木製のまな板の上で、鋭い刃のついたナイフが器用に動き、トントンと木の実と香草や野草を細かく刻んでいる。
「サバイバルの知識がある人が居ると、助かるわ」と、そのナイフを扱っているリナが言った。
「この陶器の鍋…誰が作ったの?」と、サバイバルの知識の持ち主であるセシリアが、大人が一抱えはある大きな鍋を見て言う。
「みんなで」トイプードルのタックが答えた。「大変だったんだよ。粘土を探すところから始めてさ」
「タックは観てただけでしょ?」と、ケイトが言う。「粘土細工は男の子の仕事なんだけど、さすがにこんなに大きいお鍋を作るのは大変だったから、私達も手伝ったの」
水のはられた鍋は、会議用のコテージの暖炉の中でゆっくりと熱せられ、小さな泡を立て始めた。
「腹へったー」と言って、ロビンがコテージに入ってくると、手近な椅子に座ってテーブルの上に突っ伏した。「今日のメニュー、何?」
「ナッツとハーブのスープよ。調味料が無いから、味は天然由来だけどね」セーラが言う。「海か山が近ければ、塩も手に入るのにね」
「塩が懐かしいよ」と呟くロビンの後から、力仕事に行っていた男子達と動物達がコテージに入って来た。
「良い匂いの湯気だな」大柄なドナルドが、大工道具を入れた袋を片手に言う。「なんてったっけ? このにおいはセージかな?」
「大当たりよ。意外と詳しいわね」と、リナが感心していた。
「食べ物には詳しくなるさ」ドナルドはちょっと得意そうだ。「仕事の他の楽しみって言えば、食事か睡眠だもんな」
「ムゥのベッドが完成したよ」後から入ってきたエジソンが言った。「マットレスとブランケットは出来てる?」
「もちろん。シーツも毛布もあるわ」リナが代表して言う。「だけど、ホナミが手を擦りきらせちゃったから、誰かに糸づくりを代わってもらわなきゃならないの」
珍しく火の番をミノルに譲ったホナミは、席についたまま皮膚が擦り切れて真っ赤になった両手を差し出して、「このありさま」とぼやいた。
「なるほど。回復も起こるけど、消耗も起こるって、こう言う事か」今更のようにエジソンは納得している。
「メディウス達の食事は?」ロビンが気づいたように言った。
「クルミを焼いておいたわ。スープは食べづらいでしょうから」と、リナ。
「ワーゼ達が、木の実は細かくしてくれると食べやすいって言ってたよ」と、ムゥが言う。
「ワーゼ達の声って、キンキンしてて聞こえづらくないかい?」とエジソン。
「そんなことないよ。私には普通に聞こえる」と言うムゥは、幼い分、高音域が聞こえやすいのだろう。
外の池の水鏡に浮かぶ、コテージの中を覗いていたミシェルが、ミノルに「ワーゼって、あのインコの?」と聞いた。
「ああ、名前が無かったから、俺が名付けた」火の番をしながら、ミノルは答える。「その時点で、森暮らし決定」
「お仕事ご苦労様」ミシェルはそう言って、火の前に座っているミノルの横に座り、手足を折って丸くなった。
「あなたが此処に来てから、だいぶ経つわね」ミシェルが言い出した。「外の世界のことを思い出したりする?」
「何処にでもいる高校生だったんでね」ミノルは苦笑しながら答える。「あんまり、思い出すこともないかな。毎日、学校通って、ゲーセンか、喫茶店か、カラオケ行って、家帰って飯食って眠るだけ」
「あら。意外と充実してたんじゃない」と、ミシェル。
「そりゃ、1日2日なら面白いかもしれないけど、7歳から10年間ほとんど同じなら、つまんない毎日だよ」
ミノルは焚火に枯れ枝を足しながら言う。
「将来のこととか、何にも考えて無かったもんな。特技があったわけでもないし、夢や希望があったわけでもないし」
それから、ミノルとミシェルは少し黙って、談笑の漏れるコテージを焚火越しに眺めていた。
「なぁ、ミシェル」ミノルが切り出した。「なんで、俺を管理人に選んだんだ?」
「私も、ごく普通の猫だったからよ。毎日、眠って起きて、ご飯を食べて、玩具で遊んでるだけ」
ミシェルは、誰にも話さなかったことを初めて口にした。
「でも、別のホームの『狭間』を通り抜けてから、元の世界が、自分が思っていた者とは全然違うんだってわかったの。私が自分のママだと思ってたのも、ただの人間の老婆だったわ」
ミシェルが話しを続けたいんだろうと察して、ミノルは黙って聞いていた。
「最初に『狭間』に落ちた時、私はまだ子猫だった。それから、飼い主の老婆が死ぬまで、ずっと一緒に暮して居たわ。でも、自分が理解していることが、人間には伝わらないんだと思ってもどかしかった」
「そのばあさんが死んだ後、どうしたんだ?」
ミノルは聞くともなく聞いた。
「その老婆が言ったの。『ミシェル。いつか、ずっと一緒にいれる場所で会いましょう』って。私は、その場所を探すことにした。そのために、一度帰って来た『狭間』にもう一度入り込んだの」
ミシェルの告白は続く。
「『狭間』に入り込めるか、死んでしまうかは、賭けだったわ。でも、運は私に味方してくれた。私は、別のホームで、言葉と能力を手に入れた。それから、そのホームの管理人に、ガイドの仕事をもらったの」
「へぇ。あんたも、雇われの身だったとわね」とミノルは面白そうに言う。「てっきり、猫の姿した神様かと思ってたよ」
「お生憎様。ちょっとよくしゃべって、すこ~しだけ物を知ってる、ただの猫よ」とミシェルは明るく返す。
「ひとつだけ気になるのはな」ミノルが言い出した。「俺がこの森に来てから、外の世界で何年経ったかってことなんだよ」
「意外と気にしてるんじゃないの」と言って、ミシェルはくすくす笑った。「何年経過したかは分からないわ。時間は伸縮するからね。少なくとも、あなたが『普通』に生きられる期間は終わってるわ」
「だろうとは思ってたけど、実感わかないな」ミノルはそう言って、焚火の灰を掻いた。
