Silver Keys Ⅱ 8

ルディが自宅療養していた間、ウィンダーグ家の小間使いのアレックスは、ルディから、「アレックスの弟に、リム君っているでしょ?」と聞かれた。

「居ますけど…?」と、アレックスが答えると、ルディは嬉しそうに、「結構前に、リム君が声かけてきてくれてから、一緒に授業受けるようになったんだ」とアレックスに言った。

ルディとリムが同い年だと知っていたが、まさか同じ学校に通っているとは思わなかったアレックスは、驚いて聞いた。

「リムが、何か失礼なこととかしてませんよね?」と、兄らしく、アレックスは弟の行動を心配していた。

「全然。失礼どころか、勉強のわかんない所、教えてもらってる。リム君って、数学の公式覚えるのがすごく早いんだよ」と、ルディは自分のことのようにアレックスに報告した。

時々帰郷させてもらう家では、「ビビりのリム」と弟を罵っていたアレックスだが、まさかそんなところで、自分が仕えている家のご令息に貢献していたとは。

今度、帰郷が被ったら、ちょっとリムを褒めておこう、とアレックスは思った。


メイドのメリーは、ルディが学校に戻ってから、屋敷の奥様であるエリーゼが毎日何かそわそわしているのに気付いていた。

だが、たかがメイドの身分で、奥様の悩みなど聞くわけにはいかない。そこで、メリーは護衛のジャンに聞いてみようと思った。

「ジャン。最近、奥様が落ち着きないこと、気づいてる?」と、メリーは台所を通りかかったジャンに訊ねた。

「ルディ様の怪我を気にしているんじゃないか?」ジャンは男性特有の鈍さで、一般論を導き出していた。

「そんな、当たり前のことじゃなくて、もっと…なんて言うか…もし、もしもよ? ルディ様やレナ様達が、命の危機に遭ってるとして、それを知ってしまったって感じ」

メリーは鋭い直感を活かして、ほぼ正確なエリーゼの状態を把握していた。

「学校で命の危機に?」と、ジャンは考え込むように聞き返した。全く、想像が出来ないと言う風だ。

「私だって、普通の学校で、普通の人間の子供が遭う危機を想定してるんじゃないわ」

メリーは声を潜めて、早口に言う。

「なんて言ったって、お子様達も、吸血鬼の血を引いてるのよ? こんな平和な屋敷で、血も飲まずに平和に暮らしてたんだって分かんない、頭の固い連中にしてみたら、迫害の対象でしょ?」

「人間の生徒から、いじめを受けているとか?」ジャンは鋭いのか鈍いのか、メリーにもよくわからない回答をした。

「あなた、自分がルディ様に体術教えたの忘れたの?」

メリーはジャンの頭脳を叩き起こそうとしている。

「以前、私、お茶持って行ったときにね、旦那様が片手で書斎の机を持ち上げてるの、観たの」

アリゲーターに遭遇したような顔で、メリーは回想する。

「重たくないんですかーって聞いたら、『万年筆が何処かに転がってしまったから、探してるんだ』って言って、机を片手に持ったまま、床の上観てるの」

「そりゃ…旦那様は、純粋なパンパネラだし。力も強くて当たり前だろう?」と、ジャンは苦笑いしながら言った。

「分かんない?」とメリーは言った。「旦那様がそれだけ力持ちってことは、ルディ様だって同じくらい力があってもおかしくないわ。同い年くらいの人間の子供なんて、簡単に吹っ飛ばせるわよ」

「それもそうかもしれないな」ジャンは曖昧な返事をした。

メリーやアレックスは知らないが、何せ、この会話も、家の主人であるナイトには、筒抜けの状態なのだ。使用人同士で、屋敷の事情を詮索し合っていると思われても、なんだか気まずい。

「ジャン。もしかしたら、あなたにルディ様達を守れって言う指令が来るかもしれないわ」メリーは占い師のように予言した。「そしたら、私の言ってたことが本当だってわかるかも」

「いくら旦那様でも、寮生活中のルディ様達に関われとは、言わないと思うけどな」と、ジャンは答えた。「事実、ルディ様が学校に帰られたときも、お一人で出かけさせたし」

「もちろん、極秘任務でよ」と、メリーが言っている段階で、既に極秘ではないのだが、メリーの詮索は、しばらく止まらなかった。


メリーの「もしもの話」に、たっぷり1時間付き合わされて、ぐったりしたジャンが使用人用の休憩室で休んでいると、陰気な執事がぬっと現れた。

「ミスター・ジャン・ヘリオス。旦那様が書斎でおよびです」と、執事に伝えられ、ジャンは「分かった。すぐ行く」と返事をした。

「まさかなぁ」と思いながら、書斎に行くと、ナイトがデスクの椅子に座って、ニヤニヤしながら待っていた。「ジャン、扉を閉めて、ちょっと耳を貸してくれ」

ジャンが、一礼してから扉を閉め、机を挟んでナイトの側に耳を近づけると、ナイトが嬉しそうにジャンの耳に「極秘任務だ」と囁いた。

「やっぱりバレてた」とジャンが心の中で思っていると、ナイトはごく小さな声で、「お前を寄宿学校に派遣する。何かあったら、すぐ私に知らせろ」と言った。

「ルディ様やレナ様に気づかれそうになったら、どうします?」とジャンが囁き声で聞く。ナイトは答えた。「もちろん、変装してもらう。イーブルアイでも見抜けないくらい、完璧にな」

悪戯を思いついた子供のような、ダークタレント満載の表情で、ナイトはにやりと笑むと、ジャンに「変化」の魔術をかけた。


昼休みに、サンドイッチの列に並んでいたリムとルディが、「ハムレタスサンド下さーい」と、食堂のおばちゃんに声をかけた。

「はいよ。一個20セントね」と言って、食堂のおばちゃんは売り場のカウンターに顔を出した。

「2個づつね」と、ルディが言って、リムと並んで小銭を出した。

おばちゃんは小銭を数えると、「ちょうどだね。はい、ハムレタスサンド」と言って、ラップにくるまれたサンドイッチをリムとルディに2個づつ渡した。

「食堂のおばちゃん、新しい人に変わったんだね」と、リムが先に気づいて言った。「そう言えばそうだね。前の人、辞めちゃったのかな」とルディが答える。

「お年寄りには、きつい仕事なのかもね」と言い合いながら、少年達は食堂の開いている席に着き、サンドイッチを食べ始めた。

「新しい食堂のおばちゃん」に変化させられたジャンは、ルディに見破られなかったことに安心したが、「高齢とは言え、何故女性なんだ」と、疑問を持ち続けていた。

その日から、ジャンの「極秘任務」は始まった。