Michele's story 7

竹を半分に割って作った樋を伝って、水は勢いよく流れこんだ。

岩や石を敷き詰めた手作りの池と川に水が流れると、手を鳴らせる数名と数匹から、パチパチと拍手が送られた。

「お疲れ様。さっそく一杯飲んでみる?」と言って、リナ姉が木造りのコップを差し出した。

俺はそれを見て、「すげぇじゃん。作ったの?」と聞き返してしまった。

「もちろんよ」と、リナ姉は工作係の女子達と顔を見合わせ、フフッと笑った。そりゃ、作らなきゃないんだから、作ったのは当たり前なのだ。

俺は樋から流れ出る綺麗な水をコップにため、ごくごくと一気に飲み干した。体中に沁みわたるみたいに美味かった。

「ノル兄も飲んでみなよ」と、俺はコップに再び水をため、管理人に渡した。

「どれ」と言って、ノル兄もコップの水を飲み干した。「あー、水ってこんなうまかったっけ」

「どれだけ水飲んでないんだよ」と俺は思わず笑ってしまった。

「え? 百年くらい?」と、ノル兄はふざけて言ったが、その年月は案外冗談じゃないかも知れない。

でも、俺も含めて、みんなが笑っていた。一大プロジェクトが成功したばかりなのだ。笑わずにいられるか。

「じゃぁ、次の一仕事だ」と、リナ姉が言った。「その泥んこのシャツとズボンを洗わせてもらうよ」

「えー?!!」と、俺を含め、人間の男子陣は肝を冷やした。

「服が乾くまで、俺達、何着てればいいのさ」と俺が言うと、麻布で作った、袋のような服が手渡された。

しっかり、首を出す穴と腕を通す袖もついている。丈は、膝を覆うくらい。

けど、サイズが全部一緒なので、俺やノル兄にはだぶだぶで、のっぽのエジソンには少し短くて、ごついドナルドには少し窮屈そうだ。

「原始人になった気分だ」とドナルドが言った。この骨太くてゴリゴリの筋肉で出来てるおっさん―と言っても3つしか違わないが―が言うと、確かに原始人に見える。

コテージの中で着替えを済ませ、汚れた服をリナ姉に任せると、リナ姉は木造りのたらいに4人分の衣類を放り込み、シャボン草の泡で洗い始めた。

「泡立ってるけど、あれは何だい?」と、エジソンがこっそり聞いてきた。

「シャボン草って言う草の泡だよ。石鹸代わりになるんだ」と、俺はエジソンに小声で教えた。

「さぞ香しい洗い上がりになりそうだな」と、エジソンは苦々しそうに言った。

「我々には洗濯は必要ないぞ」と、虎のメディウスが言った。その毛皮からは、ついさっきまで浴びていた沢の水滴がしたたり落ちていた。

ネコ科なのに、水だくになるのを承知で樋を支える手伝いをしてくれたんだ。

「天然のシャワーを存分に浴びてきたからな」と、おかしそうにライアンが言った。その鬣も、濡れてばさばさしている。

コンドルのクアイは大量に作った樋を運ぶ係をしていたので、直接水には触れていないが、鳥にシャワーも必要ないだろう。

ゆっくり歩いてきたオラウータンのペディは、樋をつないだ楔を補強するための縄を結ぶ係だったので、頭から足の先まで水浸しだった。

おまけに、ライアン達のように身震いして水を切ることができないので、のそりのそりと焚火のほうに向かって行った。

そして、「おや。新顔だね」と言った。

その声に、焚火のほうを振り返ると、見慣れない動物がいた。熊だ。しかもかなりでかい。

「うん。さっき来たばっかりの…ヒグマ」と、ホナミが麻糸を作りながら言った。

ヒグマは人間のように肩越しに振り返り、「どうも、おじゃましてます。これからここに居ることにしました」と言って、頭をかいた。

みんながノル兄を見た。ノル兄は、「はいはい。ヒグマね」と返事をしながら、ヒグマに近づいた。

「ここに居るのは良いけど、名前あるか?」と、いつもの調子でノル兄はヒグマに聞いた。

「ワトソンと呼ばれていました」と、ヒグマは答えた。「旦那の名間がホームズで、私がワトソンです」

「もしかして、動物園出身?」と、ノル兄は再び聞いた。

「そうです。みんな私を大事にしてくれました」と、ヒグマのワトソンは嬉しそうに語った。

「聞くのは野暮かもしれないが、ここに来る奴は大体何か事情持ちなんだよ。あんたには、思い当たる節は?」と、ノル兄の質問は続く。

「戦争が始まったんです」と、ワトソンは言った。「それで、私達が逃げ出して人を傷つけないように、銃殺されることになったんです」

「ふんふん。それで?」と、ノル兄はさらに突っ込んで聞いた。

「旦那がまず殺されました。次に私に銃口が向けられたとき…」そこまでワトソンが語ると、その先は分かっていると言いたげにノル兄は「OK」とワトソンの言葉を遮った。

「経緯は分かった。そっちのちっこいのにも話したか?」と、ノル兄は確認した。

ちっこいのと言われて指をさされたホナミが、無言で嫌な顔を向ける。

「ええ、黙ってずーっと聞いて下さいました」と、ワトソンは感激したように胸の前で手を組んだ。「そちらのみなさんもです。人間と言葉が通じるなんて、なんて素敵なんでしょう」

工作係の女子達が、悪びれた風に苦笑いをしていた。明確なルールかは分からないが、管理人が「共存」を選ばせるまで、新参者は誰とも話さないのが常だったからだ。

リナ姉だけが、鼻歌を歌いながら洗濯をしている。このやり取りは聞こえているはずだが、この姉さんの根性は図太い。

「おい、ロビン」と、ノル兄が俺を呼んだ。「女子のコテージの入り口を広げるぞ。ワトソンが通れるくらいに。ライアン、ノコギリ貸してくれ」

「構わんが、ドアの大きさが足りなくなるぞ」と、ライアンが言った。俺もうなずいた。

「今まで家なんてなかったようなもんなんだ。しばらく麻布でも吊り下げておけばいいさ」と、ノル兄は言って、ライアンから受け取った両引きのノコギリを片手に女子のコテージのほうへ向かった。

「どうやらルール違反だったみたい…だね」と、俺は女子達に告げ、泣き出しそうな顔をしている女子達に申し訳ない気持ちを抱えながら、ノル兄の後に従った。

去り際に、身動きしなかったホナミの後ろに、黒猫が隠れているのが見えた。