Silver Keys Ⅱ 3

レナは、それこそ頭をフル回転し、学校の勉強と、夜間の魔術の勉強で、貪欲に知識を吸収して行った。

レナの占いの噂は上級生にも伝わっていて、時々真剣な「恋」の占いを頼まれることもあった。

良好な結果が出る時もあれば、破滅的な結果が出ることもあった。

事実がどうなるかは、その占いを受けた後の人物の行動にもよるのだが、破滅的な結果が出た場合も、レナはどこかに逃げ道を探し、依頼人が絶望感に襲われないように注意した。

16、17ともなると、「恋」も人生の一部になってくるらしい。まだ9歳のレナは、男の子の気持ち次第で人生がどうにかなっちゃうなんて、馬鹿みたいと思っていた。

他人の人生を無数に紐解くうちに、レナは次第に依頼人達の本音に気づくようになった。

可能性はないと分かっている、だけど、なんとな慰めの言葉をかけてほしい、そんな気分で相談を持ち掛けるものも居れば、何も行動には移さず、闇雲に想像上の「幸福な人生」を望むものも居る。

たぶんこれは女の子も男の子も変わらないんだろうな、とレナは思った。男の子を占ったことが無いので、正確な所は分からないが。

ある日、依頼に来た年上の少女の「心の声」が聞こえた。

それは、まるで怨霊の執着のような、まがまがしい物だった。

「あの人は私を観ない。私が声をかけたことも無い。あの人の心を奪えるなら。なんだってするのに。なんだって。こんな子供に何が分かるか知らない。けど、何か方法があるなら」

レナは、「これが葛藤の化物ね」とすぐに察し、カードを切るのをやめた。

「あなたは、占ってほしいわけじゃないのね」とレナはカードを片づけながら言った。「私は、媚薬を作ったり、他人に恋の魔術をかけたりは出来ないわ」

少女は、「何言ってるのよ。占う前から」と、食い下がった。「私、本当に悩んでるの。告白するタイミングくらい教えてくれても良いじゃない」

「告白しても、その後が上手く行くかどうかは分からないわ。全てはあなたの心と行動次第」レナは悟りきったように言った。「あなたは、告白だけじゃ満足できないんでしょ?」

それを聞いて少女は何を思ったのか、顔を真っ赤にすると、「ビッチ!」とレナを罵って、怒って部屋から出て行ってしまった。

レナは何が起こったのかわからず、きょとんとしていた。


その日の眠る前に、ルディから心の声が届いた。「レナ。レナ。聞こえる? 今日、初めてフットボールをやったんだ。僕、1回だけ、トライが取れたんだよ」

どうやら、ルディはほめてほしいらしい。レナは、そのリクエストに応えて、「おめでとう。段々、力加減が分かって来たんじゃない?」と心の声を返した。

「それから…ちょっとまずかったかもしれないけど、ジュミにレナのこと話したんだ。『一月に一回、何処に行ってるの?』って聞かれて」とルディは言った。

ジュミのことはレナもルディから聞かされていた。

「それは仕方ないけど…。私のことは、あんまり男子の寮には広めないでほしいかな」と、レナは言葉を選びながら答えた。「私、もう眠るわ。おやすみ、ルディ」

その心の声を聞いて、ルディもレナが何か疲れることがあったのかもしれないと察したらしい。「うん。おやすみ、レナ」とルディの心の声がした後、レナはたちまち眠り込んだ。


シエラの屋敷に召喚されたレナの魂は、その日の占い時の経緯と、その時言われた「変なこと」をシエラに相談した。

シエラは難しい顔をして、レナにどう言う経緯でその少女がレナにそんな言葉をかけたのか説明しようか、悩んでいるようだった。

そして、少しずつ説明し始めた。

「その女の子が、告白だけじゃ満足できない思いを抱いていたのは、確かだね。それが、明るいものじゃなかったって言う事さ」

「恋人同士にはなれないってことを伝えただけなのよ?」と、レナは言う。

「恋人同士が発展すると、どう言う関係に成るか分かるかい?」シエラはレナに余計なことは吹き込まないように注意しているようだった。

「えーと…結婚して、子供が生まれるんでしょ?」と、レナは答えた。

「その通り」と、ひとまずシエラはレナの言葉を肯定した。「子供は何処に出来るか分かる?」とシエラ。

「お母さんのお腹の中」とレナは答えた。

「そう。お母さんのお腹の中に、卵が入っている。でも、卵だけじゃダメだ。卵に、『赤ん坊に成長する合図』を送る遺伝子を、父親が母親のお腹に送り込むんだ」

シエラは、9歳の子供にも分かりやすいように説明した。

「そうすると、卵は赤ん坊に成長して、人間の場合は10ヶ月と少し、パンパネラの場合は、もっと早く産まれる」

レナは、初めて聞く話にポカーンとしていた。何せ、自分やルディだって、そんな方法で生まれてきたはずなのだから。

「遺伝子を送り込むって…どうするの? 魔術を使える人間ばかりじゃないでしょ?」レナは混乱している。

「その通過儀礼は、そのうち分かってくるよ。今重要なのは、その女の子が、あわよくばその通過儀礼を経て、結婚や赤ん坊まで望んでいたってことかな」と、シエラは頭を掻きながら言う。

「赤ちゃんのことは分かったけど…ビッチってなんて意味?」と、ついにレナは核心に触れた。

「雌犬」シエラはあっさり答えた。「性悪女って意味だけど俗に、誰とでも、子供作りをしたがる女のことを言う」

「なんで、私が『雌犬』なの?」とレナ。

「その女の子が、『告白だけじゃ満足できない思い』として抱えていた、『自分の子作りがした欲求を悟られた』と思って、とっさに罵ったんだろうね」とシエラ。

「それじゃぁ、『雌犬』はその人のほうじゃない」レナはようやく納得して、心のわだかまりから抜け出せたようだ。「女の子って身勝手」

「男の子だって身勝手さ。悩みは晴れたかな? じゃぁ、レッスンを始めよう」

元気づけるように言って、シエラは席を立った。