Michele's story 19

この森も、だいぶ入り組んできた。人間の数は、増えたり減ったり。動物達も、人間のように2足歩行するようになり、前足を手のように使うものも出てきた。

僕が来た時は、焚火があるだけの唯の森だったのだが、今は、畑と水源があり、人間や動物達の住むコテージも増えてきた。

人間のように振舞えるようになった動物達は、それまでの『家畜小屋』に似たコテージを嫌い、人間のようにベッドを備えたコテージに住み、テーブルで食器とカトラリーを使って食事をすることを好んだ。

コテージを増やしている間も、新入りはどんどん入ってきた。古株も、新入りも、一緒になって自分達の住む場所を確保しようと、熱心に働いていた。

僕はある時、いつものように焚火の番をしていた。麻糸を作る仕事は、今は他の新入りがやってる。

僕が紡ぎ方を教えたのだが、僕より細い糸が紡げるらしく、布づくり部隊に重宝されているようだ。

僕は、手の皮を擦りきらせる必要もなくなり、焚火を眺めながら、ぼーっとしている時間が長くなった。

異変は、間もなく起きた。空が陰り始め、僕はこの森に来て初めて「夕陽」を見た。

「こりゃ、本格的に『時』が動き始めたな」と思っていると、珍しく、ライオンのライアンが、僕に話しかけてきた。

「ホナミ。ミシェルからの伝言だ。お前には、このホームを出て、元の世界に還るチャンスがある」

僕は一瞬なんのことかと思ったが、僕は最初に聞かされた、「狭間」のルールや、この森のルールを忘れかけていることに気づいた。

ライアンはこう言った。

「お前のように、管理人の失敗で『ホーム』に取り残された者には、特例が与えられるそうだ。お前の運命が『死』に向かう前までを巻き戻し、安全を守れる時代に還ることが出来る」

「巻き戻すってことは…この世界でのことは忘れるってこと?」と、僕は聞いた。

「そうだ」とだけ、ライアンは答えた。

「そっか」と僕は答えた。僕はもう、この森には必要ないんだ。「じゃぁ、素直に帰ることにするよ。ここに居ても、何も仕事がないのは僕だけだ」

「お前は、ずいぶんと長くこの森に居たらしいな」と、ライアンが言った。「だが、最後までこの森にはなじまなかった」

「別に、馴染む馴染まないじゃなくて、一人でいるのが好きだっただけだよ」僕はため息をつきながら言った。「さぁ、帰るなら帰るで、さっさと済ませよう。日があるうちにね」

「その茂みの、獣道を通って行け。決して、後ろを振り返るな。来た方向が分からなくなるだけだ」ライアンはそれだけ言って、僕を獣道に促すと、「さらばだ」と呟いた。

僕は、何かを振り払うように、獣道に駆け込んだ。頭の中を、色んなことがよぎる。

初めて、ミノルに逢った時のこと。ミシェルが喋ってるのを見て、驚いたこと。リナ、ケイト、セーラ、僕にはなじめなかった「女の子」の世界を、僕は遠くから眺めてた。

別の世界に行く間際、ロビンが知らないうちに僕を気に入ってくれていたのを、打ち明けてくれたこと。ある時から、急に動物達に対して教育熱心になった、冴えない2人組の奮闘のこと。

セシリアとムゥの顔が、ふと頭をよぎった。僕が火の番をしている間、ずっと側に居た、桜の樹、エルミナのことも。

僕は、いつも全部を遠くから見ていた。あの世界に行ってから、ついこの間まで、カメラのファインダーを、覗く気にもならなかった。

「ホナミ。いつか、みんなの写真を撮って」

リナからそうせがまれ、僕はその時のために、木を削って三脚を作ってた。

久しぶりに覗いたファインダーは、曇ることも汚れることも無く、いつも通りに僕の視線を四角いフレームに収めた。

タイマー機能が生きていたのが幸いだった。僕は、「家族写真」に、ちゃんと仲間入りできた。

視界が真っ暗になった。だけど、僕は走り続けた。ライアンのお別れの声が、頭の中で鳴った。「さらばだ」。

そうだね。バイバイ。なんで、僕は別れの言葉くらい残してこなかったんだろう。


目が覚めると、ベッドの上だった。寝ぼけていたけど、その日が中学校の入学式だってことは思い出した。

普段は何も干渉してこない父親が、「穂波。入学祝だ」と言って、一眼レフのカメラをくれた。「フィルムも入れてある。好きなものを撮りなさい」

僕は、制服に着替えて、鞄と一眼レフを入れたカメラバッグを持つと、1階に下りて行った。

「穂波。スカート丈、短いわよ」と、母親がいつも通りイライラした風に声をかけてきた。

「これ、採寸の時からこの丈だよ」と僕は答えた。「ストレスたまってるなら、ボクシングジムでも通ったら?」

「あー、もぅ。なんで女の子なんて産んじゃったんだろ」母親は聞こえよがしに言う。「男の子がほしかったのに」

僕は、キッチンに置いてあった食パンを勝手に食べると、物も言わずに家を出た。

父親からもらったカメラを、なんに使おうか考えていた。新しく入学する中学校の前で、桜が満開に咲いていた。

なんだか知らないけど、僕はその桜に惹きつけられるものを感じた。僕はカメラバッグからカメラを取り出し、桜の写真を数枚撮った。

「君。何を撮っているんだい?」と、灰色の髪でスーツ姿の、胸に「斎藤」と言う名札を付けた、しわくちゃな爺さんが話しかけてきた。

「桜の花を…綺麗だったから」と、僕は自分でも驚くような答えを返した。

「まだ新しいカメラだね。買ってもらったばかりかい?」爺さんは勝手に話を進めながら、「こっちに来てみなさい」と、僕を校庭に連れて行った。

校庭は、ぐるりと一周、満開の桜が包み込んでいた。「この学校で、一番綺麗な桜を探してみると良い」

僕は、若木から姥桜まで、色んな桜を見て、写真に収めた。

校庭の周りを一周してくると、さっきの爺さんが聞いてきた。「どれが一番綺麗だったかな?」

僕は、一本の、まだ枝ぶりも良い姥桜を指さした。

「ふむ。なるほど。君とは、気が合いそうだ」と爺さんは言った。


部活動を選ぶとき、僕は写真部を選んだ。だけど、さすがに中学校に入学したてで一眼レフを持ってる奴なんて、僕くらいだった。

「鈴木さん、すごいね」と、同じ部活の女の子が話しかけてきた。

「カメラのこと?」と、僕は聞いた。

「違うよ。顧問の先生が言ってたの。鈴木穂波君は、審美眼があるって」

「顧問の先生って誰?」と僕は聞いた。

女の子は、あははは、と乾いた笑い声をあげてから、「知らないの? 理事長の斎藤先生だよ」と答えた。

あの時の爺さんか、と僕は納得した。


無事に中学校を卒業し、高校に進学してから、僕は一人暮らしを始めた。

相変わらず写真を撮っていた。主なモチーフは、自然。何気に、写真部の顧問の爺ちゃんに褒められたのが嬉しかったのかもしれない。

ある日、撮ったフィルムを自宅に作った暗室で現像していると、あるフィルムに、見知らぬ集合写真が写っていた。

「なんだろう?」と思いながら、写真の像が鮮明になってくるのを待ち、完全に乾いてから光の下に持って行った。

草木染らしい、薄いリーフグリーンのワンピースを着た、外国人の女性を中心に、色んな人や獣達が、ぎっしりと写真に納まっている。

その後ろに、桜の樹があり、花が咲いていた。とても美しい花だった。

僕は、その集合写真の手前でVサインをしている、中学生だった頃の自分を見つけた。