Moc

ある日の朝、俺はモックに居た。

新発売の特大ロングシェイクを飲んで、講義の始まるギリギリまでをモックで過ごすつもりだった。

見知った顔ぶれが、みんなモックに立ち寄り、商品を買って急いで出て行く。

俺も時計を見た。

ヤバい。走って行って間に合うかどうかの時間だ。

シェイクを片手に、店を出た途端…俺は、モックに居た。

そして、新発売の特大ロングシェイクを頼んでいた。

そんなことより、さっき俺はモックを出たんじゃなかったか?

頭の中が混乱して、正常な判断がつかない。

気づけば、窓の外はもう夜だ。

今日は一日無断欠席してしまった。

あーあ、単位に響くなぁと、そんなことを思いながらシェイクを飲んでいると、外を女友達の木乃美が歩いて行るのが見えた。

せめて、レポートがなんだったくらい聞かなくちゃ。

「木乃美。今日のレポートなんだった?」と聞こうとした俺は、モックの扉を開け、「木乃美。モックよらない?」と聞いていた。

「なんかおごってくれるのー?」と、木乃美は嬉しそうにモックに入ってきた。

特大ロングシェイクをおごって、少し木乃美とおしゃべりをし、「モックの特大ロングシェイクの味わい深さ」「抹茶味最高」等と、どうでも良い話を続けていた。

頭の中は、レポートのことを聞け! と冷静な俺が言っているのだが、口から出てくる言葉は、特大ロングシェイクについてのアピールばかりだ。

シェイクを空っぽにした俺達は、2人でモックから出た。

すると、俺達はまたモックに入っていた。

「あれ? あたし達、さっきモック出たよね…?」と、木乃美が言う。

「まぁ、良いんじゃない? ロングシェイク頼もうぜ」と俺はしゃぁしゃぁと言って、朝のモックの空気を味わった。

注文するより先に、店員さんが、「モックのロングシェイクが、世界最長のロングサイズになりました」と言った。

俺は興味本位で、「じゃぁ、そのロングシェイク下さい」と言った。

床に置かないと飲めないサイズのロングシェイクが出てきた。

何故かストローが2つ刺さっているが、片方のストローをふさぎ、「完璧、独り占めするつもりの俺」と自慢げに言った。

頭の中では、何かおかしいことは分かっている。

木乃美が、「ずるーい。一口ちょうだい」と言って、俺がふさいでいたほうのストローに吸い付いてきた。

「これ、すごくクリームの味がするね」と木乃美が言った。

「あ。俺、昨日からロングシェイク飲みっぱなしだからだ」と、俺は自分の状態の異常さに気づいてほしくて言った。

「よっぽど気に入ったんだね。ロングシェイク」と、木乃美が無邪気に言う。

「まぁね」と、俺は爽やかに応え、世界最長サイズのロングシェイクを飲みほした。

シェイクの冷たさで、ガタガタと震えながら俺は木乃美と一緒にモックを出た。

すると、またモックに入っていた。外も、夜になっている。

木乃美も、もうその異常さについて何も言わない。この世界に取り込まれてしまったんだ。

「たまにはハンバーガーも食べない?」と言って、木乃美はテリチキバーガーを2つ頼んだ。

「飲み物が欲しいな。ロングシェ…」とまで言った俺を遮って、木乃美が「コーラも2つ」と頼んだ。

「今日はあたしのおごりで良いよ」と言って、木乃美はにっこりと笑った。

俺は「さんきゅ」と答え、何の疑問も持たずにテリチキバーガーとコーラを味わった。

ごみをダストボックスに入れ、まだ薄明るい宵の入りの外に…出られた。

俺は訳が分からず、先に外に出た木乃美に「どう言う事なんだ?」と聞いた。

「ロングシェイクにこだわってたら、ずっとあのループから抜け出せなかったよ?」と、木乃美は言った。

俺は木乃美の前にひれ伏し、「ありがとう。ありがとう」と繰り返した。

「ちょっと、他人が見てるからやめてよ」と木乃美は焦って俺を止めようとした。

その日のレポートがなんだったかは、夫々の友達に聞いて、俺達は事なきを得た。

次の日、俺はまたモックに入り、「ロングシェイク・チョコレート味」を頼んでしまった。

そして、またモックの罠にかかったのだった。