Silver Keys Ⅰ 3

3ヶ月も経つ頃、ルディは遅ればせながら周囲の少年達と喋るようになり、自宅で習っていたフェンシングなどは、教師に「7歳とは思えない」という評価をもらった。

レナが月末に、両親へ向けて手紙を書いていた頃、ルディはジュミ達とは別の少年達に校舎裏に呼び出されていた。

「よぉ。偏屈ルディ。最近調子に乗って来たらしいじゃん?」

と、太った年上の少年がニヤニヤしながら言った。

取り巻き達も、その少年の周りでニヤニヤしている。

「なんでも、ローランのところのグループに声かけられたんだって? 奴等は化物だぜ? お前も化物なのか?」

太った少年がそう言うと、取り巻きの少年達がルディを取り囲んだ。

「俺達が身体検査してやるよ」

太った少年がそう言った途端、取り巻きの少年達がルディの制服を無理矢理脱がし始めた。

「こいつ、犬歯でけぇ」と、少年の一人が言った。「吸血鬼なのかぁ?」

抵抗したが、「人間は脆いのよ。ルディが手加減してあげなきゃ」と母親に躾けられていたルディは、中々全力が出せない。

「羽はないのか? 羽ぇ」と言って、背中を探ろうとした少年に、ついにルディは噛みついた。

術で縮んでいるとは言え、ルディの鋭い犬歯は、少年の手の皮膚を食い破って裂傷を負わせた。

少年達は驚いて、ルディの上着を脱がしてシャツを引き裂いたところで、ルディから離れた。

「やっぱりこいつ、化物だ!」と、誰かが言った。

「手に噛みつかれたくらいで、ギャーギャー言うな」とルディは言い放った。

ルディの目が、イーブルアイの赤い光を放っている。

「ルディ・ウィンダーグは化物だ!」と太った少年が叫び、取り巻き達と一緒に逃げだした。

ルディは、口元に残った血の跡をぬぐい消し、「やっぱり僕は、パンパネラなんだ」と思った。


悪い噂はすぐに広まった。ルディは一部の生徒から、「何もしていない通行人の手に、突然噛みついた狂人」というレッテルをはられた。

もちろん、それを信じていない別の一部の生徒や、ジュミ達は率先してルディに声をかけ、挨拶も交わせば、寮の晩餐の時などは、隣の席で楽しく会話をした。

風変わりな人間の子がいた。ルディと同じ1年生だが、悪い噂が立とうと、ルディが不機嫌な顔をしていようと、そっとルディの近くに座り、何やら言いたそうにしている。

ルディは、なんだろう? と思ったが、人間に関わるとろくなことが無いと学んだばかりなので、その少年のことも無視していた。

ある日の昼休み、授業を終えたルディが席を立つと、その少年が話しかけて来た。

「ルディ・ウィンダーグ君でしょ?」と、恥ずかしがるような表情で少年は言った。

「そうだけど?」と面倒くさそうにルディが答えると、「僕、リム・フェイド。アレックス・フェイドの2番目の弟です」と少年は名乗った。

「フェイドって…僕の家の小間使いの?」ルディが聞くと、リムは頷いた。

「僕、兄さんからお屋敷のこと、内緒で教えてもらったんだ」リムは言った。「だから、もし、君が何か困ったとき、力になれたら嬉しいと思って」

「そんなこと、君が気にする事じゃないよ」とルディは答えた。だが、リムは引き下がらない。

「僕が学校に通えるのも、兄さんが、ウィンダーグ家で働いてるからなんだ。遠回りだけど、君は僕の恩人みたいなものなんだよ。僕はなんの力もないけど、相談相手にくらいはなれる」

リムはアレックスと同じチャコールグレーの目をキラキラさせて言う。

「お昼、一緒に食べて良いかな?」

「別に良いけど…」とルディが答えると、リムはルディの手を取り、「急ごう。ハムサンド無くなっちゃう」と言って、2人は教科書を抱えたまま食堂へ駆け出した。


その日の授業が終わってから、ジュミの「アジト」に来たルディは、ジュミに言った。

「僕、強くなりたい。誰かのこと守れるくらい、強く」

「何があったかは知らないけど、その気持ちを僕達に打ち明けてくれたのは嬉しい」とジュミは言い、「まず、羽の使い方を覚えよう」と言い出した。

ルディは、羽を動かす関節を、今まで一度も動かしたことが無い。

「普通は、親から習うものなんだけどね」とジュミは言って、「上着とシャツを脱いで、背中を見せて」と言った。

タンクトップ姿になったルディの背中を調べ、「うん。羽の骨の発達は、ちゃんとあるみたいだ」とジュミは言った。

「少しずつ、羽の骨を動かしてみよう。肩甲骨の辺りを持ち上げる気持ちで」とジュミが指示を出した。

ルディが、肩甲骨を寄せるように、人間にはない関節を動かそうとすると、何かが皮膚で突っ張る感じがした。

「その調子だ。まだ背中の皮膚が柔らかくなってないから、今日はこんなところでやめておこう」とジュミは言った。


ルディの噂は、女子の寄宿学校にも届いていた。

「なんでも、通行人の手に噛みついたんだって」と、噂好きの少女が言う。

「ルディがそんなことするはずないわ」レナは言い返した。「何か誤解があるのよ」

レナは、丁度、弟の牙を隠してあげる呪術をかける日に、ルディに問いただした。

「ルディ、悪い噂が立ってるのは、もうわかってると思うけど…」レナはフェンス越しに言った。

「人の手に噛みついたのは本当だよ」とルディは覚悟を決めたように言った。「でも、通行人じゃない。僕、もう少しでリンチに遭う所だったんだ。服を脱がされそうになったから、抵抗して…」

「やっぱり」と言って、レナは頷くと、「ルディは間違ってない。私だって、リンチの遭いそうになったら、人の手くらい噛むわ」

レナの言葉を聞いて、ルディはなんだか心が落ち着いた気がした。

「僕、羽を使えるようになるように、特訓してるんだ」とルディは打ち明けた。「でも、母様には内緒にして。僕が、ちゃんと一人前のパンパネラになるまで」

「そう。ルディがそう決めたなら、信じた方向に進めば良いわ」とレナはルディを励ました。そして、またルディの口元に指を寄せ、牙を隠す呪術を施した。