Michele's story 4

古びた家の裏庭に、9つの踏み石がある。

物陰から誰もいないことを確認したミシェルは、その踏み石の7つ目と8つ目の間にある「歪み」を見つめた。

そして、さっとその「歪み」に飛び込んだ。

深い場所を降下してゆく感覚が全身に走る。

ミシェルが猫でなければ、きっと悲鳴を上げてしまうかもしれない。

すとんと降りたその場所は、切り立った崖が囲み、苔の生えた地面と日差しを遮る岩場があった。

「シェンナ。今帰ったわ」とミシェルは岩場に声をかけた。

岩かげから、髪が地面につきそうなほど長い、ほつれた服を着た女の人が姿を現した。片手に、香ばしい香りのする木の実の入った籠を持っている。

どうやら、シェンナと言うのは、この女の人の名前らしい。

「おかえり。相変わらずかい?」と、苦笑まじりにシェンナが言った。

「何度言っても失敗続きよ」と、ミシェルはため息をついた。

「最初のうちはそんなもんさ」と言って、シェンナは岩かげに来たミシェルに、「食べるかい?」と言って、持っていた籠から炒ったクルミをつまんで見せた。

「もらうわ。あちこち出入りしなきゃならないと、疲れちゃって」

ミシェルはそう答え、岩かげの向こうにくりぬかれた洞窟の中に入って行った。

洞窟の中は、部屋のようになっていて、火を灯した通路が奥へ続いていた。

入口に近いその場所は、風通しもよく、干されている木の実や、壁にあけられた棚のような穴に、色々なものの詰まった保存容器がずらっと並んでいる。

「シェンナの部屋は、本当によくできてるわね」とミシェルが、バーカウンターのように岩をくりぬいて作られた椅子の上に座りながら言った。

「常にここで審査しなきゃならないからね。ここも、だいぶ大所帯になってきたから」

と言いながら、シェンナは小皿に一杯分のクルミを入れ、残りを保存瓶に入れて棚にしまった。

テーブルの上に差し出されたクルミを、ミシェルはキャットフードのように食べた。

ミシェルは、クルミを食べながら何気なく聞いた。「居住区はもうできたの?」

「もう少しだね」とシェンナは言った。「中央に広場を作るんだって、意気込んでるから」

そこに、カラフルなオウムが、バサバサと羽を揺らしながら飛んできた。

「伝言。伝言。広場に水辺を設けたいのだが、噴水はつけるべきか?」と、オウムはすらすらと言った。

「つけるべきじゃないね」とシェンナは答えた。「湿気で鬱陶しくなるだけさ」

それを聞いて、オウムはくるりと向きを変え、「伝言。伝言」と言いながら通路を飛んで行った。

「羽ばたかなくても、飛べるのにね」と、小声でシェンナが呟く。

「素晴らしい行動力ね」

と、ミシェルはすっかり感心して言った。

「みんながここに残りたがるのが分かるわ。新しいところの子は、まだ火をおこしただけよ」

「頭数がそろわないうちは、そんなもんさ」とシェンナは言って、「クルミをもう少し食べるかい?」と勧めてきた。

「もうお腹いっぱいよ。ごちそうさま」とミシェルは答えて、皿を片手で持ち上げシェンナに手渡した。

ミシェルの耳が、「歪み」の発生する音を聞きつけた。

ミシェルの背にしている岩壁に、陽炎のような揺らぎが出来ているのが見える。

「狭間に入り損ねた子がいるみたい。ちょっと出かけなきゃ」

と言って、ミシェルは岩壁に現れた「歪み」のほうへ歩き出した。

「気をつけるんだよ」と、シェンナは声をかけた。

「ありがと。じゃ、またね」と返事をして、ミシェルは岩壁でうねっている「歪み」の中へ飛び込んだ。


深い霧がミシェルを包んだ。何度通っても、その感覚には慣れないようで、ミシェルは足元をふらつかせながら霧の中を通り抜けた。

歪みが尻尾の先で閉じたのが分かった。辿り着いた場所は、焼けつくような日光の注ぐ砂原だった。

「何処かしら? 砂漠?」とミシェルは呟いた。砂を踏みながら歩いてゆくと、一羽のコンドルが砂の上に倒れていた。

片羽が少しよじれて出血している。ミシェルには、事のあらましが大体予想がついたようだ。

「誰に撃たれたの?」とミシェルはコンドルに声をかけた。

「分からない」とだけコンドルは答えた。

「これから、あなたを生き延びれる場所に連れて行ってあげる」とミシェルは言った。