Silver Keys Ⅰ 5

数ヶ月後、レナが以前「高い所から落っこちる」と占った少女が、図書館の梯子を上っているときに足を踏み外し、床に落下して脊椎を強打した。

レナの予知通り、少女は半身不随になり、車椅子生活を始めた。

「どんなトリックよ?!」と、車椅子で学校に戻って来た少女は、レナに食って掛かった。「あなたが何か仕掛けたんでしょ?! あたしが高い所から落っこちるように」

「言いがかりは止めてよね」レナは言い返した。「あたし、ちゃんと忠告したでしょ。高い所には上らないようにって。忠告を破ったのはあなた自身じゃない。身から出た錆よ」

車椅子の少女は唇をかみしめ、ぷいと横を向いて、車椅子を走らせて行った。

この事件は、レナの占いが当たると言う意味で、女子の寄宿舎の中で噂になった。


年末の休暇に入る前に、レナはルディの了解を得てから、両親に手紙を書いた。

「親愛なる父様、母様。いきなりで驚かせるかもしれないけど、私達はパンパネラとして生きていくほうが合ってるみたい。もちろん、食事の好き嫌いや、ましてや血を飲んだりなんてしないけど。

ルディは羽の使い方を練習してるそうです。広い空間なら、自由に飛べるようになったんですって。私は、これから魔女として生きていくつもり。心配しないで。出来るだけ、目立つことはしないわ。

父様に相談なんだけど、予知って、どのくらいの魔力が必要なものなのかしら? なんだか、段々魔力が強くなってる気がするの。私、学校の勉強の他に、魔力を操る勉強がしたい。

休暇の間に、その特訓が出来たら良いなって思ってる。魔女の先生を教えてくれないかしら。ちゃんと能力が使えるのなら、パンパネラでも人間でも構わない。

そうだわ。父様のお薬を作ってくれてる、シエラさんを紹介してもらえると、一番簡単かもしれない。シエラさんに、お屋敷に来てもらえないかしら?

母様、私達が母様の願いを聞き入れられなかったことを悲しまないでね。ちょっと、就職先が普通の人間より変わってるだけよ。私達はいつも、父様と母様から教わったこと、忘れてないわ。

もうすぐ休暇だから、二人に会えるの、楽しみにしてます。レナより」


レナからの手紙を読んで、ナイトは「やはり、こういう顛末になるのは仕方ないか」と呟いた。

エリーゼは、「ビュンビュン飛んで行く子に育たなかったのは良かったけど、人生の決定が早すぎるわ」と、娘の将来を心配していた。「考える時間はまだあっても良いはずよ」

「魔力を操る方法は、若いうちから覚えておいたほうが良い」ナイトは妻に注意した。「魔力がコントロールできない状態を、野放しにすると危ないのはレナが赤ん坊の頃で分かってるだろ?」

「それはそうだけど…。先生としてシエラを選んでくれたのは、まだ良いほうかしら」エリーゼはため息をつきっぱなした。

「エリーゼ。君は、子供達が『人間らしく振舞う』ことに執着しすぎてる」

ナイトは、子供を産む前からそうだった、エリーゼの「普通の人間らしさ」を子供達に期待する心を、少し和らげようと試みた。

「子供は、親が期待する『子供』を演じるために居るんじゃないんだ。彼等が彼等の意思で選んだことに、協力はすれど妨げになってはならない」

「演じるだなんて」エリーゼは反論した。「私は、子供達には、危険が及ばない生き方を選んでほしいだけよ」

「それなら、なおさら自分の身は自分で守れるくらいになってもらわないとな」

ナイトは夫婦げんかになる前に話を切り上げた。

「私も、子供達を見習って、ピクルスを食べる訓練をする」

「今まで一度も食べれたことないじゃない」と言って、エリーゼは呆れたように笑った。


休暇はクリスマス前から、1ヶ月間ある。夕暮れに屋敷に戻った双子は、初めて会う本物の「魔女」の気配を、玄関をくぐる前から気づいていた。

「なんだろう。空気の波みたいなものが流れてくる」とルディが言った。「風とは違うし…」

「きっと、魔力の波動よ。シエラさんが来てくれたんだわ」レナはすぐに事態を了解した。

屋敷の玄関のドアが、ご令息とご令嬢であることに気づいて勝手に開いた。

「おかえりなさいませ。お坊ちゃま。お嬢様」陰気な執事が出迎えた。

「父様と母様は?」レナが聞いた。

「お客様と一緒に、応接室でお待ちです」

執事の言葉を聞いて、レナはコートを脱ぐのも忘れて、跳ねるように応接室に向かった。


実際に初めて会うシエラは、思ったより若く、クリムゾンの長い髪と、茶に近い金色の瞳をしていた。その目が、イーブルアイとはまた違った、人間の魔女独特の気配を放っている。

「父様、母様。ただ今帰りました。この方がシエラさん?」レナは確かめた。

「そうだ。シエラ・バーディー。私達の古馴染の一人だ」ナイトが紹介した。

「初めましてだね、レナ様」と気さくにシエラは切り出した。「魔術を覚えたいんだって?」

「そうなの。占いの練習をしてたんだけど、もっと他の色んな魔術が知りたいの」レナは話を急ぐ。

「レナ。まずコートを脱いできなさい」エリーゼが注意した。「シエラに失礼でしょ?」

「気にしなくて良いよ。すぐ廊下に出なきゃいけないから」灰色のローブ姿のシエラはそう言って、席を立った。「特訓なら、さっそく始めよう」

「お手柔らかに頼んだ」ナイトが言った。「屋敷を吹き飛ばさない程度の術から、教えてやってくれ」

「それは本人の能力に寄るけど」シエラは言う。「キャパシティとしては、相当伸びしろがありそうだ」

席を立ち、レナを連れてシエラが廊下に出ると、入れ違いにコートを脱いだルディが現れた。

「父様、母様。ただいま。レナが手紙に書いたと思うけど…。僕…」と言って、ルディはうつむいてしまった。

「どのくらい飛べるようになった?」ナイトは励ますように言うと、席を立ち、ルディに歩み寄って頭を撫でた。

「別のパンパネラの人達と、追いかけっこできるくらい」ルディは、簡潔に答えながら、エリーゼをちらっと見た。

エリーゼは少し辛そうな表情をしていたが、「羽を見せてくれる? 伸ばせるようになったんでしょ?」とルディに声をかけた。