Silver Keys Ⅱ 4

ルディの牙を隠す呪術をかける日に、いつものフェンス越しの裏庭で、レナとルディはこっそり会っていた。

いつも通り、ルディの口元に牙を小さくする術をかけたが、何かおかしい。

レナは「ルディ。ちょっと、笑ってみて」と言った。いつもの「牙の検診」だと分かったルディは、にっと歯を見せて笑った。

以前は、一度術をかければ「少し大きめの犬歯」に見えるくらいに小さく出来た牙が、妙に長い。

「ルディ、もしかしてあなた、牙が伸びたの?」とレナは言った。

「よく分かんないけど」ルディは答えた。それもそうだ。普段は術で牙は縮んでいるのだから。「伸びることもあるのかも」

ルディの牙は、乳歯だった頃から、生え代わっていない。人間の子供なら、親知らず以外は全部生え変わるはずだ。

父親の遺伝の強いルディは、牙が生え代わる代わりに、発達するのかもしれない。

「せっかく、パンパネラの先輩が居るんだから、校舎に戻ったら聞いてみて」とレナは言って、もう一回りルディの牙を小さくした。


ルディが、ジュミの「アジト」に行くと、丁度、サラサラした茶色の髪の、黒い羽を伸ばした少年が居た。パンパネラと人間の混血児、ルークだ。ドラム缶の上で、一人で暇そうにしている。

「ルーク。君も、授業空いてるの?」とルディは聞いた。

「いや、サボり」とルークは答えた。「授業がかったるんだよね…。もうわかってること、何度も何度も繰り返されてさー。ノイローゼになるっつーの」

「それはちょっとわかる気もするかな」と言って、ルディは床に置かれた大きなタイヤの上に座り、ルークに聞いた。

「僕、最近牙が伸びたみたいなんだ。牙って、生え変わらないの?」

「生え変わらないよ」おかしそうにルークは答えた。「パンパネラの牙が生え変わってたら、新しい牙がはえてくるまで、何食べるんだよ」

「そう言えばそうだね」ルディは納得したように頷いた。

「俺も、ルディくらいの時は不思議だったけど、そのうち『ああ、自分は人間じゃないんだなー』って実感すること、これからいっぱいあるからさ」

ルークはそう言ってドラム缶から降り、羽を隠してジャケットを身に着け、ルディの肩をポンッと叩くと、「授業一コマ終わるぞ。戻ろう」と言って、「アジト」の出入り口に向かった。


ルディは眠る前、いつも通り、心の声で女子寮に居る姉に話しかけた。

「レナ。牙って、やっぱり生え変わらないんだって」

レナの心の声はすぐに戻って来た。「じゃぁ、あなたの牙は大人の牙に成長してる途中ってこと?」

「そう言うことだと思う」とルディは答えた。

「げっ歯類は、ずーっと歯が伸び続けるらしいけど」レナが冗談半分に聞いた。「ルディは、何か噛みたくなったり、歯磨きするとき犬歯が邪魔に成ったりしない?」

「げっ歯類並みに歯が伸びたら困るなぁ」ルディも冗談で返した。「特に何か噛みたくなったりはしないけど、ラテン語の時間に、ちょっと発音しにくいつづりかあったりするかな」

「それは誰でも同じよ。慣れないうちわ」レナは心の声を返しながら、クスクス笑ってしまった。


レナとルディが珍しく長話をしている間、パルムロン街のウィンダーグ家では、双子の父親が、シエラに電話していた。

「シエラ。ナイト・ウィンダーグだ。うちの娘の様子はどうだ?」と、最近、近眼に成って来たナイトは、眼鏡のずれをなおしながら言う。

「よく勉強してるよ。物覚えも早いね。火炎と雷と、空気の扱い方を調整できるようになって来た」とシエラは答えた。

「空気の扱い方って言うのは、風を起こしたりする事かな?」とナイトとは聞いた。

「風も起こせるけど、もっと便利だね。真空を作ったり、逆に水中に空気の塊を作ったりできる」シエラは答えた。「それが仕上がったら、次の段階は、結界の作り方」

「なるほど。経緯は分かった。これからもよろしく頼む」

そう言って、ナイトは電話を切り、ふぅっとため息をついた。

いくら生命力にあふれている時期とは言え、魂を別の場所に召喚して術を教える、と聞かされたときは、さすがにナイトも反対したのだ。

だが、レナの魔力は体の成長以上に、日々ものすごい勢いで成長しているらしい。らしい、と言うのはレナ達の休暇の間に何度かシエラがウィンダーグ家に来た時、

「魔力の成長が並じゃないね。これは、1年間も放っておくべきじゃない。毎日きちんと育てれば、歴史に残る魔術師に成れる」と言っていたのだ。

それほど才能に溢れていると成れば、多少の無理も仕方ないかもしれない。

妻には、詳しい事情は伏せておいた。だが、シエラがきちんと指導してくれるそうだ、とだけ伝えておいた。

人間の妻にしてみたら、一時的にでも魂と体を切り離す等と聞いたら、きっと猛反対をすると分かっていたからだ。

自分達が側にいてやれない以上、ここは能力のあるものに頼むしかない。

「近くに置きすぎてもダメ、遠くに置き過ぎたらもっとダメ…か」

ナイトはずっと以前に聞いた占い師の言葉を思い出すように呟き、住所録を閉じると、眼鏡をはずしてケースにしまった。


その夜、シエラの屋敷に魂を召喚されたレナは、火炎、雷、空気の3つの魔力を、思った通りにコントロールできるようになったかのテストを受けていた。

最初は、キャンドルに炎を灯して見せ、次に、胸の間で向い合せた両手の間に炎の魔力を走らせ、その威力を次第に強くし、レナの身の丈より大きな火炎の塊を作って見せた。

「よし。次は雷」と言われて、レナは最初に静電気程度の閃きを指の間に走らせ、次に、やはり火炎と同じように、段階的に雷を膨張させた。

部屋が魔力を宿した布で覆われてなかったら、外に炎の閃きや、巨大な雷の唸る音が漏れてしまっていたかもしれない。

レナは、発生させた魔力を自分で消滅させる方法も覚えていた。最初はシエラに消してもらっていたのだが、体の外に放った魔力を吸い取れば良いだけだと言う事はすぐに分かった。

「よし。次は空気だ」とシエラが言った。

レナは、発生させた真空で、用意されていたリンゴを真っ二つにした。次に、やはり用意されていた水槽に、丸い空気の塊を発生させ、水を四散させた。

シエラが言った。「あたしを吹き飛ばす気持ちで、風を起こしてごらん。体の中心にためた魔力を、一気に開放する感覚で」

「はい」と答えて、レナは目を閉じて魂の中央に力を溜め、目を開くと同時に、エネルギーをシエラに向かって解き放った。

轟音とともに、暴風がシエラを襲った。だが、熟練の魔女は前にかざした片手を中心に結界をはり、レナの起こした暴風を防いだ。

レナは、風の魔力が全部シエラに触れずに通過してしまったのを、驚いたように見ていた。

「驚いたかい? これが結界だ」とシエラは言った。「テストは合格。今日のレッスンは終了だ。明日からは、結界の作り方を覚えよう」

レナが目を輝かせて、「はい!」と答えると、いつものように部屋の景色が暗くなり、レナの魂は体に戻った。