焚火を囲んで、時々俺達は昔話をする。
外の世界に居た時のことや、この森に来てからのことが主だ。「狭間」に落ちた時のことは、あんまり話さない。
みんな似通った境遇だし、夫々の「狭間」について思う事は、夫々の問題だってことを、暗黙の了解で分かってるからだ。
ある団欒の時、赤毛のセーラがこんなことを言った。
「あたしね、外の世界に居た時、ちょっと音楽を習ってたの」
「どんな音楽?」と、リナ姉が聞いた。
「オペラよ。オペラ歌手になるのが夢だったの」と、セーラは言う。
ははーん。これは、歌いたがってるな? と思った俺は、「聞かせてよ」と言って、拍手をした。
手を鳴らせるみんなから、賛同の拍手が送られた。
セーラは、我が意を得たりとばかりに、立ち上がって、深呼吸をすると、その小柄な体のどこから声出してんだってくらいの声量で、まさに響き渡る歌声を披露した。
大体の場合、異国の言葉も動物の言葉も、みんな自分の知ってる言葉に置き換えられて聞こえるのだが、この時のセーラの声は、オペラの歌詞のまま耳に入ってきた。
ビブラートの効いた歌声が、強まって、そして止んだ。
セーラが一礼した。
俺達は、「いやー、すごかったすごかった」と囃し立てて、2度目の拍手を送った。
「これが歌と言うものか」虎のメディウスが言った。「なるほど、ただの唸り声や遠吠えでは無いな」
「歌を聴くのは初めて?」と、年中パジャマ姿のケイトが明るく訊ねる。この森に来た時からパジャマを着ていたので、着替えがないんだ。
「ジャングルに居た頃は、時々、何処かの人間の群れの祭りで、遠吠えのような声を聞いたことがある」と、メディウスは答えた。
「遠吠えじゃなくて、それが歌だよ」と、この森の最年少者になった、5歳のムゥが言った。
ムゥは、外の世界で戦争が終わりかけた頃にこの森に来た。珍しく、事故や他殺や自殺じゃなくて、飢えて死ぬ直前に、「狭間」に落ちたのだそうだ。だから、来た時は自分で歩くこともできなかった。
来た時はガリガリにやせ細ってて、ノル兄がすぐ見つけなかったら、このホームで初の死亡者になるところだった。
ノル兄がムゥを見つけた時、珍しく大慌てで大声を出して「すぐ、クルミ持って来い!」って言ってたのを俺はしつこく覚えている。
以前、ライオンのライアンが「回復も起こる」と言っていた通り、炒って砕いた木の実を食べるようになったムゥは、たちまち元気を取り戻し、子供らしい体格に回復するまでになった。
ムゥは、なんにしろ良く働く。
休憩中も、何かしてないと落ち着かないらしく、俺達が昔話に花を咲かせている今も、ホナミから教わった「あやとり」って言う、糸で色んな形を作って遊ぶ方法で暇をつぶしている。
「ロビンは、何か特技とかない?」セーラが無茶ぶりをしてきた。
「特技…カンナかけとか見ても面白くないんじゃない?」と、俺は答えた。
「カンナって何?」ムゥの疑問が飛んでくる。
「えーとね、木を加工するときに、木の表面を整える作業に使う、大工道具。ライアンが持ってるよ」
俺がそう言うと、ライアンは道具袋から、カンナを取り出して、ムゥに見せた。
「刃の部分を触るなよ。指を切るぞ」と、ライアンはカンナを調べているムゥに言った。
リナ姉が気づいたように言った。「そうそう。ムゥのためのベッドを作ってほしいの」
リナ姉が説明するところによると、ムゥは今まで女子の誰かと一緒に眠っていたらしいのだが、寝相が悪いらしく、一人でゆったりと眠ったほうが良いのでは、と言う話だ。
「そう言う事なら任せてくれ」ドナルドが乗り気で申し出た。
「だけど、女子のコテージは、もう1台ベッドを置くスペースはあるのかい?」エジソンが疑問を提示する。
「普通のベッドは置けそうにないけど、子供用のベッドなら、少し棚をどかせば置けるわ」とリナ姉。
「こんばんは」と、誰もが一度は聞いたことのある声がした。ミシェルが様子を見に来たんだ。「みんな、だいぶ慣れてきたようね」
おっと。セシリアのことを忘れていた。セシリアとミシェルが直接話すのは初めてだ。
「ミシェル。セシリアとは初対面だよね?」と、俺は聞いた。
「そうね。はじめまして」と、黒猫のミシェルは言った。
「はじめまして。ミシェル。ようやく会えてうれしいわ」セシリアはそう言って、片手を差し出した。
ミシェルも、前足の片方を器用に差し出し、セシリアと握手をかわした。
セシリアは、ノル兄がこの森の管理人になった時のように、ミシェルが選んで「狭間」に導いた様なものなのだが、直接ミシェルが連れてきたわけではない。
この森の事情も複雑になってきたもんだ。俺が来た頃は、まだノル兄とホナミとリナ姉と…後は誰が居たっけ?ってくらいに、記憶に遠い。
俺が来た時の事情は、ごく簡単なものだ。学校に行く途中、遅刻を気にして赤信号の横断歩道を走り抜けようとしたら、車に轢かれかけた。その途端、「狭間」の水の中にどっぼーん、だ。
走っていた途中だった俺は、息を止める暇も無く、まともに「狭間」の水を吸い込んでしまった。
俺の人生終わったと、あっさり諦めると、この森の中に投げ出された。
目を開けてる暇すらなかったのは、運が良かったんだろう。
最初は、しばらくこの森に滞在したら、外の世界に戻るつもりでいた。だが、ライアンが来てから気が変わった。森の暮らしが、俄然面白くなって来たからだ。
将来…と言っても、体は成長するわけではないようだが、いつか一人前の大工になって、ライアンみたいに何処かのホームの「教師」になるのが目標だ。
別のホームに移住すると、自分の名前と元のホームの記憶はほとんど忘れてしまうようだが、俺が居なくなった後でも、ここのホームの住人が、俺を覚えててくれたら嬉しいかな。
