Silver Keys Ⅰ 8

男は、棺の中から起き上がった女性を抱え上げ、地面に寝かせると、手慣れた風に棺を元に戻し、土をかけて棺を埋めなおした。

それから女性を再び抱え上げ、墓地を離れて歩き出した。

ルーゼリアが、男を尾行し始めた。俺はその後に続いた。

男は、村はずれまで行くと、古い屋敷の中に入って行った。

ルーゼリアが行動に出た。パンパネラ特有の素早さと跳躍力を使って、その屋敷の屋根の裏手に回ると、屋根裏部屋にある窓に近づいた。

俺も、ほぼ同じ速さでその後を追った。そして、ガラス切りを取り出そうとしたルーゼリアに、人差し指で合図をした。

俺が人差し指で窓の鍵を軽くノックすると、鍵は自動的にはずれて窓が開いた。

「有能な助手で助かる」とルーゼリアは言って、俺達は屋根裏部屋に忍び込んだ。

イーブルアイで、男の位置を確認しながら、俺達は物音を立てずに階下へ移動して行った。

「地下室に入るようだな」ルーゼリアが言って、俺を見た。「鍵があったら任せてくれ」俺はそう答えた。ルーゼリアは「頼んだ」と囁いて、さらに尾行を続けた。

思った通り、地下への入り口には、鉄製の扉があり、内側から鍵がかけられていた。俺は、片手に魔力を集め、扉の鍵にそっと触れた。

扉の鍵が音も無く開き、重さも感じさせない静けさで地下への入り口が開いた。

イーブルアイを光らせたままのルーゼリアが、何かに気づいて地下へ飛び込んだ。銃を片手に、一瞬の怯みも無く、男の進んで行った方角へ疾走して行く。

走っていると分かるのは、俺も一応パンパネラだからだ。人間の目からしたら、何かの影が一瞬過ぎ去ったようにしか見えないだろう。


「喉が渇いただろう? さぁ、飲むが良い」と言って、男が麻酔薬のようなにおいのする液体を、墓場から起こした女性に飲ませようとしていた。

ルーゼリアが放った弾丸が、その液体の入ったガラス瓶を撃ち抜き、虚ろな表情をした女性は動きを止めた。

「誰だ?!」と言って、男は弾丸の飛んできたほうを見た。ルーゼリアが撃鉄を起こしなおし、「動くな。犯人が分かれば、生きていても死んでいても構わないと言われているのでな」と男に忠告した。

男が振り返った隙に、俺はゾンビにされかけていた女性を抱きかかえ、出口の近くに移動した。

「待て! 彼女をどうする気だ!」と男は叫んだ。

俺は、それはこっちの台詞だと思いながら、「大事な生き証人だ! 我に返るように処置をさせてもらう!」と告げた。

「私の家の使用人だ! 勝手は許さない…」と、男の声がそこまで聞こえた時、ルーゼリアの手から2撃目の弾丸が放たれた。弾丸は、狙い過たずに男の心臓を貫いたようだ。

「生きていても死んでいても構わない…と言われたと言ったろう?」ルーゼリアはそう言って、男の屍の足をつかみ、引きずって来た。

地下の出入り口で待っていた俺に、「獲物は捕らえた。後は証人の治療だけだな」と、ルーゼリアは言った。


「ルーゼリア、カッコイイ!」またルディが話を遮った。

「ルディ。いい加減にして」レナは呆れかえったように弟を制止する。「父様。その後は?」

「ルーゼリアの雇い主に男の死体を引き渡し、一度埋葬された女性が、明確な意識を取り戻すまで看病をしてもらうことにした」

ナイトは、ここからは綿密な描写を省いて話した。

「男の屋敷には、麻酔薬…今では麻薬と呼ばれているが、意識を混濁させる薬を飲まされた女性達が、たくさん集められていた。その女性達は、皆、一度あの墓地に埋葬された人々だったそうだ」

そう言って、ナイトは言葉を切り、子供達に言った。「さぁ、今日の話はここまでだ。怖い夢を観ないうちに、さっさとベッドに入れ。昼間に起きれなくなるぞ」

「僕、ルーゼリアみたいに強くなる!」ルディは目を輝かせて姉に言った。

「女性に向かって失礼よ」レナが弟の言葉を冷静にたしなめる。

実際、彼女は強いからな、とナイトは心の中で思いながら、部屋を出ようとした子供達に、「お休み」と声をかけた。

「お休みなさい」と、双子は声を揃えて答え、寝室に向かった。


キャッキャとじゃれ合うようにしながら書斎から出て来た子供達を見つけ、エリーゼは「こら。こんな時間まで何してたの?」と言った。

「だって、父様の…」とルディが言いそうになったので、レナはすかさず弟の口をふさいで、「馬鹿」と注意した。

レナは、照れたような笑いを浮かべて、「ちょっと父様にお説教をされてたの。父様には、何も聞かないでね?」と母親に言って、片手をエリーゼの頬に伸ばした。

サインに気づいてエリーゼが身をかがめると、レナはエリーゼの左頬に、ルディは右頬にキスをして、「お休みなさい、母様」と言って廊下を歩いて行った。

また何か、私の知らないところで、子供達が年相応じゃなくなった気がする。エリーゼはそんなことを思いながら、レナの願い通り、書斎に立ち寄るのは止めにした。


翌朝、まだ前日の物語の興奮も冷めやらぬルディが、屋敷の庭に出て、丁度見回り中だった護衛のジャンに、「ねぇ、僕にも体術を教えて。アレックスが覚えてるような」と言い出した。

その声を子供部屋から聞いていたレナは、ルディが口を滑らせるんじゃないかと冷や冷やしていたが、ジャンはそう疑問も持たずにルディの願いを聞き入れてくれたようだ。

「ルディったら、すぐ影響されるんだから」と呟いては見たものの、レナだってこの休暇に魔術の訓練をしてもらっている。

「双子」と言うようなものだから、似たようなものかと思いながら、レナは反魔術を長続きさせるスペルを何度も口の中で唱えていた。