Michele's story 20

私はその日も、色んな「ホーム」や「狭間」を行き来していた。

時々突然現れる、狭間に入り損ねた「迷子」の世界に行くのにも、だいぶ慣れた。

昼と夜が訪れるまで進化したいくつかのホームの古株を、別のホームへ送ることも増えてきた。

私が自分の「ホーム」を訪れる時は、一休み程度の時間しかないことが多い。でも、その時は偶然、自分の「ホーム」に夜が来ていた。

岩をくりぬいて作ったアパート…と言うより、既にマンションみたいな岩壁の窓から、灯りが漏れている。

「シェンナ。起きてる?」と、私はホームの管理人に声をかけた。

「起きてるよ。さぁ、入って」と、シェンナは以前洞窟だった、マンションの出入り口の扉を細く開けた。

「私の知ってる『ホーム』にも、粗方、夜が来るようになったわ」と、私はバーカウンターのような椅子に座り、報告した。

「そうかい。でも、『狭間』は、今でも何処かに出口を作ってるからね。新しい管理人が必要な『ホーム』も出てくるよ」と、シェンナは言った。

「私も、時々思うんだけど」と、私は聞いてみた。「狭間って、誰が作ったの?」

「さぁ?」と、シェンナは興味もなさそうに言った。「私を、この崖の管理人に選んだ者に聞けば、分かるかもね」

「それって誰?」

「誰だろ?」と、シェンナは夢を見るような目をして言う。「この世界に、少しの『赦し』をもたらした者かもしれない」

「『赦し』か」私は言いながら、常に自分が見ている「狭間」の中を思い浮かべて、「残酷な『赦し』ね」と呟いた。

「死んでしまったほうが楽だと思うなら、その可能性を奪う何かかも知れない」と言いながら、シェンナは普段抹茶を立てる器に、ふわふわのミルクを泡立ててくれた。

「でも、私は、この世界に存在できるだけで十分さ」

シェンナは、ミルクの入った器を私の席のテーブルに置き、こう続けた。

「私は、外の世界に居た時、何も助けられなかった。何も守れなかった。どんな薬を作っても、死んでしまう人は居る。どんなに説得しても、自ら死を選ぶものも居る」

「シェンナも、誰かを探していたの?」私は、私の飼い主だった老婆を思い浮かべながら言った。

「誰も探して無いよ。外の世界に居た時は、薬師だったんだ。実験中の薬品が爆発して、その途端、この世界に導かれた」シェンナは、あっさりと言う。

「その、導いたものって?」

「なんだったかは分からないよ。でも、光を纏ってた」

「神様ってもの?」

「さぁ? 私は、何かを指図されたわけでもないし、何かを教えてもらったわけでもない。光の後を追いかけて行ったら、この崖に出た。それだけさ」

「でも、シェンナは自分の仕事が分かってたんでしょ?」私は言う。

「色々、失敗してからね」シェンナは、自分の分のお茶も用意し始めた。「審査の基準から、方法や、あの大鷲を育てるまで、苦労はあったんだよ?」

今じゃ、御殿のような立派な「狭間」に住んでる管理人にも、苦労した時期があったのかと知って、私は自分のことのようにため息をついた。

「私は、いつおばあさまに逢えるのかしら」と呟くと、シェンナは「何処にいるかは分からない。でも、約束をしたなら可能性はある」と励ましてくれた。

シェンナは、私の器に自分の器をぶつけて、「乾杯」と言うと、抹茶を美味しそうに飲んだ。

私も、人肌程度の温度にしてくれたミルクをなめながら、今後を憂いていた。


久しぶりに自分のホームで眠りにつき、起きる時には日も高く昇っていた。外に出ると、私の目の瞳孔がきゅっと細くなった。

「おや。お久しぶりですな」と、設計士のロバートの声がした。自分の仕事に満足したような顔で、崖を見上げている。

「一体、なん部屋あるの?」私もずらりと並んだ窓を見上げながら聞いた。

「さぁ?」と答えるこの人も、すっかりシェンナの口癖が移ってしまっている。「今でも増築中なので、分かりかねます」

「頑丈な岩でできててよかったわ」と私が言うと、何処かでまた、狭間に入り損ねた「迷子」の所へ導く空間の歪みが出来た。

「本当、休んでられないったらないわ」と私が言って、歪みのほうへ歩いてくと、背後でロバートが「お気をつけて」と言っていた。

綿の上を歩いているような、霧の上を歩いているような、おかしな感覚の空間を通り抜けると、尻尾の先で歪みが閉じた。

いつも通り、死にかけている子がいる。

私は、声をかけやすい距離と角度を測りながら、その子に近づいた。


ある日、私は夢を見た。夢の中で、私はようやくおばあさまを見つけた。おばあさまは、小さな子猫を抱いて、公園で日向ぼっこをしていた。

おばあさまが、何か言いながらその子猫の背を撫でている。「ミシェル。分かる?もうすぐ、夏が来るのよ。日差しが強くなって、風がとても心地好くなるの」

生まれてから1年しか子猫でいられない、その小さな私は、初めて聞く季節がどんなものか、想像を膨らませていた。

私は、おばあさまの足元に近づき、「覚えていらっしゃいますか?」と声をかけた。

子猫が私の声に気づいた。そして、自分がもう過去のものであることも。幼い私は、未来の私を見て、これからの運命を知った。

子猫の私は、おばあさまの手の下から逃げ出した。「待って。ミシェル。何処に行くの?」と、おばあさまは驚いて立ち上がろうとした。

「おばあさま。私はここにいますよ」私は、猫の声で呼びかけた。おばあさまはその声に気づいて、「そこにいたのね。いたずらっ子さん」と言って、私の頭をなで、抱き寄せた。

私はその手に甘え、深く眠りに就いた。約束は、果たされたのだ。