Silver Keys Ⅰ 4

2年生に進学する頃、レナは屋敷で覚えた呪術や魔術の他、学校の図書館で知った魔術などを、こっそり実験していた。

信憑性のある本は少なかったが、これは使えそうだ、と思ったのが「恋占い」の術だった。

屋敷に手紙を送るとき、タロットカードを送ってくれるように両親にねだった。

ウィンダーグ家で、レナからの手紙を受け取った両親は、老年の絵師に頼み、魔力をめて描いた特注のタロットカードを用意し、レナの元に送った。

仕送りの他、紙に包まれたタロットカードが届いたとき、レナはタロットカードをイーブルアイで観て、相当な魔力を持ったものだと確信した。

占いの手引きを全部暗記してから、友人達を実験台に、恋占いの練習を始めた。

8歳の女の子の恋は気まぐれだ。大体が、移り気で「恋」と呼べるほど長続きする物も無かった。

だが、ある少女が、「私の10年後の恋の相手を教えて」と言ってきたので、レナはその時、初めて「予知」の能力を使った。

カードが示した運命は、少女が10年経つ前に、高い所からから落ちて半身不随になると言う物。

「恋のことをあれこれ言ってる場合じゃないわ」とレナはその少女に忠告した。「階段の上り下りには気を付けて。落っこちたら、運が悪ければ、車椅子生活よ」

「何よ。恋占いでしょ?」と少女は疑わし気にレナを罵った。「階段から落っこちたりしないわよ。恋の結果が分かんないからって、適当なこと言うのやめてよ」

「恋なんてしてる場合じゃないって事よ」レナは厳重に注意した。「5年間は、確実に危険な状態よ。13歳になるまで、恋だなんだなんて騒いでないで…階段以外も、高い所に昇ることが無いように」

「何それ? 脅してるの?」少女は言って、ぷいっと横を向くと、「あーあ、聞いて損した」と言いながら、自分の寝室に帰って行った。


ルディは、授業の時はリムと隣り合い、夫々のフォローをしあった。リムは大人しいが、とても頭の回転が良く、勉学に関しては優秀な少年だった。

ルディも、負けないように勉強に励んだ。1日の授業が終わった後は、ジュミの「アジト」で、誰かしらに、羽の使い方や、飛び方を習った。

ブラウンの髪の、パンパネラとの混血児、ルークが、ある日言った。「飛ぶって言うのは、羽の力だけじゃ無理だ。魔力も必要なんだ」

「僕にも、魔力はあるの?」とルディは自信なさげに聞いた。

「あるさ。魔力の無いパンパネラなんて居ないもの」とルークは言って、「魔力で飛翔して、羽で方向をコントロールする。それが出来たら自由に飛べるようになる」と説明した。

「羽に力こめる方法も覚えたほうが良いよ」と、耳の後ろから角を生やした灰色の髪の少年、カルが教えてくれた。「腕と同じくらいの動きが出来るように」

パンパネラとしての課題は山積みだが、暇を持て余すよりマシだ。

羽を使う方法を習い始めてから、ある日、とうとうルディは、「これくらい動かせれば、飛べるはずだ」とジュミからお墨付きをもらった。

のばした皮膚は「皮膜」として発達し、自然と黒く色がついた。羽の骨を背中にしまうと、皮膜は背中の皮膚に馴染み、普段の肌の色になる。

シャワールームは個室制だが、誰かに羽のことを気づかれる心配もないだろう。

「まずは、足でジャンプして、羽をはためかせてみて」とジュミに言われた。

言われたとおりに軽くジャンプして羽をバサバサと動かすと、少し滞空時間が長くなった。

「その練習を続けて、段々高く飛べるようになったら、横方向に移動する方法を練習しよう」

自転車の乗り方を教えてくれるように、ジュミ達の特訓は丁寧に続いた。


羽を使うときは、いつもタンクトップ姿になっていたルディだが、ある日、秘密を打ち明けるような気分で、父親に「羽を出せる切れ込みが入ったシャツを用意して」と手紙を書いた。

父親はすぐに事を了解したようで、仕立て屋に頼んで、羽の位置に隠しスリットのあるシャツを、10着送ってくれた。

ルディは新しいシャツを着るようになってから、「アジト」では常に羽を出して置くようにした。

最初はスカスカするような感じがしたが、慣れてしまえば、羽を出すと言う事は人間にしてみると、伸びをしているのと同じようなことだと分かった。

また1ヶ月が経つ頃、ルディはレナと会った時に、ジャケットを脱いでこっそり羽を見せた。

「ルディ。いつの間に羽が生えたの?」レナは嬉しそうに驚いてくれた。

「使えるように特訓したんだ」とルディは言って、「レナに羽はないの?」と聞いた。

「たぶん無いわ。牙も無いくらいだもの」レナはそう言ってため息をついた。「私は、ちょっと魔力が強いだけよ。ほとんど人間と同じ」

「それはそれで良い事じゃないかな?」ルディは珍しくレナを励ました。「人間として生きていけるでしょ? 魔力が強いなら、魔女にだってなれる」

「私も、人生の進路を決定しないとね」レナは早々にそう言って、フェンス越しにルディにいつもの呪術をかけた。


子供達から送られてくる手紙を読みながら、父親であるナイト・ウィンダーグは、夕飯の席で、「やはり、ルディはパンパネラとして生きていくことにしたようだ」と、ある日妻に告げた。

妻のエリーゼが、諦めたようにため息をついた。「あれだけ人間らしくなるように躾けたのに」

「親から学ぶことだけが、全部じゃないからな」と、昔なじみの言葉を思い出しながら、ナイトはくすくすと笑った。

「笑い事じゃないでしょ? 7年間の苦労が、たった2年で崩壊したのよ?」とエリーゼは嘆く。「レナのほうは、上手く人間社会に馴染んでくれると良いけど」

「レナは魔力が強い。人間社会で生きていくにしても、それなりの職には付けるはずだ」ナイトは断言し、子供の成長を楽しむように口元をほころばせた。

「それなりの職って、どんな?」とエリーゼが聞くと、ナイトは「魔女、ヒーラー、エクソシスト、占い師、より取り見取りだ」と答えた。

その答えを聞いて、エリーゼは目眩を覚えた。