Michele's story 16

私はエルミナ。種族と言えば、樹木と呼ばれるものだ。

春に枝に房状の花をつける。その花が人間にとっては美しく珍しいものらしい。

私に幼少期の思い出はない。気づいたときには本体の木から分離され、接ぎ木と言う方法で、若木になるまで育てられた。

私の遺伝子には、子孫を残す機能が欠落している。私の本体だった木も、同じだ。

私が切り離されるとき、本体の木から信号が送られてきた。

「私達は、今、姉妹として分離される。私達を生み出し、私達を育んだ、人間達に寄り添うこと、それがお前の使命だ」

私は若木になった頃、他の姉妹達と一緒に船に乗せられ、海を渡った。

別れ際に、姉である木から送られて来た信号を、忘れてはいない。

みんな、その思いを抱えながら、見知らぬ地の公園に、一列に並んで植えられた。

私達が無事に根付き、枝に花をつけるようになった。ある日、とある女性が、「あら。これはなんて言う花かしら」と言って、私達をしげしげと見ながら、何か探しているようだった。

女性が見つけたのは、樹の名前を書かれたネームプレートだった。

「そ、め、い…よ、し、の。変わった名前のブロッサムね」女性はそう言って、もう一度私達の枝を見回すと、別の女性の、「リナ! 遅れちゃうわよー!」という声に呼ばれて、公園を出て行った。

私は、自分達の種族につけられた名前を、その時初めて知った。私は「ソメイヨシノ」。それが私達のアイデンティティ。その名を冠することか、私達の誇り。

何年語った頃、私達は、遠くから見れば、まるで薄紅色の雲のような花を付けられるようになった。

その日は突然来た。

何処かの国が、宣戦布告をテレビとラジオで報じ、戦争を始めたのだ。

私達は、植えられた土壌から動くことは出来ない。一本、また一本と、空襲の爆撃で、根元から折られたり、青い葉を付けつつあった小枝を焼き尽くされたりした。

私も、一度、爆撃の余波で数十本の梢を折られたことがあったが、他の木々より成長の遅かった私は、運よく爆撃の的にはされなかった。

空襲の中、一人の少女が、泣きながら私の幹に縋りつき、雨のように降り注いでくる火の粉を、どうにか避けようとしていた。

私は、小枝に備えた葉をいっぱいに開き、火の粉から少女を守った。

少女は、運よく救援隊のジープに発見され、炎の雨の中から、無事に逃げることが出来た。

戦争は、何年も続いたようだ。私は人間のように暦を読んだりは出来ないが、日射しや気候の変化で、何年か経ったのが分かった。

炎の雨がやんで、かつて公園だった廃墟に、私は一人取り残された。

同じ公園にいた姉妹達は、みんな焼き尽くされて死んでしまった。住民達も、一人残らず逃げ出して、久しい。

何処かで、トランペットの音がした。どうやら、この国は多大な被害を出したものの、勝利を収めることが出来たようだ。

そうか。終ったのか。

私は、灰の舞う公園の中で、一人思った。何処かから、聞き覚えのある音が聞こえてきた。

一機の爆撃機が、残り物らしい爆弾を、私に投げた。

私は自分の最後を悟り、炎がこの身を焼き尽くすのを待った。

突然、水の中に落とされたような感覚がした。私は何も思わなかった。

気づくと、見知らぬ森に私は根を下ろしていた。

ごうごうと、森の木々がざわめいている。

最初に私の存在に気づいたのは、軍服を着た一人の女性だった。

「あなたは誰?」と、その女性が心で私に語り掛けた。私も、心の中で答えた。「私はエルミナ。私はブロッサム。私は、『ソメイヨシノ』」

軍服姿の女性は、頷きながら私に近づき、何か察したようだった。彼女は言った。「そう。終ったのね」。

私は、かつて私の幹に取りすがって泣いていた少女を思い出した。軍服姿の女性が私の幹に触れると、私の思いが勝手に流れ出て行った。

女性は私に頬を寄せて、静かに私の思いを吸い取ってくれているようだった。

森の木々達は、すぐに私を仲間として受け入れてくれた。「随分大変だったようだね」「安心おし」「火傷は治って居るよ」

数々の木々の声を聞いていると、さっきの女性のところに、小さな女の子が声をかけてきた。

二人は何か会話し、女の子が誰かを呼びに行った。

しばらくして、一人の少年を連れてきた。一見、ただの青少年のように見えるが、年経た老木のような気配を持っている。

軍服の女性が、私の幹に片手を振れたまま、少年に手を差し出した。女性の手を通して、私の声が少年に届いたのが分かった。

「エルミナか。良い名前だな」と、少年は声に出して私に語り掛けた。私は、仲介者を通して、少年に事情を説明した。

元の世界に還るかどうかを聞かれたが、私は焼野原と化した元の世界に心残りはなかった。

「私の使命は、人間に寄り添うこと。私が此処に来たのは、きっとここにいる人間達に寄り添うため」と答えた。

「そうか」と、少年は答え、私はそれからこの森の一員となった。