがぽつぽつと語り始めた。「たくさんの街が壊され、たくさんの人が死にました。私も、たくさんの人を殺しました。殺されないために」

セシリアは、罪を告白するように神妙な面持ちで話し続けた。

「私は、自分の役目は終わったと思い、自ら命を断とうとしました。でも、今こうしてこの世界にいる」

そして、最後に呟いた。「私は、本当に生きていて良いのでしょうか?」

「セシリア」と、リナが声をかけた。

「あなたは、十分苦しんだ。あなたにしかできない役目もしっかりやり遂げたことを、私達は知ってるの。ミノルが言ってたわ。狭間は、救う者を選ぶって」

「私の仲間達は」セシリアは力なく反論した。「狭間の中から出てこれないまま、苦しまなければならないのに…私が選ばれても、誰も救うことはできないのに」

「何故あなたが選ばれたかは、分かるときが来るわ」と、リナは優しく言葉を続ける。「ベッドのあるコテージに案内するから、もう休んで」

「待って」と、私は止めた。「ホナミがまだ来てないわ。私、火の番を代わってあげるって言ったの。すぐ呼んでくる」

そう言って私はコテージを飛び出した。