私が薪を拾いに、森の中を散策していたときだったよ。
木々の梢がざわめいて、空気が蠢いたの。
誰かが来るんだ、と私は気づいた。
急いでコテージに戻ろうとすると、少し木々の拓けた向こうに、セシリアが立っているのが分かった。
私はとっさに声をかけようとしたけど、セシリアの様子が、何かおかしいの。
何がおかしいって言われてもよく分からないけど、見覚えのない大きな樹に向かって、頷きながらゆっくりと歩いて行っていた。
セシリアが、頬と手を、その木の幹あてて、「そう。終ったのね」って呟いてた。
私は、セシリアにそっと近づいて、「どうしたの?」って聞いたの。
セシリアは、涙を浮かべて微笑んで、「外の世界で、戦争が終わった」って言ったの。「私の国は敗戦国よ。でも、もう、誰も死ななくて済むんだわ」って。
私は、何も言葉が返せなかった。戦争が終わったのは嬉しい。だけど、負けてしまったセシリアの母国にどんな仕打ちが待っているかを考えると、何も言えなかった。
その代わりに、「この樹は?」って聞いたの。
「ジャパニーズ・ブロッサム。この樹の来た国では、桜って呼ばれてるわ」ってセシリアが言った。
「樹の声が聞こえるの?」って聞いたら、「あなたには聞こえないのね?」って逆に聞き返されちゃった。
セシリアは樹から少し体を離して、その木の枝を見上げると、私に言った。「ミノルを呼んできて。この樹の声を聞いてもらわなきゃ」
私は「分かった」って言って、薪を抱えたまま男の子用のコテージに向かった。
なんだか、私はその樹が自分と同じ身の上のような気がしたの。
男の子達のコテージのドアをノックすると、パジャマ代わりの麻布の服を着た、寝ぼけ眼の管理人が出てきた。
「ミノルおにいちゃん。新入りが来たの。でも…その…あのね、まず、外に出て」と、私は早口に言った。
「新入り? 気づかなかったな…珍しい」って言いながら、ミノルおにいちゃんはパジャマの上にジャケットを羽織って、靴を履くと外に出てきた。
森の地面は柔らかいから、私は素足のまま地面を歩いても平気だけど、ミノルおにいちゃんや、他の人達は、ほとんど靴を履かないと外に出られない。
土の湿り気が、逆に嫌なんだって。
そんなことより、私はまだ寝ぼけてる管理人を急き立てるようにセシリアのところに連れて行って、「セシリア。お待たせ」って言ったの。
そしたら、セシリアが、片手を木の幹に触れたまま、もう片手をミノルおにいちゃんに差し出したの。
ミノルおにいちゃんは、まるで勝手が分かってるみたいに、セシリアの手の平に手の平を合わせた。
「エルミナか。良い名前だな」って、おにいちゃんは樹に向かって言った。「なるほど。帰る条件は満たしてる。後は…エルミナの意思次第だ」
セシリアの力を通して、ミノルおにいちゃんと、そのブロッサム…つまりエルミナのことだけど、2人が話してるのが分かった。
後からミノルおにいちゃんから聞いたんだけど、エルミナはやっぱり私と同じ身の上だった。
空爆で焼け出されて、焼け野原に一人で取り残されて、寂しくて今にも死にそうな気持だったんだ。
戦争が終わったすぐ後に、何処かの国の飛行機が飛んできて、エルミナに向けて焼夷弾を投下したの。私も楽になれるんだ、ってエルミナはそう思ったんだって。
その途端に、「狭間」の水の中に落ちこんだ。エルミナは、「これが死か」って思って、全部を自然にゆだねようと思ったの。
エルミナには目はない。息はずっとしてる。あの水の中でも、そのまま枯れ朽ちる事を選んだの。
だから、「狭間」から抜け出せた。そして、この森に来た。
ミシェルには、このことは説明しなくても分かるんだっけ。
私も、「狭間」の中に落ちた時は、エルミナと同じ気持ちだったから、なんだか自分のことみたいに思った。
エルミナの選択は、「共存」だった。エルミナは、すぐにこの森の木々達に受け入れられた。もちろん、私達にも。
私は、エルミナをブロッサムだと思ってたから、春が過ぎたらチェリーが食べられるのかなって思ってたんだけど、エルミナの枝につく実は、食べるのには適して無いんだって。
それから、エルミナの実を地面に植えても、芽は出ないの。あんなに綺麗な花を咲かせるのに。
セシリアが、「エルミナが、『ムゥに残念な思いをさせてごめんなさいって伝えて』って言ってたわ」って教えてくれた。
それを聞いた私は、通じるか分からないけど、エルミナの所に行って、「私、エルミナがいてくれて嬉しいよ。だって、私とおんなじだもん」って言ったの。
エルミナは、青い葉のついた梢を揺らして答えてくれた。
それから、私とエルミナは友達になったの。
色んなことをエルミナに話したわ。
ママ達とはぐれて寂しかったことや、誰も居ない廃墟をご飯を探して歩きまわったことや、知らない国の兵隊さんが、廃墟の中にいた私を見つけて、ビスケットの袋をくれたこととか、色々。
私は兵隊さんが怖くて、袋入りのビスケットをひったくるとすぐ逃げちゃったんだけど、兵隊さんも追いかけては来なかった。私が怖がってるのが分かったみたい。
それより、ミシェル。エルミナの所に行ってみよう。今、葉っぱが真っ赤な色になってて、すごく綺麗だから。
