Silver Keys Ⅱ 7

自宅で療養することになったルディは、子供部屋のベッド寝かされたまま、トイレと食事以外、ベッドを離れてはならないと言い渡された。

レナに心の声を送ろうとしたが、さすがに距離が離れすぎているためか、レナに心の声が届いた感覚もなければ、レナの心の声が聞こえてくることも無かった。

暇を持て余して、ルディは新しく父親からもらった、三日月の形のアミュレットを、光にかざしてみたり、齧ってみたりしていた。

「ルディ様。お守りがよだれだらけになりますよ?」と、食事を運んで来てくれたメイドのメリーが言った。

「ご飯は何?」と、ルディはベッドから上半身を起こしながら言った。

「オートミールクッキーと、オムレツとボイルブロッコリーです」メリーは、持って来た食事のトレーを、テーブルに置いた。

ルディは、右脚を少し引きずりながら席に着くと、「オムレツの中身は?」と聞いた。

「リクエスト通り、ハンバーグです」と、呆れたようにメリーは言う。「ブロッコリー、残しちゃだめですからね?」

「はーい」と答えて、ルディはまず、溶けたチーズのかかったブロッコリーから食べ始めた。


その頃、簡易結界の作り方を覚えたレナは、自分の他、色んな物を結界でくるむ方法を練習していた。

シエラがある日言った。「もっと強い結界を作るなら、魔力を練る必要がある。魔力を放出させずに、両手の間で何度も行き来させてみな」

レナが、言われたとおりに、向かい合わせた手の平の中で、右から左、左から右、と魔力を行き来させると、魔力はパチパチ言って、手の外へ零れようとし始めた。

「魔力をこぼさないで。そこがポイントだよ」とシエラが言う。

言われたとおり、魔力を放出しないように両手の中で「練る」と、両手の間を行き来する魔力が何倍にも強くなって行った。

「だいぶ練れたね。それじゃ、この部屋を包むイメージをしながら、床に手をついて」

シエラに支持されたとおりに、レナが部屋の空間をイメージしながら床に両手をつくと、レナの両手を中心に放たれた青白い光が、布に覆われた部屋の中全体に広がった。

「これが『力場』だ」とシエラが言った。「今は特に目的を持たせなかったけど、魔力を練る間、なんの『力』を込めるか意識することで、様々な力を宿せる」

「例えば?」と、レナ。

「堅固な守りを意識した『力場』を、主に結界と呼ぶ。それから、自分や自分以外のものを包み込んで別の場所に『転移』させたり、敵意を込めれば、守りとは逆に、何かを閉じ込めてダメージを与える事もできる」

シエラの説明は続く。

「『力場』を長時間固定する場合は、道具を使うと良い。壁や床に魔法陣や紋章を描いたり、布を織る時に目的を持たせた魔力を宿したり、小物に魔力を込めたり。護符や聖剣に呪文を刻むのも同じ効果がある」

「もし、魔力を練る時間がなかったら?」と、レナ。

「その時のために、事前に守護の魔力を宿したものを用意するのが、魔術を扱う者の常だ」とシエラは答えた。「魔力を練る時間も、慣れればどんどん短時間で済むようになる」

シエラがそう言い終わると、いつものように次第に視界が暗くなり始めた。

「何かに守護の魔力を込めて、自分なりのお守りを作ってみると良い。宿題だよ」

レナが返事をする前に、レナの魂は体に戻り、しばらくしたら朝日を察して目が開いた。


ルディが倒れたと言う事をレナが知ったのは、ルディの事件があってから1ヶ月後のことだった。

牙を隠す術をかける日にも、裏庭に現れないうえ、読心術も伝心術も通じなくて、レナは許可をもらって自宅に連絡を入れようかとしていたが、そんな折にルディから心の声が届いた。

「レナ。レナ。聞こえる?」と、最初は電話が遠いような囁き声が聞こえた。

「ルディ。今までどうしてたの?」と、レナは眠る前の寝室で、驚いたように心の声を返した。

「レナが予知してたでしょ? 右膝。僕、右膝に呪いをかけられてたんだって」ルディは報告した。「一度、そのせいですっごい熱が出たんだけど、呪いは解いてもらって、しばらく家で休んでたんだ」

「じゃぁ、今はなんともないのね?」レナは確かめた。

「うん。久しぶりに家でご馳走食べて眠ってたから、ちょっと太ったかもしれないけど」ルディが、のんきな心の声を返してくる。

「あなた、牙はどうしてるの?」と、レナ。

「学校に戻る前に、父様に頼んで術をかけてもらった。でも、やっぱり1ヶ月に1回かけなおさないと、戻っちゃうんだって」と、ルディ。「だから、これからもよろしくね」

「分かったわ。良かった。シエラさんの言った通りで」とレナが口を滑らせると、ルディは耳ざとく聞いていた。「シエラさんが何か言ってたの?」

「あなたが、病気にかかるかも知れないけど、命は助かるって予知してくれたの」とレナは正直に答えた。

「さすが、レナの先生だね。あー、眠くなっちゃった。おやすみ、レナ」と言って、ルディの心の声は途切れた。眠ってしまったらしい。

ルディの報告を聞いて、レナは、心配と確信を持った。

「誰かが、私とルディを狙ってる…」レナは、魔力のこもった、赤と青のビーズのブレスレットを左手にはめた。宿題に作った、アミュレットだ。

シエラの屋敷に召喚されている間のレナは、魂の状態になってしまう。体のほうが身に着けている物以外、持ち歩けないのだ。

「父様、母様。私達、強くなるからね」レナは心の中でそう誓って、眠りに就いた。


その月末、レナは両親に手紙を書いた。

「親愛なる父様、母様へ。ルディから事情は聴きました。ルディが無事でよかった。その時、男子寮の先輩達に、すごくお世話になったんだって。

それと、私、親友が出来ました。ジーナ・ローランって言う女の子で、ルディの先輩の妹さんなんだって。ジーナは、褐色の肌と黒曜石みたいな綺麗な瞳をしていて、すっごく美人なの。

ジーナはとても強気で、魔力も腕力も強くて、もし共学の学校だったら、悪い男の子なんて、あっと言う間にやっつけちゃうんじゃないかって思っちゃうくらい。

私、今、シエラさんから、『力場』の操り方を教えてもらってるの。簡単に言うと、自分で思い通りになる空間を作る方法。

アミュレットも作れるようになったわ。ビーズのブレスレットやネックレスに守護の魔力を宿してるの。魔力の練り方が、まだうまく調節できなくて、100点はもらってないけど。85点が最高点だったかな。

これからも、色んなことを覚えて、どんな悪者が襲いかかってきても、絶対に負けない力をつけるわ。もちろん、学校の勉強だって、疎かにしてません。

ルディは、休んでた間のノートを、リム君って言う友達から写させてもらってるみたい。持つべきものは友達ね。レナより」