市外に出る河面から、霧が立ち上っている。石造りの建物の多い旧市街地パルムロン街から、5つ駅を離れた場所に、寄宿学校のあるラグレーラの街がある。
「本日のディーノドリン市の天気は晴れ時々曇り」列車の待合室で、テレビのアナウンサーが言う。
ルディは、膝の上にトランクを乗せ、物憂い気分でパルムロン街からラグレーラへ向かう列車の到着時刻を待っていた。
姉のレナは、ルディの席の隣にトランクを置いて、構内を見物しに出かけてしまった。
レナったら。迷子になっても知らないぞ。と思いながら、ルディは天気予報の次に放送された、ミス・ディーノドリン署の1日署長のニュースを観るともなく観ていた。
サラサラのブロンドをボブカットにした、シアンの目のモデルのような美女が、インタビューに応じている。
ルディは、護衛のいない外出がなんだか心もとなかった。
いつもは、小間使いのアレックスか護衛のジャンが付き添ってくれるのだが、今日は父様が「大人になる1日目は肝心だぞ」と言って、あえて護衛をつけなかったのだ。
そんなこと言われても、7歳の僕達にどうしろって言うのさ。と心の中で思っては、ルディはため息をついた。
レナが、母親譲りの青い目を輝かせながら戻ってきた。自分のトランクを持ち上げ、「ルディ。そろそろ列車が来るわ。行きましょ」と、すっかりお姉さんになった気分で言う。
「はーい」と気乗りしない返事をしたルディは、父親譲りのアッシュグリーンの目を眠たげに瞬きながら、伸びをしてレナの後について行った。
レナとルディの切符を切ってくれた駅員さんが、「君達だけで乗るの?」と驚いていた。
「そうよ。だって、もう7つだもの」とレナは言った。
「その制服は…ラグレーラの寄宿学校の?」と、心配そうに駅員さんが聞く。
「そうよ」と、レナは自慢げだ。
「親御さんは見送りに来ないの?」駅員さんは、自分の持ち場を離れるわけにもいかず、おろおろしている。
ルディも何か言おうかとしたが、子供が2人でギャーギャー言っているように見られるのも恥ずかしいと思い、口をつぐんでいた。
切符係の駅員さんが、見回りの係の太っちょの駅員さんを見つけて、どうやらレナとルディを発車まで見守っててくれないかと頼んだようだ。
「列車に乗るのは初めてかい?」人の良さそうな太っちょの駅員さんは、コンパートメントを選ぶ間、穏やかに2人に話しかけてきた。
「一度、母様と乗ったことがあるから、ちゃんとマナーは知ってるわ」レナが率先して自慢する。
「寄宿学校の生徒なら、いっぱい乗ってるはずだから…」太っちょの駅員さんはそう言いながら、制服を着た子供達の乗っている車両を見つけた。
「ああ、ここだここだ。さぁ、さっそくお友達を探してみたら良い」と言って、見回りの駅員さんは手を振って去って行った。
お友達より、空いた席を探すほうが優先だと双子は分かっていた。
寄宿学校に行く子供達が占領している車両は、そう多くも無かった。なんとか空いている席を見つけ、隣にトランクを置いて2人は向かい合うように座った。
レナが、ふと気づいたように言った。「ルディ。ちょっと笑ってみて」
「え?」と、ルディは困惑したが、「良いから、にーって笑ってみて」とレナがせっつくので、にっと口元に笑みを浮かべた。
「やっぱり牙が見えるわ」と小声で言ってから、レナはルディに人差し指を向け、「口閉じて」と言った。
ルディが言われるままに口を閉じると、レナが何か呪術をかけたのが分かった。
再び口を開け、舌で触ってみると、牙は、辛うじて「少し大きめの犬歯」と呼べなくないほどまで小さくなっていた。
レナは周りに聞こえないほど小さな声で、「その術、1ヶ月に1回かけなおさないと、戻っちゃうからね」と言った。
ルディも、レナだけに聞こえる心の声で、「僕達、ちゃんと人間に混じれるのかな?」と聞いた。
「父様の時代は、闇の血を引いた者達も、たくさん寄宿学校に居たらしいけど」
レナは小さな声でそう言って、昼間の日射しが眩しい外を見つめた。
「母様が私達を昼間の学校に入れた時点で、本当の友達が出来る可能性は、ごく薄いわ」
「僕達、どっちに成れば良いんだろう」ルディは心の声で呟く。「パンパネラなのかな? 人間なのかな?」
「それを見つけるための寄宿生活だって、父様が言ってたでしょ?」レナは弟を励ますように言う。「大丈夫。私達は、普通より少しタフなだけよ」
レナは母様の血が強いから、そんなことが言えるんだ。と、心の声を消してルディは思った。
「間もなく、ラグレーラ。ラグレーラ。お降りの方はご注意ください」とアナウンスが入った。
周りの子供達が、一斉に席を離れ始めた。
レナとルディは、はぐれないようにしながら子供達の群れに混ざり、列車を降りた。
これから、10年間、休暇の時以外は、普通の人間達と一緒に暮さなければならない。
私がルディを守ってあげなきゃ。レナはそんなことを思いながら、「ひとまずお別れね。頑張ろ、ルディ」と言って女子の寄宿舎へ向かった。
「うん。しばらく、元気で」と、弱弱しくルディは応えて、男子の寄宿舎へ向かった。