Silver Keys Ⅱ 序章

過去の因縁など、ほとんど忘れてしまえるくらい、平和な9年間だった。

もう、なんの心配もいらないのかもしれない。そんな風に気が緩んでいたのも事実だ。

時と言うのは、ある者にとっては消滅を、ある者にとっては成長を促すものだと言う事を忘れていた。

娘と息子の寄宿生活を決めたのは、自分だ。

屋敷に置いておくと、どうしても甘やかしてしまう。ここは、自分を鍛える意味合いもあって、あえて子供達と離れて暮らすことを決意した。

もちろん、自分が過去の寄宿生活で体験した、友人達との出来事や、学校の行事、毎日の勉強のことなども思い出しながら、2人の子供にそんな日々を満喫してほしいと言う思いもあった。

普通の昼間の学習コースと夜間学習のコースがあったが、妻が「昼間の学校に入れさせて」と強く願って来たので、その願いも汲んで、昼間の学習コースに入学させた。

子供達も、親の監視が無い自由な時間を楽しんでいるようだった。

娘の魔力の才能を見出し、それを日々育てようと言い出した魔女から、ある日こんな知らせが来た。

「レナちゃんが、使い魔に襲撃された。レナちゃんとルディ君は、誰かに狙われてる。犯人は特定できない。あたしが占った結果と、レナちゃんが占った結果も一致した」

一気に、9年間を遡らされたような気がした。

まだ戦いは終わっていなかった。

そう認識して、知らせをくれた魔女に礼を言うと、以前子供達に贈った物より、さらに強力なアミュレットを作れる技師を探し始めた。

だが、自分の知る能力者で、エミリー・ミューゼ以上に高い能力を持った魔女は存在しなかった。

エミリーに連絡を入れると、「あたしの知ってる最高の技師を紹介するわ」と言われたが、「でも、アミュレットに込める念が強ければ強いほど、作るのには時間がかかるわよ」と注意された。

「時間がかかっても構わない、頼んだ」と申し込んだが、その数週間後の夜に、寄宿学校から連絡が来た。

息子が、高熱を出して倒れた。

今まで私は何をしていたんだ、と、己を責めた。9年も時間があれば、子供達に鉄壁の守りを発揮するアミュレットだろうが何だろうが、用意できたはずだ。

そんな時、ある占い師の言葉が心よぎった。

「お子さんとは、とっても複雑な関係みたい。近くに置きすぎてもダメ、遠くに置き過ぎたらもっとダメ、それが守れれば、円満よ」

これは試練なのかと考えた。

自分一人の力で、子供達を一生守って行くわけにはいかない。彼等にだって、意思があるのだ。いつまでも、親の庇護のもとに居ることはないだろう。

どうすれば良い? 問いかけるものは、己しかいないと思っていた。

息子を見舞った時、妻からかけられた言葉が、自分にはひどく不似合いのような、だが、何か救われたような、不思議な気持ちになった。

「家族」。そんなものが、今の自分にはあるのだ。

数百年前に死に別れた両親と、自分は大きな差があった。そのギャップを埋められないまま、追い出されるように寄宿学校に通い、逃げ出すように旅に出て、帰って来た時、両親はもう亡くなっていた。

十数年前、ずっと自分の側にいてくれると信じていた古参の小間使いからの裏切りを受けて、自分には「家族」等存在しなのだ、とさえ思っていた。

幸福の中で、自分が受けて来た心のダメージを自覚し、瞼を閉じた時、涙があふれた。

パンパネラである自分にも、心はあるのか、とも思った。

化物と呼ばれても仕方のない血筋、そんな風に自分の血を呪っていた自分にも気づいた。

唯の人間の妻には、何の力も無いとも思ってた。しかし、いつの間にか彼女は、愚鈍な夫である自分の心に寄り添い、「自分以上の愛を注げる人」として、いつも心を守ってくれていたのだ。

戦わなければならない。

まだ正体の分からない敵とも、未熟な自分とも。

そして、守らなければならない。

自分を慕い、寄り添ってくれた、この「家族」を。

ナイトは鉄のような意志を固め、見えぬ敵を思った。

私の「家族」に危害を加えてみろ、死んでからも苦しみの続く未来を用意してやろう。

ナイトが、また一段、パンパネラとして成長した瞬間だった。