Silver Keys Ⅰ 7

ある、朝も近い道中、思ったより足取りの進まなかった俺は、街道の近くにあった安旅籠に宿を取った。その時、旅籠の1階のホールで酒宴が行われていた。

酒のせいか、大声で話している旅人達の言葉を聞きかじったところによると、その宿のある村で、最近おかしな現象が起きているらしい。

ある墓堀人が、間違えて以前掘ったことのある墓を暴いてしまった。随分しっかりとした、高級な棺を見て、魔がさした墓堀人は、死人の装飾品を盗もうとした。

だが、開けてみた棺の中には、死体が無かったのだ。空の棺を埋葬するなんてことはあり得ない。みんな、その人物が死んだことを確認するために、葬儀に参加するのだから。

エンバーミングの行き届く前の時代の話だ。死体になった者は、棺の中で次第に腐敗し、骨と装飾品と衣服だけになるはず。

しかし、棺の中は綺麗なもので、葬儀の時に捧げられた花が、朽ちてはいたものの、人の形に残っていたらしい。

墓堀人は、奇妙な胸騒ぎがして、それまで掘った墓を、次々に暴いて行った。朽ちた死体が残っているものもあったが、かなりの確率で、「まるで死人が抜け出したように綺麗な棺」が存在したと言う。

「なるほど。事情は分かった」安旅籠の酒宴には似つかわしくない、低く落ち着いた女性の声が聞こえた。「今日の夜、その墓場に案内してくれないか? 手間賃くらいは出す」

「ねえさん、やめときな。こりゃ、怪談じゃなくて実際の話だぜ?」

酔いも回る気配がない語り手が、女性に忠告した。

「もしかしたら、闇の者が一枚噛んでるかもしれないんだ」

「心配ない。私は、その件を調べるためにこの村に来たんだ」女性はそう言って、グッと酒瓶をあおった。ジンの匂いの中に、ウィスキーの香りが混じる。「身内の墓を暴かれた者に、依頼を受けてな」

「ひゃー。ねえさん、ハンターかい?」赤ら顔をした野暮ったい旅人が驚きの声を上げた。

「そうだ。私はもう休む。今晩、頼んだぞ」

女性はそう言って、酒瓶を片手に自分の部屋に戻ろうとした。

丁度、受付と支払いの終わった俺と遭遇することになった。

女性は長い黒髪に青い目をしていたが、その目が一瞬イーブルアイの赤い光を放った。

「ほう。どこの旅人か。気を付けろ。間違われるなよ」女性はそう言って、俺の横を通り、2階にあるらしい自分の部屋へと歩いて行った。


「間違われるって?」ルディが父親の言葉を遮って訊ねた。

「犯人に間違われるなってことだ」とナイトは答えた。「いくら血を飲まなくても、日射しには注意しないと成らないからな。昔の感覚で言うと、夜歩きしかしない者は、疑われるんだよ」

「それから?」レナが続きを急がせる。

「俺は妙な所で同族に会ったと思いながら、自分の部屋に行って、自分の荷物から緞帳に使われるビロードを取り出して、薄っぺらいカーテンの上にピンで取り付けた」

ナイトは日記に書いていないことも補足しながら、面白おかしく話を進めた。


昼間が過ぎ、夕日も消えかかった頃、俺は起きてビロードを回収し、ピンを木のケースに入れて、まとめた荷物を持って旅籠を後にした。

街道に戻る道すがら、ランプを片手に持った昨晩の女性達と出くわした。俺はランプを持っていなかったが、月明かりが明るいのでそう疑われることも無かった。

しかし、びくびくしている村人に、「にいさん、こんな時間に何処に行くんだい?」とは聞かれた。

「レイルッドの町まで、今晩のうちに行く予定でね」と俺はその村から人間が徒歩で辿り着ける範囲の町を挙げて答えた。

「レイルッドか…。まだ時間はあるな」女性が言った。「少し手伝ってくれないか? むろん、ただでとは言わない。路銀も必要だろう?」

女性にそう言われ、確かに手持ちに不安のあった俺は、彼女の仕事を手伝うことにした。

「私はルーゼリア・ボリトス。適当に呼んでくれ」女性がそう自己紹介をしたので、俺も「ナイト・ウィンダーグだ。呼び捨てで構わない」と答えた。

墓場の手前に来ると、村人が「この先をまっすぐ行った森の隣に、拓けた場所がある。そこが墓地だ。俺はここまでで帰らせてもらうよ」と言った。

びくびくしっぱなしの村人に、ルーゼリアが少々の銀貨を握らせた。村人は、金を受け取ると逃げるように去って行った。

村人の言っていた場所に、確かに墓地はあった。まだ森の中から遠く墓地を眺める距離にいた俺達は、気配に気づいた。

「何かいるな…」と、俺はごく小さな声でルーゼリアに言った。「土をえぐっているにおいがする。墓堀人か?」

イーブルアイを光らせたルーゼリアは、木々の間を透視して、何者かの姿を確認したらしい。

「墓堀人ではないようだ」と言って、ルーゼリアは腰のベルトから、無骨な拳銃を手に取った。「銃を使ったことはあるか?」

そう聞かれ、「たしなみ程度には」と答えた。「一応持っておけ。丸腰よりはマシだ」と言って、女性が俺の手にごつい銃を握らせた。

足音を立てないように、俺達は墓場に近づいた。土を掘っていた者が、棺を暴いた物音がした。

「起きろ。お前の主が迎えに来たぞ」と言う男の声がした。

森の暗がりの中から墓地を見るため、俺もイーブルアイを使った。透視した先に、身なりの良い痩せた50代くらいの男が見えた。そして、自分の棺の中から起き上がる死に装束の女性の姿も。

女性の棺の中から、呪術師が使う薬品のにおいがする。ゾンビを作っているんだ。と、俺は直感した。同じ直感をルーゼリアも持ったらしい。


「ゾンビって、腐った死体のことじゃないの?」とルディがまた口を挟んだ。

「ルディったら。邪魔しないでよ。うちの屋敷のバトラーだって、ゾンビでしょ? 腐ってないのが居てもおかしくないわ」レナは分かりきったことのように言う。

「うちのバトラーは、特別性だ。人間の作るゾンビとは、また少し違う。その事については、また追々説明しよう」ナイトはそう言ってから、脅かすように声を潜めて再び語り出した。

「俺がルーゼリアの指示を待っていると、彼女はごくわずかな声で『後を追うぞ。気づかれるなよ』と囁いた」