Silver Keys Ⅱ 1

レナは、時々思い出す。あの休暇の間に、母親が1回だけ作ってくれた、クリスマスパーティーのごちそうを。

干しブドウ入りのプティングケーキ、家族と使用人達の分の大きなターキーの丸焼き、杏子の入ったフルーツゼリー、林檎のたくさん詰まったアップルパイ、ツリーに飾れるジンジャーの香りのビスケット。

レナと、双子の弟のルディがクリスマスツリーにジンジャービスケットを飾るのを、父親は楽しそうに見ていた。

父親は、いつも通り血の腸詰を食べて、「これは取って置きだぞ?」と言って、レナとルディが生まれた年のロゼのシャンパンを開けてくれた。

初めて飲むお酒を、レナは目を白黒させながら飲み込んだ。ルディはすぐその味に馴染み、「お代わり」なんて言っていた。

屋敷の住人達、全員でクリスマスを祝った。ルディとレナがクラッカーの両端を持ち、パンッと袋を割ると、透明なビニールに包まれた2つの大きなキャンディーが出てきた。

ほろ酔いになったルディが、小間使いのアレックスに格闘技を挑みかかると、アレックスは要領は分かっていると言いたげに、自然に見えるようにルディに負けてくれた。

父親と、護衛のジャンは、男同士のよく分からない難しい話をしていた。ジャンは、いくらパーティーと言ってもお酒は飲まない。コーヒーを飲みながら、レナの父親の話に付き合ってくれている。

レナの母親の手料理を初めて食べたメイドのメリーが、驚いたように隠し味を聞いていた。母親は、「魔法よ」と答えて、にっこり微笑むと、自分の料理を満足そうに食べていた。

レナとルディは、シャンパンの影響もあって、夜も早いうちに眠くなった。

翌朝、両親が本物のサンタクロースに頼んで作ってくれた、蜜蝋の星の形のキャンドルをクリスマスツリーの下に見つけ、双子は「サンタクロースって本当に居るんだ」と騒ぎ立てた。

そのキャンドルは、今でも火をつけずに、透明な箱に入れたまま持ち歩いている。お守り代わりみたいなものだ。

結局、私は母様の「魔法」だけは分からなかったのね。そんなことを思いながら、17歳のレナは旅籠のベッドから起き上がった。


「レナ。レナ! もうすぐ、ラグレーラに着くよ!」と、ルディの声が聞こえた。

8歳のレナは頭を預けていた窓から、首を起こして目を瞬いた。早めに列車に乗れたので、列車の暖房の暖かさも手伝って、うたた寝をしてしまったのだ。

今の夢はなんだろう。大人になった私が、ついこの間のクリスマスパーティーを懐かしく思い出している…。レナは、慌てて鞄の中のキャンドルを確かめた。

まだ真新しいまま、キャンドルは鞄の奥で淡い花の香りを放っていた。

何かの予知かしら? でも、旅に出る事なんて、5歳の頃から決めてある。

この道が、間違いじゃないって事ね。そんな自信をもって、レナは同じ学校の子供達と一緒に、雪の吹雪くラグレーラの駅に降り立った。


休暇明けも間もなく、レナの元に「お願い」が舞い込んだ。

以前から、病を抱えながら学校に通って来ていると噂だった女の子が、「私、腎臓を移植しないと治らないの」とレナに打ち明けたのだ。

「私のドナーが見つかるかどうか、手術は成功するのかどうか、教えてほしいの」少女は、不安げに言った。

レナは、授業が終わってから、眠る前の時間を使って、少女の未来を占った。

「予知」の能力に魔力を拡散するのは慣れている。

タロットの最後のカードを表に返すと、鬣を生やした獅子を抱いている美しい女性のカードが出た。

「貴方は、生きることは出来るわ。でも、それにはすごく強い生命力が必要よ。ドナーは見つかる。でも…」とレナは言葉を濁した。

「でも、何?」と、少女は聞いた。

「ドナーは、ひどく若い人みたい」とだけレナは答えた。「今分かることは、それで全部よ」

レナがそう言ってカードを片づけ始めたのを見て、少女は「ありがとう」と言ってレナの寝室から去って行った。

レナは黙っていた。そのドナーが、少女に腎臓を提供した後、自分の腎臓を病んで、亡くなってしまうと言う事は。

ドナーになると選んだのは、その人だ。腎臓の提供のタイミング、そしてその人が病にかかるタイミング、全部は分かったが、この未来を「変えて」しまうことは出来ない。

魔術の先生、シエラから厳重に注意されたのだ。

「占いってものは、それを知る者の数が多いだけ、歪んでいく。もし誰かに不幸な結果が出たら、それを回避する方法を占うことは悪くない。だけど、『完全な変更』は出来ないものなんだ」

この結果は、依頼人の少女にとっては、「不幸な事」ではない。ドナーになる誰かが、レナの元に占いの依頼に来ない以上、回避する方法を占うことは出来ない。

レナは早々にベッドにもぐりこみ、シエラの言葉を思い出し続けた。

「占いは、一番業の深い魔術だ。未来も過去も、見通す能力があればいくらでも観える。でも、許されるのは『観る』ことだけだ。観た物を告げることによって、どうなるかをよく考えるんだよ」

眠りに就こうと目を閉じたレナの目から、涙がこぼれた。


翌日のことだ。ルディが、ソフトボールの授業の時、以前、ルディにリンチをくわえようとした少年達の一人に、わざとボールをぶつけられた。

野球の授業じゃなくてまだマシだった。ソフトボールの柔らかい球は、ルディの肘を少し赤く腫れさせただけだった。

ルディは、即、拾ったそのボールを、投手だった少年にぶつけ返した。

顔面にボールをぶつけられた少年は、怒ってルディに突進し、つかみかかってきた。

屋敷で体術を習ってたルディも、負けてはいない。乱闘を起こした2人を、止めに入る者、囃し立てる者、球場は一瞬騒然とした。

その騒ぎを、授業中の窓からちらりと見たレナは、ルディが一瞬本気で人間を殴ろうとしてしまったのに気付いた。

ダメよ! ルディ! と、レナは心の声で叫んだ。

レナの心の声が聞こえたルディは、反射的に手加減をした。それでも、乱闘相手の少年の顔に青あざをつける一撃をお見舞いし、少年が吹き飛ばされて、乱闘は止んだ。

ルディは息を切らし、「危なかった」と思った。ルディが手加減しなければ、殴られた少年の顔の骨は陥没していただろう。

それでも、少年を殴り飛ばしたルディから、周りの少年達は少しずつ距離を取った。

「どうした?! 何があった!」と、遅れて登場した教師が言った。

誰かが何か言い出す前に、ルディの友人リムが、「ルディ君が、アル君に、わざとボールをぶつけられたんです!」と言った。

「それで、ルディ君がボールをぶつけ返したら、アル君がつかみかかってきて、殴り合いになったんです!」

顔を押さえて起き上がるところだったアル少年は、教師から「アル・カーボン。まず医務室に行って、後から職員室に来い」と言われた。

「ルディ・ウィンダーグ。お前は悪くない。だが、少しやりすぎだ」と教師は言って、ルディの頭をこつんと叩いた。

ルディはリムに、「ありがとう」と言ってから、女子の校舎のほうを見て、「レナ。ありがとう」と心の声を送った。