Silver Keys Ⅱ 2

レナとルディの9歳の誕生日が来た。両親から、手紙と誕生日プレゼントが届いた。

ルディには、アミュレットの代わりをする、魔力を宿した五芒星のキーホルダー。レナには、純度の高い紅水晶のペンダント。

「僕のはお守りみたいだけど、レナのはどんなのだった?」と、ルディは眠る前に心の声でレナに話しかけた。

校舎が離れていても自由に心で会話の出来るようになった双子は、1ヶ月に1回、ルディの牙を隠す呪術をかける日の他に、日常的にお互いの近況を報告し合っていた。

「紅水晶のペンダント。魔力は宿ってるけど…なんに使うのかは、まだ分からないわ」とレナは心の声を返した。

「役にたつのだと良いね」ルディは男の子らしく、実用性のある物を予想しているらしい。

「そうね。お休み」と心の声を返して、レナは眠りに就いた。


ふわふわと、空中を浮いているような感覚がした。レナが目を開けると、レナはいつの間にか、見たことのない屋敷の一室で、椅子に座っていた。

目の前のテーブルの上に魔法陣の描かれたテーブルクロスがかかっている。その魔法陣の中央に、奇妙な香りのするキャンドルが灯され、向かい側の席に、目を閉じてスペルを唱えているシエラが居る。

「無事に来れたみたいだね。レナちゃん」とシエラは目を開けて言った。「初めて『召喚』された気分はどうだい?」

レナは、布に覆われた部屋を見回し、テーブルクロスの下になって居た手を持ち上げた。テーブルクロスは滑ることなく、レナの手を通過した。

「私…どうなってるの?」とレナはシエラに聞いた。

「屋敷での授業だけじゃ足りないんでね。眠ってる間に、魂だけ呼び出すことにしたんだ。大丈夫。覚えた魔術は、体に戻ってからも使えるよ」とシエラは言った。

「もしかして、あのペンダント…」レナはすぐに感づいた。「シエラさんが送ってくれたの?」

「もちろん。ウィンダーグ様には、ちょっと反対されちゃったけど。レナちゃんの魔力の成長具合からして、普段からのレッスンが必要だって押し切ったんだ」

シエラはそう説明し、「最近、変わったことは?」と聞いた。

「離れてても、ルディと心の声で話せるようになったわ」レナは答えた。「今までは、近くにいる時しかルディの心の声は聞こえなかったんだけど…。それから、私から心で話しかけることもできなかった」

「その両方が出来るようになったって事か」シエラは腕を組んで頷き、「それじゃぁ、あたしの心の声は聞こえる?」と聞いてきた。

レナは、ルディと心で話している時を思い出しながら、シエラの心を読もうとした。だが、何も聞こえない。

「なんにも聞こえない」残念そうにレナは言った。「反魔術のせい?」

「その効果もあるけど、普通はなんにも聞こえないもんなんだ。誰でも、自分の心を容易にさらけ出すのは、危険だって分かってるから」

シエラはそう言い、レナの疑問に先に答えた。

「レナちゃんと、ルディ君が、電話みたいに互いの心の声が聞こえるのは、生まれる前から、魂を共有してきたからなんだ。お互いを信頼してるし、逆にプライバシーも未然に防げる」

「その力が強くなったってことなの?」とレナは確かめた。

「そうだね。その能力を伸ばしていくと、反魔術が施されて無い限り、どんな人の心でも読めるようになる。『読心術』って言うんだ。心を伝えるほうは、『伝心術』」

「心を読むって、どういう事なの?」レナの質問は続く。

「誰でも、常に考えて行動している。眠ってる時も、頭はずっと働き続けてるんだ。その中で、『自分』だと認識している『個』って言うものが、心のことだ」

シエラは説明した。

「だけど、『心』はすごく不可解だ。個人や、生活環境、宗教観、民族意識、そんな外部からの影響を受けて、様々に変わる」

シエラは話し続ける。

「『読心術』を覚えると、まず、一番強い、表層の『心』が聞こえてくる。まるでその人が話してるみたいにね。能力を高めていくと、ずっと心の奥底の声まで聞こえるようになる」

レナは、その話を一言一句聞き逃さないように、真剣な顔で話を聞いていた。

「でも、生きている物は、誰もが心の中に無数の葛藤を持っている。よっぽど単純な、ありんこなんかは、考えてることはそう変わらないけど。その葛藤の底にあるのが、深層意識だ。

そのものによって、深層意識の形は様々だ。炎の平原のような心を持っているものも居れば、深い水の底のような心を持っているものも居る。だけど、ここに踏み込むには、注意が必要だ。

葛藤は常に起こっている。その中で、化物が作られるときもあれば、天使みたいな心が生まれる時もある。この両極端の中で、術を使っている自分の『心』を見失わずに、『他の心』を読み解かなくちゃならない」

そこで言葉を切って、シエラは言った。「読心術を覚えたい?」

レナは首を横に振った。「私には、まだ難しすぎるわ」

「なら、無理はしなくて良い。でも、ルディ君って言う、『他の心』が聞こえている以上、自然と能力は身につくはずだ。その時、コントロールの方法を覚えなきゃならない」

そう言って、シエラはレナの体のほうのエネルギーが減少しているのを察したらしい。

「そろそろ、体に負荷がかかる頃だ。今日のレッスンはこれで終わり。眠ってるのに疲れ切ってたら、明日の朝起きれないからね。帰る方角は、ペンダントの魔力を追って行くと良い」

「シエラさん、ありがとう。最高の誕生日プレゼントになったわ」とレナが言うと、急に目の前が暗くなり始めた。

「レッスンはまだ続くからね。ビシビシ鍛えるから、覚悟しておきなよ」

その言葉を最後に、シエラの屋敷の風景が消え、レナの魂は体に戻った。

目を開けると、朝が来ていた。シエラが気を利かせてくれたおかげで、体がだるい事もない。

「まだまだ学習しなくちゃ」と呟いて、レナは気分も新たにベッドの上に置き上がった。